第五十五話 探り合い
遅くなりました。
「何も話す事はないと?」
「説明の通りです」
「あれを術が失敗した結果だと誰が信じるというのですか」
「貴方の信用度に関係なく、事実は変わりません」
「あれから幾つかの術が反応を示さなくなっています。何らかの関係があるのではないのですか」
「それについては調査中です」
「どなたが調査を?」
「相応しい者を」
「どなたかと尋ねています」
「一生徒に答える必要はありません」
舌打ちしたいのを堪え、心のない氷のような表情をして泰然と座っている学院長を見下ろす。
昨日の火災に伴う避難。あれは異常だった。
火災程度でこの学院の教師が慌てる筈がない。規模の大きい大火災ならともかく、山一つ分もない火災に学院内全ての人間の避難が学院長の名で厳命されていたのはどう考えてもおかしい。
それに強烈な発光。学院から離れていても目を焼かれたあの光の後、暫くして避難命令が解除された。戻ってすぐに調査をしようと向かえば、学院長自ら手掛けたと思われる結界で閉じられ何があったのか現場を見る事すら出来なかった。
いくら皇女と言っても、この学院では一生徒として扱われる事が先に決まっていた。その枠組みの中で目の前の女性の口を割らせるのは別の何かが必要。分かってはいたが、ひょっとしたらと押しかけた己の安易さが腹立たしくなる。これだから鑑定士と侮られるのだ。
「……お時間を取らせてしまい申し訳ありませんでした」
一歩後ろに下がり、頭を下げてそのまま部屋を出る。
このまま居ても埒が明かない。学院長の説明通り単なる術の失敗であれば何の心配も要らないが、場所が問題だった。
結界を抜ける手段を考えなくては……
「一つ」
ドアを閉める寸前、学院長が声を発した。
「貴方はどうしてこの学院を選んだのですか」
銀の虹彩が妖しく揺らめき私を射る。
国内屈指の実力者として名高い彼女の眼力に押されそうになる自分を叱咤し、脚に力を入れて真っ直ぐに見つめ返す。
彼女がどの勢力に位置しているのかまだ掴み切れていないのだ。
「エントラス学院は我がセントバルナで最も優れた者が集まる場所。私が選ぶのは自明の理では?」
「……そうですね」
学院長はそれ以上の詮索はせず、目を伏せた。
互いに探っている段階といったところか……であれば、どこかに与しているのは間違いなさそうね。出来ればどこにも与していなければ良かったのだけど………仕方ない。
ドアを閉じ、息を吐き出す。
「ベアトリス様?」
「あぁ、フェリア・サジェスですか」
抜けかけた気を再び戻し、陰険一族の三男坊と向き直る。
何かとこちらの気を引こうと付きまとってくるこの男が今はこの上なく鬱陶しい。
だいたい無勢力で碌な戦力にならないと捨て置かれている私に付きまとうなど、陰険一族には似つかわしくない愚鈍な男だ。こんな駒にもならない男の相手など時間の無駄以外の何物でもない。
「昨日は学院内全ての者が避難となってしまいましたが、お怪我は御座いませんでしたか」
「私が避難などで怪我をするとでも?」
苛立ちが重なり、突き放すように言ってやる。そうすればこの愚鈍な男は顔色を変え、さっさと逃げ出す。
「失礼致しました。事の発端は野戦でしたので、仮にあったとすれば何とお詫びすればよいかと。
お怪我がないようで安心致しました。この度はお騒がせし誠に申し訳ありません」
………誰。これ。
目の前で頭を下げ、笑みを浮かべる男を思わず凝視してしまった。
「学院長に御用ですか?」
「え……えぇ。終わりましたけど」
「さようですか。それでは丁度良い時に来たようですね」
『学院長に呼ばれているのです』と言って、フェリア・サジェスは優雅に腰を折り、吸い込まれるように学院長室に入って行った。
金髪碧眼。貴族で尊ばれる色を纏う見目麗しい陰険一族。
愚鈍ばかりと思っていたのはそう見せる為?
ではあの一族が動き出したという事?
私はゾッとした。
今まで表だってあの一族は動きを見せなった。それが動きを見せているのだとすれば、ぐずぐずしている暇などない。
焦りを面に出さないよう、足を早め自室に戻る。
やはり何かある。ここには何かあるのだ。
陛下の病状が思わしくないこの時期に動いたとなれば間違いない。
「皇女様!」
女子寮に踏み入れようとしたところで、走ってくる者が居た。
今は忙しいから後にしてという思いで見れば、レライ・ハンドニクスだった。
レライ・ハンドニクスもキルミヤ・パージェスもこちらを避けまくっていたので、あちらから声を掛けてくるなど珍しく、抱いていた苛立ちは一先ず横にやって待った。
「どうしました」
「あ、の……キルミヤを知りませんか?」
「キルミヤ・パージェス? 彼がどうかしたのですか」
レライ・ハンドニクスは肩を落した。
着崩れた服装と、疲れ切った顔、今にもその場に座り込みそうな様子に私は眉を潜めた。
その様子はまるで今までずっと走り回っていたかのようだ。
「一体どうしたのですか」
促すとレライ・ハンドニクスは顔をノロノロと顔を挙げ、自信なさげな口調で呟いた。
「キルミヤが……居ないんです」
「居ない? ………いつからですか」
「昨日、火事があって、皆避難をしていたんですが……」
「その時から居ないという事ですか?」
「分かりません……バタバタしていて、他の班までは確認が」
もしや、と私はもう一人の顔を浮かべた。
「カシル・オージンは居ますか?」
「カシル? ………見て、ないです」
野戦中での避難なら、学生もその避難の指揮を執っていた可能性が高い。
指揮官クラスの者であれば避難者の人数ぐらい把握している筈だ。
「レライ・ハンドニクス。参りますよ」
「え? え?」
戸惑った顔で慌てて私の後をついてくるレライ・ハンドニクス。
素直すぎて思った事がそのまま出てしまうのは頂けない。頂けないが、レライ・ハンドニクスならば何かあった時にそれとすぐに気付くだろう。下手に優秀な間者を引き込むよりもこちらの方がましだ。
それにこれを連れていれば隠れ蓑になる。
「あの、カシルが何か関係しているんですか?」
「それを今から確認するところです。貴方はキルミヤ・パージェスを探しているとだけ言っていなさい」
「は、はい」
素直に頷くレライ・ハンドニクスに満足しかけ、嫌な言葉が蘇った。
『言う事聞く忠実な下僕を求めてる感じだよねー』
巫山戯た口調で軽く言われた。その時は咄嗟に反論したが、本質的なところはまさにその通りだ。
私の意を汲み、理解し、忠実に全うする。そんな下僕を欲しがっているのだ私は。
嫌気がするのと同時に、それも仕方ないと諦めている。私はただ笑っていればいいだけの人形にはなりたくない。私だって王族の端くれだ。このセントバルナを守る義務がある。誰に何と言われようと、この国の安寧を守れるのならば、それでいい。
ベアトリス=クロクロですよ。
ベアトリス・ルイ・セントバルナがクロクロの本名ですので。




