第四十六話 わかっている事を指摘されると腹が立つ
わらわらカサカサと予想以上の速さで接近してくる花人間。
この圧倒的物量を目の前にして『団体戦』の一言で終わらせる少年の類まれなる精神力を見習おう。
と、思ったが冗談のような顔にある口がわきゃわきゃと何か言いだしたのにはたじろいだ。口の中の整った歯が見えたときにはさらに慄いた。
明らかに人ではないのに、人の部品を持つとそこが際立ち目がいってしまう。
完全な化物と、壊れた人型の、どちらが怖いかと問われれば迷わず後者。本来の姿を知っていれば知っている程異質さが目に付き本能的な忌避を抱いてしまう。
なんというか、その口は妙に生っぽいのだ。サイズは大きいのに本当に人の口のようで。
でもすぐに分かっていた事だとチキンハートを一突きしそうな精神攻撃をいなす。
だってねぇ、ここで俺の常識がどれだけ通じてきたか。
魔法なんて有り得ない。魔物なんて有り得ない。精霊なんて有り得ない。現象に留めてもそれだけ。物資物量流通農業産業工業習慣価値観制度国家体系。挙げれば限が無い。その度見て調べて見て調べて見て調べて、聞いて恐れられて。
そういうものだと分かっていたと、この目の前の花人形もそれの一つだと。そう考えてみれば、なら何にたじろぐ。何に慄く。
花人間の周囲は空気が揺らぐように波打っている。
おそらく花人間自体が熱を持っているのだろう。これまで火付けよろしく火災を引き起こしまくっていた事を考えれば妥当な推測だと思われる。だとすれば、安直に考えれば熱を奪えばいい。植物は凍らせば脆く崩れる。そうでなかったとしても動きの阻害ぐらいは出来るだろう。
一匹せっかちにも突っ込んできた奴の蔦をバックステップで避わし、意気揚々と息を吸い込んだ。
が、
「留まる青 逃れる赤 身を結びて広がり 太古の記憶と成れ」
二番手三番手とわれ先に群がってきていた奴から後ろ半分程にかけてが蒼に閉ざされた。少年の魔術で。
「其は無束の主 おのが力を示し峙するモノを切り裂け」
間をおかず圧倒的な破壊の風が乱舞し、氷に閉ざされたまま為す術もなく砕かれる花人間。その数ざっと三分の一。ひしめいていた内の前衛が一挙に崩れた。
少年の一方的な猛攻に為す術もなく瓦解する包囲。
容赦ねーわと思いながら纏わりつく一体を水泡に閉じ込め、ついでに少年の背後に居た分も地面に残る水を呼び水にそのまま凍ってもらう。
そこを再び少年の奈風が襲い、粉々に砕く。
この分でいけば団体戦の勝負はあっさりつくだろう。
と、思っているとひらりと視界に翻る真紅。
「うそっ!?」
気付けば、あの花弁がまた宙を舞っていた。
「元を絶たなければ意味はありません。道を開けますから早く行ってください」
僕の声では届かないからと、新たに生まれ出でるものごと道を塞ぐ花人形を凍らせ粉砕する少年。
了解。周りに構わず本体叩けという事だね。
俺は少年が開いた道を全力ダッシュ。フェリアとの距離は五十メートルも無い。邪魔なものが無ければすぐにたどり着く。
前を塞ごうとするものは読まれたように少年の魔術で砕かれる。俺の動きも読んで魔術を制御しているのだから、少年の技術はやはり破格だ。一歩間違えれば俺もスプラッタの仲間入りだろう。
少年が破格なのは前々から分かっているので今更不安は覚えない。むしろ、不思議と絶対に大丈夫だという安心感がある。
この状況下で特攻かましても、少年を一人残しても、大丈夫。その安心感が俺の背を押してくれる。
砕かれた氷片を浴びながら、俺は身体を撓め跳んだ。
「punane soojus varastama」
誤る事なく熱を奪った事を、着地地点の巨大花弁が固い事で悟りつつ、握った拳をフェリアの左頬にブチ込んだ。
防壁付きのぐーパンチにフェリアの上体は大きく傾き、さらに目覚ましを叩きこもうとすると、ぐにゃりと足元の感覚が柔らかくなり離脱する間もなく、気付けば真紅に包まれていた。
足元も、右も左も、空さえも、全てが重なる真紅の花弁。
フェリアの姿はない。居るのは俺だけ。その事に、思わず舌打ちをしそうになった。
〝汝 憎悪を求めるか〟
花弁剥いでやろうかと手を出そうとしたところで、くぐもった声が響いた。
俺は問答無用で攻撃ぶちかましてやろうかと思ったが、ふと声の主に思い至った。
「――あ、なるほど。あんたが『意識の塊』なのかな?」
〝汝 憎悪を求めるか〟
ポンと手を打ち尋ねる俺に、同じ問いが繰り返された。
………はたして、答えるべきか無視するべきか。
ごり押しで花弁を突き破る事はたぶん出来る――ってか、やろうとしてた――が、フェリアの位置が分からない。ここで向こうが接触してくるというなら――
「……憎悪は求めるもんじゃないんじゃない?」
〝汝 嫉妬を求めるか〟
「それもどっちかっていうと、求めるとは違う気がする」
〝汝 混乱を求めるか〟
なんだろうね。この意識の塊。
質問してるけど、これ質問になってないよ。
「求める以前に混乱しっぱなしだよ。俺が」
〝汝 血を求めるか〟
「それは御免こうむりたい」
即答すると、花弁が伸びて人に似た形の何かが形成された。
また花人形かよと思っていると、若干違った。
頭部は花形ではなく、手も蔦ではなく五本の指を備えていた。胴から下は花弁に埋もれ、そこから上は男とも女ともつかないニュートラル。
顔に口はなく、光沢のある表面だけがこちらを向いていた。
〝否〟
人型の爪の無い指が俺を指す。
〝身の内に溜まるは 憎悪
染まるは 怒り
求めるは 殺戮
汝 憎悪を吐き 嫉妬を撒き 血を降らせる〟
俺は一つ頷き、迷わず身体を捻り回し蹴りを叩き込んだ。
終わらなかった……次で決着です。