第三十五話 余裕が無いのは誰もが同じ
自室の椅子に腰かけ、溜息を一つつく。
学院側の配慮という名の隔離で一人部屋となったその部屋で、いつもの癖でくるりと自慢の髪を指に巻きつけた瞬間、
クロワッサン
「どこが!?」
あの気の抜けた声が甦って思わず息巻いてしまった。
一体どこをどうみればそんなものに見えるんだか分からない。
艶があって、綺麗に巻いていて、手櫛でも簡単に整うこの髪のどこがパンに似ているのか、順を追って説明してみろ。
納得いくまで聞いて――
「違う。そんな事を考えてる場合じゃないわ」
そんな無駄な事に思考を割く余裕は無いのに毒されている。
元魔導師団長に匹敵するあの力が欲しい事に変わりないが、あそこまで変な人種は見た事が無い。
だいたいあれで貴族だというのが何かの間違いだとしか思えない。
質問にまともに答えない。ふざけた事ばかり言う。やる。挙句の果てに逃げる。
グランの弟だとはとても信じられない。あれでは周囲から浮くだろうと思えば案の定、サジェスを筆頭とする者達からは毛嫌いされ嘲笑の対象となっている。
キルミヤ・パージェスについて一年に聞いてみれば、それが十二分に伝わってくる。
ただ――レライ・ハンドニクスは別として――ごく一部の者には然程反感が無い。
あれでどうしてと疑問だったが、それも見ていて分からなくもないかもしれないと思えてきた。
基本的に、あれはあのまま。
相手が学生であっても教師であっても貴族であっても平民であっても裏切り者の誹りを受ける者であっても変わらぬあのまま。裏表という言葉の意味すら知らない如くに、私に見せるあのままの態度。
もうそういう奴だという諦めの境地に達するのも理解出来なくもない。
そういえば身体はいいのだろうか?
草の上で平気で転がっていると思っていれば、病弱と言われて驚いた。
見れば確かに顔色が悪く、追い詰めたのかと冷や汗が流れた。倒れる程身体が悪いとはグランから聞いていなかった。
でもあの時以来顔色が悪そうな事もなく、この私の体力を尽かせる程走り回っている。
「だったらあの時はどうして……………だから違う。そうじゃなくて」
そっちも気になる事やら調べたい事は山ほどあるが、今はこちらが問題。
指に巻きつけた髪がさらりと解けて、手紙に落ちかかる。
――
カシル・オージン 十四歳
スルで起きた戦乱で孤児となる。三年前に元魔導師団長カルマ・リダリオスに拾われ師事。
――
カシル・オージンを見たとき、キルミヤ・パージェスを見た時以上に驚き、戸惑った。
予想が外れていなければ、試金石が――反応しなかった。
物心つく前から、魔導師として力を持つ者は見れば重いと、そうでないものは軽いという感覚がある。兄弟の誰よりその感覚が鋭いと言われてきたのに、カシル・オージンに対しては何も感じなかった。多少の魔術を扱えるだけの者でも感じるのに、まるでそこに存在していないかのように空虚だった。
そんな相手、今まで一人として居ない。
「機能してないなんて思いたくないけど……」
気になるのはそれだけじゃない。
カシル・オージンの後見人を元魔導師団長のカルマがしているという点。
彼はカルマの親類ではない。カルマはリダリオス伯爵家の前当主。スルとは全く血の繋がりはない。
親が知人だった?
そんなわけがない。その程度であのカルマが後見人になるわけがない。
「誰かの後見人になっていた事自体驚きだけど、その事実が耳に入らなかった事が問題よ」
明らかに作為を感じる。
隠さなければならなかった?
それとも周囲に詮索されるのが煩わしかった?
カルマの後見を得られれば将来が約束されたようなもの。
力が伴っていれば魔導師団長も最短で成れる。今の団長、ケルンがカルマの後押しをどれだけ欲しても得られなかったのに……
不意に目を思い出し、身体が震えた。
あんな奥底まで凍りついた冷たい目、見た事が無かった。自分の何もかもを否定するような目を。
何故そんな目を向けるのか。問いただす事も出来ず怯んで、逃げ出してしまった。
私はこのセントバルナの第三皇女。何よりもこの国の平穏を守らなければならない。個人の感傷など二の次。もし、彼がセントバルナに仇名す者ならば捨て置く事は出来ない。カルマが許したのなら有り得ないと姉は笑い飛ばすかもしれないけど、それでも絶対ではない。
今はまだ私の手足となって動いてくれる者はないのだ。学院を出てから増やす予定だったが、それが悔やまれる。もっと早くに力を認めさせていれば良かったけど、今更遅い。
「不穏だというこの時期に………」
毒づいても仕方がない、とにかく出来るだけの事をしなければ。
ご感想にて1CP頂きました~
でもって登録がすごい事になってビビり中~
なのに仕事で帰れず更新ストップ~(泣)
遅くなってすみませんでした。