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第三十四話 ややこしそうな関係

 ようやく戻ってこれた。

 毎度毎度この時期に召集を掛けるのを止めて欲しいと思うのだが、こればかりは権威と力を誇示する事でしかバランスを保つ事が出来ない世情を変えない限り無理な話だろう。

 新たな学生が入る時期ぐらい腰を落ち着かせようとするのが常識だと言っても、優先順位が上回れば肩書きが何であろうと関係は無いのが実力主義のこの国の特徴。仕方があるまい。


 もはや馴染んだ黒檀の机にはサイン待ちの書類が積まれ山を作っている。

 一息入れたいところだが、このままにして置くわけにもいかない。


 外套を脱いで掛けておき、じっとりとした年月を思わせる重厚な造りの椅子に浅く座り書類に一つずつ目を通し確認を済ませてからサインをする。

 殆どはここに来るまでに確認され認可されてきたものなので目を通さなくてもいいが、それでも全てに通さなければならない。それが、私がここに居る意味なのだから。


 コンコン


「開いています」

「やっと戻ったか」


 挨拶もなく入ってきて勝手に長椅子に座り足を投げ出すのは、癖のある栗色の髪を一つに束ねた女。細身の体からは刃物のような闘気を纏っており、(救護)のローブがこれほど似合わない者を私は知らない。


 ラウネス・ルウェン。

 世間では単独で竜を狩る最強の女傭兵と噂される。今は面白そうな仕事が無いと言って勝手に押しかけてきて居座っているので、食い扶持ぐらいは働くようにと簡単な仕事を任せている。


「何かありましたか」

「あったな。実に興味深い事が」


 ラウネスが面白い?

 それは碌でもないという事では。嫌な予感しかしなかったが先を促す。


「あんたが気にしていた弟君、皇女様がご執心らしくてね、サジェスの三男が喧嘩を吹っかけた」

「喧嘩? まさか決闘を持ち出したのではありませんね?」

「持ち出したね」


 一年の主担当はクレイスターだ。彼は何をしていたのか。いくら認められていると言っても使われたのは四十年以上昔の事。何かあれば良家の子女が集うこの場では煩わしい事にしかならないというのに。


「クレイスターは権威に弱いだろ? サジェスと聞いただけで許可を出していたよ。

 さすがに拙いと思って審判はあたしがやったけどさ」


 ………はぁ


「だけどそのおかげで面白いものが見れた」


 いつの間にか机の前に立っていたラウネスが、見ていた書類を奪い子供のような笑顔を近づけてくる。


「弟君、魔術を使わずに勝ったんだよ」


 書類を取り返そうとしていた手が空を切った。


「…………魔術とは、魔術ですか?」

「他に何がある? 本人はよく分かっていない様子だったけどね、感覚的に使っているみたいだ」


 ……魔導を使う者ですか。


 ある程度は予想していた。

 あの瞳が先祖がえりというだけなら、然程心配は要らない。


 しかしパージェスは長老達の警戒対象となっている。今回も監視するように言われラウネスに任せていたが、もし例のものに関わりがあるような事があれば、何においてもこちらの管理下に置かなければならない。


「それはないんじゃないかい?」

「何を根拠に」


 相変わらず人の思考を先読みするのが得意らしいラウネスに目を細めれば、書類を返され「話してみればわかる」と言われた。


「そういえば、結局今年も変えられなかったみたいだね」

「野外戦闘実習の事ですか……」


 気の重くなる話題に、逸らされたと分かっていても溜息が出るのを止められなかった。


 野外戦闘実習は学者肌の魔術師にならない為には必要不可欠なもので、意義も必要性も理解している。しかし、それを行う場所が問題だった。


「いつまであの場所でやらせるんだ?」

「分かっていて聞かないでください。こちらもどうにか変えさせようとしているのです」

「変えられるかねぇ」

「代用の地を考えています」

「だけど蒼の聖地程手頃で安全な場所はないんじゃないかい? 近いし」

「わかっています。しかし、あの場所程危険な場所もありません」


 ラウネスは腕を組むと、『そりゃあねぇ』と同意を示すように苦笑した。


「知っていればそうだろうけど、知らなきゃどうにもね。

 まぁ、ここで飯を食う時ぐらいはあたしも気にかけておくよ」

「………有難うございます。(あね)様」


 言った瞬間、ラウネスから表情が消えた。


「ルーネ学院長。あたしとあんたは他人だよ」

「相変わらず、貴方らしくない事に拘るのですね」


 ラウネスは栗色の髪と暗褐色の瞳。それに対して私は一族の色を濃く受け継いだ白髪と銀の瞳。

 千彩の民に埋没した今となっては、そのような事に拘る姉も長老達も本末転倒と思えど、それを口に出す事は出来なかった。


 抜身の刃を喉元に突き付けられているような錯覚に囚われたまま、冷たい眼差しを見つめ返す。威圧に耐え、見つめ返すだけで精一杯だった。


 じっと見つめているとラウネスは鼻に皺を寄せ視線を逸らし、くるりと背を向けるた。


「言われていたもう一人の白髪の坊主。あれは相当な腕を持っている。弟君よりも警戒した方がいい」

「まさかそちらも魔導――」

「いや。あれは魔術だ。魔術だけならあんたに並ぶかもしれない」

「それは……魔術以外も?」

「傭兵の気配に似ているんだよ。身元は分かっているんだろうね?」

「入学の手続きに不備はありません。元魔導師団長のカルマ様が後ろ盾です」

「そいつは強固な後ろ盾だ。探り切れるのかい?」

「何とも。ですが長老が動けば探りきれないものなど無いでしょう」

「頼もしい限りだね」


 ラウネスは薄く笑って出て行った。


 私は肺の中の息を吐き出し、椅子の背に凭れた。

 気分屋の(ラウネス)が何を考えているのか、昔からよく分からない。こちらは読まれてばかりだというのに。それでも私が不利になるような事をした事はない。

 だから誰よりも信用出来る。そのラウネスが怪しいというのならば、早々にカシル・オージンの調査を進めなければならない。

 キルミヤ・パージェスについても王家とサジェス公爵が興味を示していないか確認しておく必要がある。


 やらなければならない事がありすぎて頭痛がしてきた。



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