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第三十三話 そこまで飢えてはない

 ざくざくざくざく。

 がさがさがさがさ。

 ……………………。


 これ程楽しくない遠足があるだろうか。

 前を神経質そうなあんちゃんに、後ろは殺気立った坊ちゃんに挟まれた始終無言の歩行作業。

 逃亡したくても今の俺には青年によって強制参加(説教地獄)という名の暗黒魔法が掛けられている為、列から外れる事も出来ない。


 それにしても何の訓練もしていないのに行軍訓練なんて変だなとは思っていたが、何となく分かってきた。

 一年から四年までで参加人数は百ちょい。中隊規模。最小単位の班は各学年二人、一年と二年は二人から三人の、八人から九人で構成されている。

 普通班の単位は四人から六人だろう。それよりも多い人数で組まされているという事は、一年は完全に見学兼、上級生にとっての足枷だ。

 班長から上、士官の役どころを教師ではなく全て上級生で分担しているところを見てもそうと思われる。

 何の訓練も受けていない一年を彼らの通常ペースで歩かせると、簡単にへたばるし、先頭にも後尾にも置けない。お、となると一種、護衛のスキルも上は要求されちゃってるわけだ。

 この森で何から護衛? というぐらい穏やかな森だけど、訓練上はそうなるだろう。


「でも普通の軍隊と比べると随分と変則的だよな……」

「パージェス、何か言ったか」


 ぼそりと呟くとすぐさま前を歩く神経質あんちゃんが振り返る。


 全面的に俺が悪いけど、振り返るなよ。今は全体で動いているからいいけど、班行動となった場合は前方警戒の要なんだから……


「いえ、何も言っておりません」


 びしいっっと背筋を正してはきはき答えると「私語は慎め」とだけ言って、前を向くあんちゃん。いつもの俺とは百八十度態度が異なるが、この場面で適当な事を言ってうだうだ説教を喰らう事を考えればお安い対応だ。

 俺の後ろでチッと舌打ちした坊ちゃんが後ろの三年の先輩の気に障って睨まれているが、お家の権力が轟いているのか何かを言われる事も無かった。


 顔を合わせた時もだが、先輩方は貧乏くじをひいたという顔を現在進行形で披露されている。

 そりゃまあ学院中に決闘の件が広まっちゃってるわけだから、俺と坊ちゃんの中が悪いのは知っているだろう。さっきの反応から見ても坊ちゃんの家を把握してるからして、ストレス発散先は俺に限られてくる、はず。これが明日の夕方まで続くのだから逃亡したくもなろう。

 救いなのは、班長のあんちゃんが神経質だが生真面目な人物なので謂れのない叱責は無いという点。これが俺の聞きかじった荒事専門の方々の場所ならばどうなっていた事か。


 気を取り直し軽い荷物を背負い直し、さくさく足を進める。


 この荷物も随分と軽い。この手のものは一般人には重くて重くて小一時間も歩けない代物だ――と、勝手に想像していたが、想像だとしても実際軽いだろう。

 何せ魔術師、火器を持つ必要が無く通信機器も同様。水もほいほい出せる。食糧は必要最低限で現地調達せよとの事なのでそちらも質量は大したものではない。他に入っているのは簡単な医療キット。これも大したものではない。


 それでも二時間程も歩けば坊ちゃんを初めとして、一年の息はあがっている。

 平気そうなのは青年と少年と、あと名前知らない若者二人。

 どうだろうかこの現代っ子のごときヘタレッぷり。たまたま全体の指揮を執る四年の精悍な顔つきをした赤髪の恰好いいあんちゃんを見たとき、あんちゃんは無表情だったが、参謀役らしき女顔の綺麗どころは渋い顔をしていた。


 大変そうだなぁと思っていると綺麗どころと視線がかち合い、慌てて逸らす。

 何か言われるのも嫌なのですぐさま隣の列の影に重なるようにずれ、視線を前に戻して脈打つチキンハートを宥める。


 目的地はこの先にある開けた場所、このペースでいけばあと一時間弱だろうか。

 休憩地点のそこでそのまま野営するので、おそらく一時休憩は取らずそこまで行くだろう。短時間の休憩だと一年は逆に速度が鈍る可能性が高い。


 一年がぜぃぜぃ言いながら目的にたどり着いたのは予想よりも遅く、一時間ちょっと過ぎ。昼の手前。

 どうやら班ごとに食糧調達と野営地の防壁づくりをする二手に分かれるようで、殆どの一年は防壁づくりに割り振られていた。防壁といっても、ちょっとした高さに土を盛る程度なので初級魔術を野営地をぐるりと囲むように地道に使っていけば完成する。三年一人と二年、一年の分担というのが恒例という様子だ。上級生の動きによどみが無いのでそんなところだろう。


 そして何故か食糧調達組になっている俺。

 そりゃ土系統の初級魔術が出来るかと確認を取られた時に「手のひらに土を出すぐらいなら出来るかも」と答えたけど、恒例を無視して迷いなく決められたのは………

 と、悩んでいると体力残ってそうな青年、少年、若者二人も食糧調達組だったので、なるほどコレも恒例かと納得。

 意気揚々と班ごとに食糧調達に出かけたのだが、いやぁやっぱりこの森は食材の宝庫だね。


「…………パージェス。それは?」


 前を歩いていた神経質あんちゃんが振り返ったとき、足を止めて俺を見た。

 それにつられて後ろに居た先輩方も周囲へ向けていた注意を俺へ移し、『何してんのお前?』という顔をした。


 そんな変な事はしていないと思うのだが、どうも予想外の行動をしてしまったらしいので手にもった袋を出して説明した。


「山菜です」


 あんちゃんは袋の中を覗き込み、一瞬言葉を詰まらせた。


「………パージェス、芋もあるのだが?」


 芋? と、後ろの先輩も覗き込み芋を視認すると微妙な顔になって俺を見た。


「いつ、掘ったんだ?」

「先輩方が獲物を探してるときに」


 どうせ俺は見学ポジなので、実際に狩りを行うのは先輩方だ。

 傍で見学しているだけというのも時間の無駄なので、目に入った山菜をぷちぷち取りつつ、個人的に好きな芋も掘っていた。

 掘る時はさすがに道具がないのでこっそり電波ちゃんにお願いして土をどけてもらったりしたが、俺が手にした木の棒と芋とを見比べ三年の先輩は押し黙った。


 そうだね。木の棒(コレ)で掘ったとしたら、どんだけすごい勢いで掘ったんだろうね。

 分かるけど、そんなかわいそうな子を見る目で見ないで欲しい。お腹空き過ぎて一心不乱に芋掘ってる後輩だと思ったのは分かるから。分かるけど違うから、生暖かいそれを止めて欲しい。

 いや腹へってるのは合ってるけど。


「……そうか」


 もろもろの言葉を呑みこむようにあんちゃんは言った。

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