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第二十九話 特技:見なかったふり

 何か、嫌な感じがする。


 こう背後から忍び寄る悪寒っていうの? ぞくりとする寒気に顔が引き攣る。

 これはアレだほら、夜中一人でトイレとか行ったりすると遭遇しそうな、夏場の例の風物詩。何故か男女の親睦の場と化す意味不明のイベントの元なるアレ。

 ……俺は別に怖くなんかない。子供じゃあるまいし、番組見た後一人暮らしの狭い部屋に怯えて友人宅へ押しかけたりするような事は無い。部屋のトイレに行けなくてコンビニに走ったとか無い。断じて無い。無いったら無い。

 故に俺は振り向かない。怖いからではない。そんなわけがない。

 見る必要が無いからだ。そう、必要が無い事をわざわざする必要がどこにあるというのだ。


 …………………


 俺の足音の後に重なるようにもう一つの音が連なる。


 …………………


 言いしれず圧し掛かってくるプレッシャーに俺は徐々に精神を蝕まれていき、とうとう振り向いてしまった。


 そこには、やや俯き、顔が前髪で隠れた女。うっすらと見える口元は笑みの形に吊り上がって――状況認識放棄。戦略的撤退を選択。


「でたーーーー!!!!」

「え? え!? あ、ちょっと!!」


 何か聞こえた気がするが無視。


「待ちなさい!! あなた人を化け物か何かのように見ないでくださる!!?」


 気の所為気の所為。俺には残念ながら霊感は無い。


「ちょっと! 待ちなさいって言ってるでしょ!!」


 今の俺は体力ふりーだむ! 持久走ならどんと来い!!





































 撤回。


 昨今の超常現象は持久力があるようだ。


「……………………」

「……………………」

「……………………」

「……………………」


 超常現象ことクロワッサンはぜーはーいいながらこちらを睨んでいた。

 一般人代表こと俺もぜーはーいいながらクロワッサンを睨んでいた。


「……なんで……にげるの」

「…にげない方が……どうか……してる」

「なに……よ、それ」

「……うつむきかげん、で、うすら笑い……は、反則……」

「はあ?」


 ちょっとタンマと手を挙げ、一先ず呼吸が落ち着くまで無言の停戦を提案。

 クロクロもやっぱりしんどいのか同意を示すように眉を顰めて呼吸を整える事に専念した。


 何の因果かここは二棟と一棟の間の裏。めったに誰も来ない件の場所。


 よーやく落ち着いて草の上に座ったまま胡坐を掻いて膝に肘をあて顎を手のひらに乗せる。

 クロクロは最初こそ両手を地面についてへたり込みそうになっていたが、今はもうお淑やかに足を横に曲げて背筋を伸ばし座っている。


 うーん……やっぱりなぁ、そうだろうとは思ってたけど、このお姫様はあれだ。


「なあクロクロ」

「なんですか」

「猫かぶりしんどいだろ」

「なっ……何の事ですか」


 狼狽えるあたりが実直で単純な性格を表している。

 最初こそ手札を一枚一枚切って見せ、追い詰めるような話しぶりを見せたがそれから後はひたすらネチネチ纏わりつくだけ。搦め手を使うわけでもなく、追い込み漁をするわけでもなく、ただただ阿呆と言えるぐらい正面突破できていた。


 それに、


「一番最初に俺がクロワッサンって言ったら、『誰がクロワッサンじゃ』って言ったよね?

 『じゃ』って言ったよね? 普通お姫様が『じゃ』は無いよね?」


 俺の知識としてはお姫様が『じゃ』はあり得なくはないが、この世界ではたぶん無いだろう。

 物語でもそういう口調のお姫様は無かった。


 クロワッサンは悔しそうに唇を噛みしめ、やがて諦めたように溜息をついた。


「苦手なのよ。堅苦しい言葉は」


 取り澄ましたような殻が外れ、力の抜けた顔でクロワッサンは言った。


「なかなか堂に入っていると思うけど?」

「世辞はいらないわ。貴方は相変わらず無礼ね」

「そうか?」

「……説く事は諦めるわ。

 それはそうと、何故逃げるの」


 俺は一つ溜息をついた。


「だーかーらー。後ろに俯き加減で口裂け女ごとく笑ってる奴が居てみろ。しかもしょっちゅう。びびるわ。悪夢見るわ。しまいにゃ泣くぞ」

「……本当に無礼ね」

「自覚ないわけ? あれは超常現象レベルだよ? 昼間でも気配無く現れては追いかけられるって、小っちゃい子だったらトラウマ確定だよ?」

「誰が幼子にするか! そもそも幼子であればもっと素直に話を聞くわよ」


 俺は恐ろしいものを見たという顔で口を覆った。


「そうやって洗脳して下僕を増やすのか! こわっ! 皇女こわっ!」

「何故下僕!? いついったいどこでそんな言葉が出てくるの!」

「素直だとか言っちゃってるあたり、言う事聞く忠実な下僕を求めてる感じだよねー」

「言わせておけばっ! 私はこの国の為を想い力ある者には相応しい働きをと」

「だーかーらー、それが下僕思想だっつってんの」

「はあ!?」

「そりゃこの国にとっちゃ大切な事だろうよ。でも個人の大事と国家の大事は違うだろ?

 主人でもない限り命じる事は出来ないだろうが……

 ……あれ? 俺って一応貴族だっけ?」


 俺の言葉に眉を顰めていたクロワッサンは、ハタと気付いた俺に何を今更と首を傾げていた。


 ちょっと待ってね、今俺整理中。

 えーと、一応俺は貴族に位置する人間だ。非常に驚きだが。

 そうなると、形式上、王に仕えている事になる。絶対王政なのだから。

 ってことは、クロクロがその王権を発動してきたら俺に抵抗する術は無くなる。


 …………えーと。えーーっと。

 ………………………………………………見なかったことにしておこう。

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