第二十八話 面白い反面悩みどころ
術に慣れた教師に対しても効果を発揮した上級魔術、夢魔の檻。学生ではひとたまりも無かっただろう。見たところ避けるばかりで口頭契約を唱えている様子は無かった。となれば空切。解除も空切りしていたところを見ればそれが正解だろう。一見すれば。
話では初級魔術さえ使えないと聞いていたが、とんだ狸だったわけだ。
さすが、あのグランの弟というところか?
「くっくっくっく……」
「………う…」
密かに笑っていると、サジェス家の三男が目を覚ました。
頭を振りながら体を起こすが、何が起こったのか分かっていないのか、周りを見回し相手が居ない事に眉を寄せてこちらを見て訝しがっている。
「勝負はつきました。フェリア・サジェス」
「!? それはどういう――」
「貴方は戦闘不能となり、負けました」
「なっ……」
目を大きく開き、信じられないという顔をする三男坊。
これがかの腹黒一家の人間かと思うと、可愛い反応だ。どれだけ甘やかされてきたのか、それとも期待を掛けられなかっただけなのかどちらだろうか?
何とも素直な子供の反応についつい悪戯心が出てしまうではないか。
「そして、貴方はキルミヤ・パージェスに助けられました」
「……は?」
予想外の言葉に、三男坊は固まった。
「どこまで覚えていますか?」
「え………」
「どこまで覚えているのですかと聞いています」
少し威圧を込めると顔が強張り、口を震わせながら動かした。
「膨爆を……使って……………」
「そこから先はどうですか?」
「……………」
動けないでいるので威圧を緩めると、三男坊は怯えながらゆっくりと首を横に振った。
「貴方は膨爆を完成させてキルミヤ・パージェスの術に掛かりました。
結果として制御は失われ、収束点である貴方の手の中で発動するところでした」
みるみるうちに顔色を青ざめさせてゆく。
あまりに素直すぎる反応に、どちらかというと教育の手を抜かれたのではないかというような気がしてきた。
かの一族ならば顔芸などお手の物だろうに、この三男坊にはそれが何一つ備わっていない。
これだけの教師が集っていながらみすみす生徒を殺すような馬鹿は居ない。それが分からないのだろうか。先程も結界を張ろうとしていた。
ただし、結界でしのいだ場合は三男坊の手は軽くない怪我を追っていただろうが。暴発の怪我が片手で済めば安いものだ。
「ですが、発動する前にキルミヤ・パージェスが蹴り飛ばしました」
そう。あの弟は事もあろうに蹴っ飛ばしたのだ発動体を。
本人にしか操作出来ないはずの術に干渉して。
「け………け?」
蹴り飛ばしたというのは三男坊も意外過ぎたのか、言葉にすらなっていなかった。
そうだろうと、そこは私も同じ思いだ。
膨爆は着弾点で爆発する。例外は術者で、それ以外の物理的接触は全て爆発へと繋がるはずだった。
他には、物理的以外の接触。即ち、魔力による接触だ。とはいえ、魔力による接触とは術操作の干渉というもので、決して蹴っ飛ばせるようなものではない。あと可能性があるならば、魔力コーティングを施して即席の物理結果と成すぐらいだが、あの短時間でそこまで出来る人間がこの国に何人居る事だろうか。魔術師団員と言っても昨今は戦争もなく平和ボケしかけている連中に咄嗟の行動でどこまで出来るか分かったものではない。
「貴方を含めここに居る者に怪我一つ無いのは、それが理由です。
誇りを大切にしたい気持ちも分かりますが、無関係の人間を巻き込んでも良しとするだけの誇りかどうかは考えてください」
三男坊は唇を噛みしめ、俯いた。
これは相当悔しがっている。二度三度と繰り返すかもしれない。
今回はグランの弟が何とか治めたが、次もそうそううまく行くとは限らない。
どこかで一度痛い目にあった方がいいだろう。
「宿舎へ戻りなさい。
他の者も、宿舎へ」
手を叩くと、眠らされていた生徒達も訳が分からないまま不満そうな顔でぞろぞろと戻って行った。三男坊も他の生徒に半分支えられるようにして逃げるように去って行った。
残ったのは、夢魔の眠りを耐えた教師の面々。
「ラウネス先生、今のは上級魔術でしたな?」
白髪が幾スジも見える、ここで十何年も教師をしているクレイスターが渋い顔をして言った。
同意を示し軽く頷くと、他の教師からうめき声があがった。
「何と言う事ですか。あれだけの実力を持ちながら今日まで隠しているとは」
そう言ったのは、最近着任した教師のヴェルダ。一年の実技を担当している教師だ。
彼からしてみれば実力がありながら不真面目を通している生徒は許しがたいのだろうか?
「ヴェルダ先生、落ち着いてください。彼も何か理由があったのではないですか?」
「理由とは?」
魔術構築と理論を担当している老齢のテリオスがわざとらしく目を丸くした。
「さあ、それは今のところ何とも。この中でキルミヤ・パージェスと正面から話した者は居ないでしょう? 一度話して見ると面白い事が聞けるかもしれませんね」
実際、話すだけでも面白いのでいい暇つぶしの相手にはなる。この魔導博愛精神の人種が面白いと思う感性が残されているのかは別の話として。
「ではラウネス先生、キルミヤと話してみて頂けますか?」
「あら。私がですか?」
クレイスターの言葉に、何故と問うと決まり文句が返ってきた。
「講義を受け持つ者が生徒一人に接触するのは平等性に欠ける事ですから」
何だそれはと私はいつも思うが、ここの人間には当然のルールなので反論したところで無駄だ。
いいですよと返事をして、ここは切り上げよう。
一つ頷き了承を伝えると、渋い顔のままクレイスターは去り、テリオスは探るような視線を寄越してからその後を追うように行った。
「………ラウネス先生、一つ気になるのですが」
一人残ったヴェルダが迷うような顔でいた。
「………あれは、本当に魔術でしたか?」
「魔術以外には無いと思いますが」
ヴェルダは説明しずらそうな顔で、眉間にしわを寄せたまま言葉を紡いだ。
「確かに上級者になれば手順を踏まずに使う事が出来ます。魔力を操る事に長けていれば手順の補助は必要ありません。
でも、そういう感じがしなかったんです。魔力を練っている感じが」
彼はどうやら嗅覚が他の者よりも良さそうだ。
だが生憎、そこから先へと進む知識は持ち合わせていないだろう。
「しかし、魔術以外には有り得ませんよ?
あれは確かに範囲にわたって眠りの作用をもたらしていました。そんな事が出来るのは夢魔の檻ぐらいでしょう」
「普通なら私もそう思います。でも違和感が拭えないのです。
世界を巡った経験のある貴方であれば何かご存じではないかと思ったのですが……」
「ご期待にそえず申し訳ありません」
ヴェルダは力なく首を振り、弱く笑った。
「私の勘違いであれば問題ありません。時間を取らせてしまい申し訳ありませんでした。キルミヤの事をお願いします」
頭を下げたヴェルダは、少々意外だった。
ここに集まる魔術師達は大抵魔導博愛主義だと思っていたが、一生徒の為に頭を下げる者がいるとは思ってもみなかった。
ヴェルダは律儀に礼をして戻っていった。
完全に後ろ姿が見えなくなって、溜息をつく。
個人的には興味深く、面白いので観察する分には全く問題はない。
しかし、一体どこまで報告したものか……




