第九十九話 前座終了
本作の加筆版『災種能転』をぽちぽちとアップしてます。
キルミヤパートはさほど手を加えていませんが、ちょっとだけ追記しているところもあります。宜しければどうぞ。
追記
加筆版のプロローグに少し過去を追加しました。
キルミヤがパージェスに引き取られる場面となります。
「エフさん、それは勘違いですよ?
たとえ私と貴方が逆だとしても、クロさんは同じ事をしています」
ティオルの反応に首を捻りかけたとろこで、今度はグランがよく分からない事を言う。
ティオルとグランは視線を合わせているが、先ほどとは異なり知人同士の気安さに近いものがあった。
「今私達がしなくてはならない心配は『私達をいかにして信用してもらうか』です」
「…………わかっている」
「では安心ですね。エフさんが既に認められているのならこれ程心強い事はありません」
「貴殿は…………やはりあの家の人間だな」
にやりと笑うティオルに、にこりと返すグラン。
また蚊帳の外に置いて行かれてしまった。
よく分からないが連帯感らしきものを二人が醸し出しつつある事だけは感じてホッとしつつ、容認しかねる発言に否を唱えた。
「あの、先程も言いましたが私は二人を信用していますよ?」
「そうだな」
「ええ、存じております」
簡潔に応えられ、私は沈黙した。
内心、大いに首を傾げる。あっさりしすぎていて全く言葉が届いていないようにしか感じられなかった。
「本当に信用してるのですが……」
「はい。そうでなければこのような密談めいた事はなさらないでしょうから、きちんと理解しておりますよ」
笑顔でグランに言われ、さらにはティオルにまで肯定を示すように頷かれた。
が、どうも共通認識というか、二人と自分の認識にずれがあるような気がしてならなかった。
「随分と脱線してしまいましたが話を戻しましょう。
生活環境や各方面での生産能力、消費量、物資の相場と流通量、特産に風土、気風などいろいろと調べてきました。
これは具体的に民が何を望んでいるのかを調べるため。というのはご理解頂けていると思います」
「えぇ……」
先ほどの反応が気になってはいたが、私は頷いた。
「まぁそれと同時に、どのようにして望みを叶えるのかという状況判断材料ともなるのですが、それらの正確な情報を掴む事は非常に骨が折れる作業でした」
「あ」と私は気付いた。
人口ですら正確な実数を掴めていないという話が本当であるならば、グランがいくら頑張ったところで調べきれるものではない。官吏を多く投入すれば可能なのかもしれないが、それをすれば私の耳にもその話が届いているだろう。
「もちろん私一人で調べる事は不可能です。かといって官吏も規定の仕事がありますから地方に派遣する事は事実上無理でした」
「じゃあ……」
私は未だ戸の前に立ち微動だにしないクイネに視線を向けた。
「彼らにも手伝ってもらいましたが、それでも追い付きません。特に土地特有の情報となれば部外者では限界がありました」
「………では、もしや民から?」
グランは実に楽しそうに頷いた。
「ええ、その通りです」
当たったのは嬉しいが、しかしそれが正確な情報だと言えるのだろうか?
「クロさんの懸念は今も抱えている問題です」
私の疑問を見越してかグランは続けた。
「そして当初は今以上にその事を問題視していました。ですので、私自身の調査結果と民からの調査結果を比較していました。その結果、虚偽報告で不正に契約金を稼ごうとする者が居たという事は確かです。
しかし私以上の詳細な結果を報告する者も居ました。そういう者と、少しずつ信頼関係を結び調査の手を広げてきました」
「……でも見極めは大変なのでは? それに逃げられるという事もあるでしょうし」
グランは顎に手をあて「そうですね」と呟き苦笑した。
「カードや飲み比べで勝負したり、共に寝起きしたり、半年ぐらい付きまとっていれば、人物像はおよそ見えて来るものです」
……前半はいい。民と趣味を同じくして馴染もうとしているのだと思われる。しかし最後の半年つきまとうとは何なのだろう。まさか協力してほしいからと言って本当に半年もつきまとったのだろうか。それは多大なる迷惑というものではないだろうか。民にそれほどの迷惑をかける貴族が居て……
そこまで考えて、それ以上の迷惑をかける貴族が居る事を思い出す。
重税を課し、目障りだからと打ち捨てる。民の命を何ほどとも思わない者が居るのは否定できないセントバルナの現実。
いや、だからと言って半年つきまとう行為が許されるというわけでは無い。と、思う。そもそも、半年もつきまとえるほどグランは暇だったのだろうか? 順調に出世しているグランに半年も中央を離れる余裕など無いように思えた。
「……グランはいつからそのような事を?」
「十五からです」
「十五!?」
確かグランが私の教育係になったのは四年前。それまでも農部に所属していたとは覚えているが、それも教育係になる一年前。
グランが出世頭として話しに上るようになったのは特にこの二年。私の教育係を終えてからだから、その七年前から活動していた事になる。
「いいか?」
ティオルの問いかけに「どうぞ」とグランは軽く促した。
「何故そこまで?」
「何故……ですか。国家の為に身を粉にして働くのは貴族の務め。そう言ってしまえばそれまでですが……」
数秒、迷うようにグランは目を伏せた。
「知りたかった。これが一番の理由です。
当時、私は物を知らない子供でした。その子供なりに自分が何も知らないのだと思い、どうやったら知る事が出来るのだろうかと考えた結果です」
「何を……と、聞いても」
遠慮を見せたティオルに首を振り、グランは答えた。
「私の家を知っているのなら、おそらくエフさんの家もそうなのでしょう。
全てを知る者は非常に限られています。私はまだ全てを継いでいないので、推測で動くしかありませんでした」
その真摯な表情から、グランはティオルに対してある程度情報開示しようとしているように見受けられた。自分の事を開示する事で先ほどティオルが感じた不信感を少しでも払おうとするように。
ティオルは目を細め、考え込むように視線を落とした。
「それは…………貴殿は、貴殿の優先とするものとクロとが相反する事態になった時」
「それは無いと考えています。
先日、あの方にも調べても無駄だと忠告されましたが、今の俗世とは直接関係していないのだと思います。
……申し訳ありませんが、これ以上は。無暗にお二人を巻き込む事態に繋がりかねませんので」
断片的な会話では明確な形へと整形する事は難しいが、概要程度にはその姿を捉える事が出来た。
グランが私よりも優先させたいというのは、間違いなくあのキルミヤ・パージェス、弟の事だろう。優れた頭脳を持ちグラン以上の見識を伺わせる――一見馬鹿にしか見えない――あの者を、周囲の思惑から守ろうとしている。そしておそらく、守ろうとしているのは周囲の思惑からだけではない。
リダリオスがグランに言った意味深な言葉を思い返せば、それはグランの力を持ってしても守りきれない事柄、なのかもしれない。
「ただ、私も手を拱いているつもりはありません。全て片付けた時には、不信感を抱かせたお詫びとしてお答えいたします」
どこまでも真面目な藍の瞳が私とティオルに向けられる。
「答える必要はない。だが、貴殿が窮地に陥る事があれば、片が付いてなかろうが答えて頂く」
ティオルの声は反論を許さない響きがあった。
それを感じてか、グランは黙って先を待っていた。
「己の技量には限界がある。仮に物理的に守る事が出来たとしても、貴殿のように望みまで守る事は出来ない。貴殿が折れる事があっては、先が無い」
グランは逡巡するような間を空けてから、一つ頷いた。
「わかりました。そのかわり、エフさんも約束してください。何かあれば話すと」
「…………了承した」
エフの答えを聞き、安心したようなグランは茶化すように言った。
「良かった。私一人では到底あの方を抑えられる自信はありませんからね」
「それは……同感だ」
……リダリオスね。
何故かそこだけはすぐに解ってしまう自分が少しばかり嫌だった。
「さて。あの方が聞かせたかった話というのも概要は言ってしまいましたし、次の話をしてしまいましょう」
「次?」
リダリオスには勉強しろと言われていたが、その次に何かするような話でもあっただろうか?
「本題ですよ。今の我々に必要なものは何かという話です」
「あ」
それはそうかと、私は己の頭の回らなさに舌打ちしたくなった。