第九十八話 表面上だけでも協力を
あ゛あ゛~
一ヶ月超えてしまった……すいません。
早く坊ちゃん青年ルートに入りたいのですが、さすがにここはすっ飛ばせない……もうちょい耐えて頂けますとありがたや。
そういえばノランと話していた時も少しだけれど笑っていたと思い出し、顔の筋肉が死滅しているわけではないのだなと、益体も無い事を考えているとティオルが口を開いた。
「貴殿は独自で?」
ティオルの問いにグランは眉を寄せ、難しそうな顔をした。
「独自でというわけではありません。先日もお話ししましたが殆ど弟の言葉がきっかけです。その弟の言葉というのも、まるっきり何もなしでというものではありませんから……」
「……『違和感』は」
「『違和感』と、言いますか……もはや確信に近い考えはあります。
しかし何故このような事になっているのかは、推測でしかありませんが」
苦笑いを浮かべるグランに、私はすかさず待ったをかけた。
「あの、二人……いえ、三人とも分かっているようですが『違和感』とは何ですか?」
クイネも理解している様子なので、この場所で着いて行けていないのは私だけだろう。
「知る必要は――」
「エフさん。クロさんなら大丈夫ですよ。確証の無いものに縋る程弱くありません」
遮ろうとしたティオルを、グランがやんわりと窘めるように止めた。
ティオルはグランをじっと見つめていたが、やがて視線を外した。リダリオスの視線にも屈しなかったティオルが引いた事に内心驚く。
「お話しますが、これも全て確証の無い推論です。それと知ったからと言って今すぐ益になるとも言えない事です」
グランの言葉に私は首を横に振った。
話してくれるという事が、私にとっては嬉しい。
「お願いします」
「わかりました。
『違和感』というのは、大きく言えば、この世界に対する違和感です」
「この世界ですか?」
「はい。既にお話ししました、白地地帯の事、精巧な地図の事、地域別に衛生概念・対応に差が出ている事、そして何より言語が統制されている事。他にも挙げればきりがありませんが、それら全てが不自然に思えるのです。
衛生概念・対応が王都よりも地方都市で整っているという事は考えにくい状態です。新技術というならまだしも、衛生という概念自体も方法も同じように持っているのに、その捉え方が異なるというのは新技術というより廃れ軽んじられてきている技術のように感じるのです。
また、この広い大陸で使用される言語がたったの三つで事足りると言うのは社会の発展から考えても異常です。言葉というのは部族で発生する意思疎通の手段ですから、数限りないほどの言葉が生まれ、他部族との、ましてや大陸中での意思疎通など困難を極めるところです。どこかの国が中心となり共通言語とするよう働きかけた結果なら分かりますが、伝わる史実の中にそれらしいものは無いのです。
このように本来発展した先にある筈の技術と思われるものが既にあり、逆に衰退、または知識を失っているように感じられる。これが『違和感』です。
そこから考えると、過去に現在よりも高い技術を有した国家があったと思うのです。共通の言葉が使用できるという事は、少なくともその言語を使用している地域はかつて一つの国、または国家の集合体だった可能性があるのではと」
今よりも高い技術を持った国……
私の脳裏に、脱出路の事が甦った。
体温を持つ壁。使用者にしか進めない道。そして管理空間と呼ばれる白い部屋。
あれは、今の技術ではとても造りだせない。
「しかしながら、千九十年以前の歴史は闇の中。
どのような国があったのか、どのような技術を持っていたのかは今となっては知る方法がありませんが、これもまた不自然なのです」
「何故です? 書が戦争で燃えてしまい残っていないのですから、それも仕方がない事では?」
「では、この大陸全土の書を燃やし尽くす戦争があったという事ですよね?」
……言われてみれば、そうだ。
想像つかないが、書が残っていないという事実だけを取り上げると、そういう事になってしまう。
「けれど、それだけ大規模な戦争について何一つ、口伝一つ、それらしい伝説一つ残っていないのはどうでしょう?」
「…………変、ですね」
大陸中の戦争ともなれば、関係のない者など居なかっただろう。
降りかかった火の粉について、何も語らず、何も残っていないというのは、心情的に考えても変に思えた。
「敢えて、消された歴史ではないのかと思うのです」
「消された?」
「はい。後世に残したくない何かがあったのではないのかと」
「何か……」
「おそらく――」
グランは言葉を切ってティオルに確認するような眼を向けた。
その視線を追ってティオルを見ると、鋭い視線とぶつかった。じっとこちらを見つめるティオルに何事かと私は眉を寄せかけ、グランが止めた言葉の先に思い至った。
「私は大きな力が得たいわけではありません。このセントバルナを守る力が得たいだけです。この大陸全土の書を燃やし尽くすような力など、逆に波乱をもたらすようなものでしょう。そのようなものは不要です」
私でもその程度は考えがまわると些か不機嫌になって言えば、ティオルの眼から鋭さが抜けた。
半分ぐらいは確認の意味を込めてしていたのだろうと思ったら、今、明らかに本気で安心したような気配がした。
……いくらなんでもそこまで馬鹿ではないわ。
「ね、大丈夫でしょう?」
視線を戻すと、にこにこと楽しそうなグランが居た。
「……そのようだ」
しぶしぶといった口調でティオルが呟き、「良かったですね」とグランに言われて、私は何と言っていいのか判断に窮した。リダリオスのような邪気満載の笑顔ではなく、本当に喜んでくれているのがわかるので余計に。
「後世に残したくないものは、武力だったのだろうと思います。それも、おそらく魔術に関する武力」
「何故特定出来る」
断言したグランに突っかかるようにティオルが口を挟んだ。
先ほど私に向けていたのが比でない程、警戒していた。それに対してグランは肩を竦めただけ。まるでどこかの誰かと同じ仕草にちょっと笑ってしまうと、私までティオルに睨まれてしまった。
「すみません。巫山戯ているつもりではないのですが、こればっかりは私が育った環境が原因なのでそうとしか言えなくて」
ティオルの視線が余計にきつくなって、グランは困ったように頭を掻いて眉を下げた。
「実を言いますと、千九十年前の最古の書と言われるものは最古ではない可能性があります」
「え?」
何を言いだすのかと思ったら、とんでもない事をグランを言いだした。
「パージェスにはそれよりも過去に書かれたと思われる書がいくつもあります。
ですが、その中に魔術に関する書は一つも見当たらないのです。
エバースにもそのようなものがあるのではないのですか?」
「…………回答を拒否する」
エバースにも、あるのね……
「どうしてその事を報告しないのです? それを発表すれば」
「栄誉が得られる。ですか?」
肯定すると、グランは眉を下げたまま苦笑を浮かべた。
「私もクロさんと同じような事を考え、当主に進言しようとしました」
「しようと?」
「弟に止められました」
「え?」
「もう一つ言うと、千九十年前の書よりも過去の書だと見抜いたのは弟でした」
「は?」
目を瞬かせている私に、グランは下げた眉を少し上げた。
「言ったでしょう? あの子は私よりも頭の回転が早いと」
「言いましたけど……」
「仮に公表したところで、それを使い切るだけの技術的土台と思想が無いので余計な嫉妬を集めるだけと言われました」
グランは「それに」と言って、懐かしむように視線を上げた。
「大陸中の歴史が丸々消されるというのは余程の事。戯れ程度の冗談であればまだしも、それだけの意味があった事を考えれば迂闊な事はしない方が無難。もし公表するのであれば、最古の書として公表するのではなく、その中身だけを今の時代に合わせて公表しなければ広く発展させるには至らないと諭されてしまいました」
「賢明……というより、異常だな」
ティオルの言葉に、グランは弱く笑って瞳を曇らせた。
「エフ。そのような言い方は無いでしょう。
あの者がそこまで考えられるとは思いませんでしたが――」
「ケルト、その時の歳は」
「………六歳です。私は十三でしたが、そこまで考える事は出来ませんでした」
私の言葉を遮ったティオルは、分かるか? というような問いかける眼を向けてきた。
私は、意味がわかり黙った。
師もなく、そのような発言をする子供がいるとはあまり考えられない。
「こちらでは巫山戯た様子しか見せなかった。それしか、だ」
「……でしょうね。私以外にそのような事を言った事はありません。
自分でも異常だと理解しているようです……いろいろと」
「危険だと思った事は」
グランは怒る事もなく首を横に振った。
「一度も。あの子は争い事をことごとく避けています。
私が中央に出てからは、私にもそういう話をしなくなりました」
「無理強いさせないというのは、それが理由か」
「まぁそんなところです」
「他の理由は」
「それは、ここでは関係ない話でしょう。何が『違和感』なのかという話ですから」
「…………」
睨むというわけではないが、視線を合わせたまま何かを探ろうとしているティオル。
グランは変わらず弱い笑みを浮かべて、困ったような顔をしていた。
私はくるりと後ろを向いて、グランから視線を外さないティオルの目の前で手をパンと叩いた。
ティオルは驚きはしなかったが、私へと視線を移した。
「エフ。私はここまで来てくれたあなたの事も、女である私に協力してくれるというケルトの事も、信用しています。
まだ私自身を信用出来ないという事もわかりますし、今の私には内政に干渉する力はありませんから頼りにならないという事も承知しています。
互いに抱える事情はあるかもしれませんし、全てを話せる関係でもないかもしれません。
ですがそれでも、一定の信頼を持って欲しいと思っています。
仮にケルトが私を見限るような事があったら、その時は貴方も見限ってください。私から追うような真似は致しません」
ティオルは、少し目を開いて私を見た。
それは驚いているようにも見え、それでいて観察しているようにも思えた。
暫く私に視線が留まっていたがゆっくりとグランへと移されると、静かにその視線が降ろされた。
「……失礼した」
「いえ」
短く言葉を交わし、グランがホッとしたように私に小さく頭を下げたので、私も肩の力が抜けて小さく笑う。
「………少し、貴殿を羨ましく思う」
「え?」
振り向くと、ティオルは見慣れた無表情で首を横に振っていた。




