第一話 自称勇者
「報告します!」
執務室へ、慌ただしく連絡担当の近衛兵士が駆け込んできた。
「どうした。慌ただしいぞ。まずは落ち着いて話せ」
「はっ!」
兵士は一度、大きく息を吸った。
「城内に不審者が侵入した模様です!」
「不審者?」
「はっ! 賊は一人。若い人間の男です。どこからともなく現れ、『責任者を出せ』と暴れております!」
「怪我をした者も多数出ており、態勢が整い次第取り押さえる算段になっています」
「……ふむ」
私は書類から顔を上げた。
長い耳が、ぴくりと動く。
責任者。
城の責任者となれば、まあ、私であろう。
私はこの国の王。
そして、うさぎである。
◇
ここはラビィナ王国。
れっきとしたうさぎの国である。
この国を築いたのは、一匹のうさぎ。
その名は、シン・トーヤマ・アルフォンス・ラビット・ラビィナ一世。
一代にして、このラビィナ王国を大国へと押し上げた建国の王である。
見た目はやたら貫禄があるただの黒うさぎである。
本人はデブじゃねぇ、ちょっとぽっちゃりしているだけだと言い張ってはいるが、ちょっとではないとだけは言っておこう。
元々この土地にいた亀の魔王を討伐し、この場所に国を興したのである。
肥沃な大地と豊富な水資源。
王の人柄に魅せられた者が集まり、いつの間にか大陸内でも類を見ない大国となった。
◇
その日、城は少々慌ただしかった。
城内に、一人の人間の男が現れたからだ。
その男は、自分を勇者だと言い張っているらしい。
本人以外、誰も確認していない。
仕方がないので、その男のことは自称勇者――仮称――とすることにした。
さて。
いつまでも城内で騒がれても困る。
その後、自称勇者は増援に駆けつけた兵士たちによって取り押さえられた。
とりあえず、謁見の間で話を聞くことにした。
王座に座り、自称勇者を待つ。
しばらくすると、兵士たちに囲まれ、縄に縛られた一人の若い男が入ってきた。
人間。
年齢は15歳前後だろうか。
珍しい服を着ている。
男は謁見の間に入るや否や、挨拶もせず、頭も下げず、私を指差した。
「お前が王様か!」
「いかにも」
「俺は勇者だ!」
「そうか」
「勝手に召喚するとは何事だ! これはれっきとした誘拐だ! 俺を元の世界に返せ! 謝罪と賠償を要求する! それと、俺に何かさせたきゃ、まず褒美を提示しろ!」
……。
よく喋る男だ。
謁見の間が静まり返っている。
兵士たちも呆気に取られていた。
「終わったか?」
「は?」
「話は終わったのかと聞いておる」
「あ、ああ……」
「そうか」
私は王座に座り直した。
「では、こちらから確認しよう。そなたが勇者と申す者か?」
「そうだ!」
「ふむ」
私は自称勇者を見る。
「まず、我が国は召喚など行っておらぬ」
「……は?」
「当然、そなたを元の世界へ送る手段も持ち合わせておらぬ」
「嘘をつくな!」
「嘘をついてどうする」
私はため息をついた。
「それに、勇者など珍しくもない」
「……え?」
「いや。珍しくないと言えば語弊があるな。数万人に一人ほどは現れる」
「数万人……?」
「我が国にも五人はおる」
「五人!?」
自称勇者が目を見開いた。
何をそんなに驚いておるのだ。
「ところで、そなたは天啓を授かったのか?」
「て、天啓?」
「神より勇者として使命を授かったのであろう?」
「いや……何も……」
「何も?」
「ただ……お前は勇者だ、と……」
「誰に言われた」
「……声」
「どのような声だ?」
「分からない……」
先ほどまでの勢いはどこへやら。
自称勇者の声が、見る見る小さくなっていく。
「そうか」
私は頷いた。
「そなた、ただの渡り人のようだな」
「ただの……?」
「異なる世界から、何らかの理由でこちらへ迷い込む者は稀におる」
「じゃ、じゃあ俺は……」
「渡り人だ」
「勇者は?」
「知らぬ」
自称勇者が固まった。
「さて」
私は話を戻す。
「そなたが城へ迷い込んだのであれば、王城への不法侵入については不問としよう」
「お、おう」
「だが」
私は自称勇者を見る。
「臣下への暴行。それに、王たる我への度重なる暴言。不敬の罪については別だ」
「は?」
「そなたを国外追放とする」
「ちょ、ちょっと待て!」
「二度と我が国へ立ち入ることを禁ずる」
「おい!」
「連れて行け」
「待て! 俺は勇者だぞ! おい! 聞いてんのか! 俺は――!」
兵士たちに両脇を抱えられ、自称勇者は謁見の間から連れ出されていった。
静かになった。
「……やれやれ」
私は王座の背もたれに体を預ける。
長い耳が、ぺたりと垂れた。
このときの私は、まだ知らなかった。
この自称勇者が。
後に我が国に災いをもたらすとは、
知る由もなかった。




