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第八楽章 親に内緒の反政府活動

問い、権力者の犬相手に真正面から喧嘩を吹っ掛けたらどうなりますか。

答え、こうなります。


「くそっ、超痛てぇ」


満身創痍のオグは呻きながら、一歩一歩引きずるように通りを進む。金の髪は土でくすみ、額には脂汗が滲み、頬には赤黒いあざができ、口の端はひび割れている。


そんな有様でも、歩みすら覚束ないラドよりはマシだ。どこが痛いかと問われればどこもかしこも痛い。頭は死守したが、あばらのあたりが特に酷く、息を吸うたびに鈍い痛みがある。肋骨にひびが入っているかもしれない。道端に吐いた唾は、血が混じって赤かった。


威勢よく宣言したラドだったが、殺到した職業軍人、気が短く誇り高い男たちに懲罰棒で一方的に袋叩きにあった。最初の一、二発は堪えたが、すぐに不様に地面に崩れ落ちた。


逃げられる距離ではなかったので、どうせ殴られるならとオグはくず折れたラドに覆いかぶさって衝撃を分散してくれた。棒で打たれ、軍靴で蹴られ、気が済むまで殴られ、「二度とこんなことをするな」と捨て台詞を吐いた兵が立ち去ってからも、二人とも暫く立ち上がれなかった。


「お前のせいで、とんだとばっちりなんすけど」


オグは文句を言いながらも、ラドの肩に腕を回し、支えながらなんとか前進している。


「ふふっ」


信じられないことに、ラドは笑っていた。しかし切れた口の端が痛かったので、手にしたハンカチで口元を抑える。因みにこれは、台無しになった美貌を憐れんだどこぞの娘さんが、井戸水で冷やしたハンカチをくれたのだ。


「何がおかしいんだよ。お前、被虐趣味なの?」


信じられないというようにオグが間近から覗き込む。


「悪い。だが、殴られたことが嬉しくてな」

「……何言ってんの、お前」


苛立ちというか、バケモノを見るような眼を向けられた。

暴力は嫌いだ。痛いのは誰だって避けて通りたい。それが普通の人間だ。


「だって殴るということは、あいつらが私を恐れたからだろ?」

「いや、あれ、強敵を恐れたと言うより、単に理解不能だっただけじゃ」


人は自分を害する相手にも恐怖を抱くが、得体の知れない相手にだって恐怖を抱く。敵意を抱いて排除しようと殴ったとして、細身のラドはどう見たって武装して屈強な男たちにとっては脅威足りえない。自分たちに向かってくる狂った弱者が理解の範疇を超えていたのだろう。


「どっちでも構わない。私はようやく奴らの敵になれたのだ」


ラドは自嘲気味に呟いた。


「お前には理解できないだろうな。敵に相手にされない。それがどれほど屈辱的か。

無害な市民だと見做され、警戒もされない。お嬢さんと呼ばれ、恭しくされたこともある」


無理もないことだった。ラドは華奢で腕も細い。女だと思われてしまう顔は細面で華がある。好意を抱きこそすれ、敵意を抱かれることはない。


「だが今日、私を殴るあいつらの目は怯えていた」


吟遊詩人の肩に回っていた指に不思議と力がこもる。


「私は、あいつらを脅やかす存在となったのだ」


オグが見開いた目に、自分の目が映る。生まれた時から付き合いのあるモスグリーンの瞳。白かった服は泥と血で汚れ、それでも自分の目だけは不屈の意思が宿り、狂気的な光すら帯びている。


「オグ」


ラドは初めて名前を呼んだ。

この男は胡散臭い。全部が信じれるわけじゃない。それでも、こうして見捨てずに肩を貸してくれるし、帝国相手に戦う術を持っているのは本当だった。


「戦い方を教えてくれてありがとう。私は戦うぞ。母国を取り戻すまで、決して歩みを止めることはない」


帝国の支配に不満はあった。しかし、抵抗する術が無く、ずっと、もがいていた。

自分がどこまで戦えるのか知らない。自分が英雄になるのか、それともどかかで野垂れ地ぬのか、そんなことはわからない。

だが、どんな暴力も、苦境も、屈する理由にはならない。帝国がどれほど強大だろうと、戦える限りは喧嘩を売ろうと、ラドは決意した。


          ‡   ‡   ‡


「その道を左」


未来の英雄だろうと、今は体を休めなければならない。

路地裏を曲がり、小さな水路を越えると、大きな通りに出た。家の敷地が大きくなっていく。土地を仕切る柵も立派だ。持ち主が裕福なのだ。その内の一つ、石垣に絡まる蔦の隙間から、古びた木の扉が見えてきた。


「良いところのお坊ちゃんだとは思ってたけど」


屋敷、と形容するにふさわしい建物を眺めながらオグがぼやく。

門の鉄の枠組みは錆びつき、木製の柵は一部欠けているものの、なお威厳を感じさせる。

その柵の上に、建物の二階以上が見えている。模様が刻まれた石造りの柱、ひび割れ、薄汚れているが漆喰で固められた外壁。屋根は、三角が連なる切妻屋根で、その頂には瓦の代わりに色つきのタイルが載っている。アーチの窓には槍先文様の錆びたアイアンワークがはめ込まれていた。


「笑えない冗談だ。領地を取り上げられ、残ったのは古びた屋敷だけだ。父は祖先の財産の切り売りと、代筆と写本で生計を立てている」


ラドは扉の前で重く息を吐いた。


「お前、ここまででいいぞ」

「何言ってるんだよ。自力で立てないくせに」


ラドは帝国をも恐れぬ革命家である。しかし、それでも身内には活動を内緒にしていた。見知らぬ他人にどう思われようと気にしないが、身内に知られるのは恥ずかしい。

オグを追い払おうとしたが失敗してしまい、ためらいながらノッカーで扉を叩く。


「誰だ?」


門の隅に隅についたラッパ型の拡声器から、聞きなれた父の声がした。オグは見たことない魔法具に目を丸くしている。


「お父様、今、帰りました」


ラドがラッパに向かって返事をすると、間もなく閂が外れる金属音がして、門がゆっくりと開く。

中から出てきたのは五十代くらいの男だった。髪は白交じりで痩せた頬を隠すように、凛々しい鼻筋が、ラドによく似ていた。顔には深い皺を刻まれ、我が子を目にしたモスグリーンの瞳は驚きに見開かれる。


「ラド!」


男は息を詰め、我を忘れて子どもへと駆け寄る。


「どうしたんだ! 顔に傷なんか作って!」

「大げさだな。女じゃあるまいし」


オグは小声でぼそりと呟いた。

ようやく父は、我が子の肩を支える人物を認識したようだった。見知らぬ吟遊詩人を探るように声が低くなった。


「何があった?」


ラドは気まずげに視線を逸らせる。


「ちょっと喧嘩を」

「帝国相手に」


勝手に補足され「オグ!」と鋭い声で制止した。反政府活動をしているなんて、家族に心配させたくない。


「こういうことは、はっきりさせといた方が良い」


だが、オグはきっぱりと言った。

灰色の髪を後ろに流した父の額が疑念と警戒に皺を濃くする。夜の帳が落ち始めた玄関先で、三人の間にある空気が張り詰める。


「お父様? ラドは帰ってきたの?」


ラッパが今度は女の声で囀った。

緊張が途切れる。父親は言いたいことはあったようだったが、理性で押しとどめ、背を向けた。


「ひとまず屋敷へ。君も、手当てが必要そうに見える」

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