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第六楽章 作戦会議

国の転覆をする密談をするのに、皆の目に留まる広場は不向きだ。お互い名乗るだけの簡単な自己紹介の後、一行は場所を移動した。


ラドと名乗った学生は石造りの廊下を抜け、扉を押し開けた。


物置に使われているその部屋は窓がなく、埃っぽい。夕陽が沈んだ今となっては、相手の顔も見えない。


『灯れ』


シラが光魔法を使い、薄ぼんやりした明かりを天井のランプに灯す。部屋には幾つがものがあったが、どれも布がかけられ、中には白っぽいレリーフがはみ出しているものもあった。救世主教の御絵や御像は預言者教の神学校には相応しくなく、かといって処分するには惜しい。そうした不要な備品が集められているのだろう。


「それで?」


美しき革命家……ラドは皮肉たっぷりに問いかける。


「私にどんな策をくれると言うんだ?」

「まあ、そう急くな。まずはお互いわかっていることを確認しよう」


オグの声は落ち着いていたが、本当に考えがあるのか、時間稼ぎなのかよくわからない。


「まず、この国の人口はどれくらいいるんだ?」

「白の国ということか? 三十万人ほどかと思う」


試験のような内容に、学生は困惑しながら回答する。


「対して帝国は?」

「領内ということなら、一千万人ほどかと」


咄嗟に答えられないラドに代わり、シラが口を挟んだ。

多いとは思うが、驚きではない数だ。帝国が支配する地域は広大で、治世も安定している。それくらいはいるだろう。


「軍隊は?」

「常備軍が五万程度、但し、徴兵すればその三倍強に膨れ上がります」

「その内、白の国に派兵されているのは?」

「五千人程度と推察されます」

「待て待て待て、彼女はなぜそんなに詳しいんだ?!」


ラドはこめかみを抑える。どこに何人の兵というのは帝国にとって機密情報である。十四くらいの少女が、自国民でも答えられない数字を淀みなく回答するのは不自然すぎる。


「そんなの決まっているだろ」


吟遊詩人は自信満々に言い切った。


「この子は占星術師だ」

「は?」

「本人が、は?とか言ってるぞ」


ラドは半眼になる。

なるほど、オグは堂々としている。言ってる本人に自信がない言葉など誰も信じない。しかし目が点になっている少女とは打ち合わせができていないらしい。


「急にバラされてびっくりしたんだ」


刹那、どう考えても無理がある、とシラは表情に出したが、


「そう、びっくりしましたが、彼の言う通り。私は占星術師です」


と、取り繕った。


「逆に聞くけど、これだけ詳しい事情に通じている奴が、占星術師以外の何だと言うんだ」

「お前ら、どこかの国の間諜(スパイ)じゃないのか?」


訝しみながら口にしたのはどうやら図星らしく、シラの肩が僅かに跳ねた。しかしオグは動じず、それどころか一蹴した。


「何を言ってるんだ? 間諜(スパイ)なら、疑われないためにもっとちゃんとした身分の奴だと思わないか? 年端もいかない女の子と、どこの馬の骨かわからない吟遊詩人じゃなくて」


妙に説得力のある言葉だ。子ども扱いされたシラは不満そうだが。


「凄腕の占星術師とやらが、占いの結果を披露してくださっている、とでも?」


オグは「その通りだ、ありがたく思え」と大きく頷いた。


「相手と戦うなら、まずは敵のことを知らなければならないだろう? 敵を知り、俺至高なら、ひゃっほい負けなしと東方の兵術書に書いてあるそうだぞ」

「それを言うなら、(てき)を知り己を知れば百戦(あやう)からず、だろ」


間違いを指摘すると、せっかく知的なところをアピールしたのに、と吟遊詩人は唇を尖らせた。


「話戻るぞ。この国を治めている奴はどんな奴だった? 確か、皇帝の弟とか」

「皇帝の父親が兄弟と何年にもわたる権力闘争をしたせいか、彼の兄弟は殆ど残ってないです。彼の父親が手にかけたと言われてるんですけど……。六人いた弟の内、生きているのは彼と同腹の弟サリフと、母親の身分が低いので王位を継ぐ可能性がない私生児です。

サリフは昨年、若干十六歳この国の執政官につけられ、彼の家庭教師をしていたこともある魔法使いで神学者のゼキが補助についてます」


占星術師にしてはあまりに詳しい帝国の内実の暴露に、ラドは最早突っ込む気も起きない。


「それで? なんて無意味な行為だ。国土は広く、人口は三十倍強。敵の強大さを再確認しただけだ」

「そうか? 俺はもう弱点を幾つか見つけたぞ」

「なんだって!?」


オグの言葉に腰を浮かせかける。シラすら目を見開いている。


「そんな難しいことか? 例えば……白の国を治める執政官はトップってわけじゃない。その上に皇帝がいる。何かするには皇帝の意向を伺うわけだ」

「それが何だ? もしかして不足の事態に対応できないということか?」


しかし、突発的な出来事への対処など、ある程度の対処は任されているだろう。


「皇帝は自分の兄弟ですら反乱を起こすのではないかと疑うほど猜疑心が高い。執政官を取り除くには、謀反を起こさせる、或いはその疑いあると皇帝に信じ込ませればいい」


ラドは鼻白んだ。


「そうなったらすぐに次の執政官が帝国から派遣されるだけだろう」

「そう言う現実的な話は今は置いて、俺が言いたいのはつまり、強大に見える帝国ですら、一枚岩ではないってことさ」


その一つ一つにはつけ入る隙がある。

確かに必要以上に恐れていたのかもしれない。オグの指摘は頷けるものだ。


「なるほど、確かにお前の発言は一理はあるだろう。で、帝国を倒すためにどうするつもりだ?」


薄ら笑って挑発すると、遮るように一ついいか、と指を突き立てられた。


「今の執政官を罷免するというだけなら、さっきの方法がとれる。

でも、お前の目標はなんだ? お前は帝国を打すと言った。ひょっとして、皇帝に代わって強大な国を治めたいのか?」

「そんなこと望まない。私は祖先の土地を、帝国の支配から取り戻したいだけだ。統治者は私である必要はない」


吐き捨てるように言った。兵を差し向け他国を従わせる帝国と同じにされ、気分が悪かった。


「ふーん。白の国の人が統治すればそれで良いのか? 白の国の民は、今の方が余程暮らしやすそうだぞ。少なくとも、帝国との戦費を調達するために重税に喘がなくて良いわけだから」


帝国の支配に従った方がよいのでは、と言い出したオグを、シラが陰からねめつけた。


「つまり、帝国に従う白の国の民が執政官となればいいのか? この国はかつて、そうやって統治されてたもんな」


ラザルの時代、その亡き後も、諸侯は帝国に表向きは従い、ある程度の自治を約束されていた。その事実を指摘している。ラドは激昂して立ち上がった。


「政治というのは、この国の人がこの国のために行う行為だ。外国の顔色を伺うような統治は政治ではない!」

「じゃあ、別に帝国と戦争して倒す必要はないわけだな? この国から手を引いてくれればそれで済むわけだ」


そう言われて、ラドは初めてその事実に気づいた。


「それはそうかもしれないが……しかし、それに何の意味がある?」


勢いが削がれ、椅子に座りなおす。冷静になったと見るや、オグはにっと歯を見せた。


「武力で戦うのは止めよう」

「……なんだって?」


ぽかんと聞き返す。


「俺はとある淑女に薫陶を受けた。戦って勝てないなら、戦わなければいいじゃない、と。

逆に聞くけど、お前、帝国相手に戦争して勝てると思ってたのか? どうやって?」

「勿論、兵を募り……」

「英雄も大軍もないのに? 武器はどこから調達するつもりだったんだ?」

「それは……他国の助力を乞うとか」


他国の筆頭が黒き王国だ。オグはなぜかシラに目をやる。シラは静かに首を振っていた。他国が助力するわけがないということだろうか。


「へぇー、外国の顔色を伺うなんて論外とか言っといて、外国に助けてもらうつもりなんだぁー」


オグは頬杖をついて茶化す。屈辱に顔が歪んだ。


「我ら三十万に対し、取り締まる兵はたかだが五千。執政官に至っては一人だ。奇襲すれば十分勝ち目がある」

「老若男女合わせて三十万だぞ。日ごろから戦闘訓練している兵と戦えるのはどれくらいだよ。運よく執政官を討ったとしても、代わりの執政官と大軍が帝国からやって来るだけだろ」


痛いほど現実的な指摘だ。


「しかしそれならば、どうやって」


焦燥を隠しきれず、声がかすかに上ずる。


「だから、武力での戦いを放棄するんだよ。そもそも相手は職業軍人を抱えてるんだぞ。少数の武装した兵相手への対処なんか得意分野だろ」

「剣で戦わず、どう戦うんだ? さっきお前が言っていたように言葉で戦うつもりうか?」


静まり返った教室に破裂音が響いた。オグはぱちぱちと手を叩いていた。


「よくわかってるじゃないか」


計らずも言い当てたようだが、どういうことかわからずラドの困惑は深まった。


「まずは一緒に戦う仲間がいるな。お前、どれだけの頭数を揃えられる?」

「……」


問いに、唇を引き結んだまま答えられない。仲間の顔は浮かぶが、皆、帝国に敵対するという立場に酔っているだけだ。実際に運動すると言うときにどれほど力になるかわからない。沈黙が、正直な答えだった。

オグは動じず、あたかも筋書き通りに進んでいるとでもいうように大きく頷いた。


「となると、仲間の募集からだな」

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