第十二楽章 武器のない戦い
運動は続き、日々大きくなっていく集団に、巡回兵たちの警戒も高まっていた。
事件が起きたのは、二週間後のことだった。その日は安息日で、午前中教会で祈りを捧げた人々が午後から合流した。
午後の日差しの中を、老いた大工が、赤子を抱いた娘が、修道女が、歌いながら歩く。集団はいつの間にか百を超えていた。帝国に反旗を翻しているというのに、どこか陽気で和やかだった。出鱈目に作った歌を皆で口ずさむので、ラドは恥ずかしかった。
市場から出発した一行だったが、道の四分の一も行かないうちに前方が止まった。風にのって聞こえるはずの歌声も止んでいる。
列の中ほどにいたラドは不思議に思い、人をかき分け移動する。人垣が開けた瞬間、理由が現れた。
一行には銃口が突き付けられていた。十数人はあろうかという帝国の武装した兵が道を塞いでいる。
” これ以上進めば、撃つ! ″
将校の宣言に、先頭のオグは固い顔で凍り付いていた。恐怖や逡巡の色が混じる中、二つの集団は暫し睨みあった。
—―ここが正念場だ
武器に脅され、すごすご逃げ出してはこの運動はとん挫する。負けん気のラドに退却の文字はない。しかしこのままでは犠牲が出る。
そこへ動きがあった。幼い少年が一人で兵の方へとことこと歩いて行ったのだ。あろうことが兵のすぐ前まで来て、無邪気に話しかける。
「おじさんたち、どいてよ。ここは僕らの国だよ」
途端に、銃が振り上がった。兵の一人が柄で少年を殴りつけたのだ。乾いた衝撃音とともに、小さな体が突き飛ばされ、よろめいて尻もちをつく。少年は土のついた頬を真っ赤にし、火がついたように泣き始める。
「止めろ!」
ラドは我を忘れ、集団をかき分け少年に駆け寄った。嗚咽に震える小さな体を庇うように抱きかかえる。丸まった背に、銃口が殺到する。
オグが駆け寄ろうと向かってくるのが見える。視界の端に、飛翔する何かが見えた。参加者の誰かが木の枝を投げたのだ。
——まずい!
鈍い音が聞こえた。
咄嗟にオグは兵と民衆の間に割って入っていた。
枝は顔の左側に命中した。頭部への衝撃に、その体躯が一瞬よろめく。
「手を出すんじゃねぇ!」
踏みとどまり、オグは声の限り叫ぶ。
頬が切れ、血が顎をつたっている。それにも構わず民衆の方を睨みつける。
「お前は帝国をかばう気か!」
人垣から一歩前に出たのは、大柄な男だった。鳶色の髪に無精ひげを生やし、胸板は厚く、道には大きな影かできる。しかし右腕の肘から先は鈍い光沢を放つ鉄の義手だった。正義感を振りかざす叫びに、憤怒の熱がある。
「お前こそ帝国のシンパだろうが!」
殺気立つ相手は、恐らく戦場を知る傷病兵だろうに、オグは負けまいと睨み返す。
「なんだとッ!」
「お前の行いは、敵に利するだけだ。もしこいつらが発砲すれば、無害な陽気な市民を傷つけたと上司に叱責されるだろう。逆にこいつらを害せば、暴徒の鎮圧のために止む無く発砲したと言い訳が立つ。相手に武器を使う大義名分を与えるつもりかっ!」
オグの言葉に、相手はハッと目を見開く。
「暴力を抵抗と思ってるなら大間違いだ。俺たちは俺たちなりのやり方で抵抗している。理不尽な暴力に抗議するのに、同じ手段をとったら、相手のやり方を認めることになる。
お前らは誇り高い白の国の人間だろうが! ここはお前らの国なんだろ? その主張は正当なものなんだろ? 相手が野蛮だからって同レベルになるんじゃねぇ! 俺たちには言葉があるんだ。真っ当な方法で、誇りを持ってやろうぜ」
男は歯を食いしばり、生身な方の拳に力を込める。
「では、黙っていろというのか。理不尽に幼い子どもが突き飛ばされた! 銃口が見えるだろ? このまま何もしなければ殺されるかもしれないんだぞ!?」
「それがどうした! そこのイケメンは」
オグは少年を庇うラドを指さす。
「この主張のために命を賭す覚悟だ。それは武器を持って戦うより遥かに勇気が必要だ。臆病者は去れ!」
鉄の義手がかすかに震え、やがて下ろされる。顔に浮かぶのは怒りではなく、自責の色だった。
沈黙に包まれた一瞬を、オグは逃さない。くるりと帝国兵へ向き直り帝国語で話しかけた。
” 大将、今日のところは退くようこいつらによく言い聞かせますんで、ご勘弁いただけませんか? ”
” お前、我々に指示するのか!? ”
兵の一人が憤慨して銃口を突き付けるが、オグは一番上等な上着の隊長らしき男から目を離さない。
” 滅相もございません。ただ、今は落ち着いているが、興奮したこいつらがどんな行動に出るか俺にも予想できません “
愛想笑いを浮かべ、わざとらしいほど丁寧に語り掛ける。背後の民衆には滑稽に見えるかもしれないが、兵士たちは戸惑いを隠せない。
” お前、我らのことを野蛮と言っただろ ”
" そうでも言わないと、こいつら引き下がらないでしょう? 俺は無抵抗な市民を撃つような野蛮な方たちじゃないって、ちゃーんとわかってましたよ ”
ここで魔弾を撃つようなら野蛮であると自白することだ、と舌先で制する。
” 俺は、あなた方にケガしてほしくないんですよ ”
上官の目に一瞬、計算の影が走った。
” 構え、止め “
銃口が天に向く。群衆へどことなく安堵した雰囲気が広がる。
” だが、二度はないぞ ”
捨てセリフを残し、兵は整然と退却を始める。
それに軽く会釈した後、オグは背後に向き直り、手をぱんぱんと叩いた。
「おし、解散だ解散! みんな家に帰れ! 誰か、その果敢な坊を手当てしてやってくれ」
‡ ‡ ‡
頬の傷は思ったより深いようだった。通りの隅に腰かけたオグの傷をハンカチで抑えながら、ラドは沈鬱な気分だった。因みに少年は親切な修道女の手当てを受け、無事に親が引き取っていった。
「男前になったろ?」
傷は男の勲章だとオグは冗談を飛ばす。ラドは表情を緩ませ、ふっと笑う。
「お前は元から男前だよ」
「お、おう」
自分で言ったくせに同意されると思わなかったようで、普段のような返答ができていない。
「心臓の馬鹿野郎、こいつは男だぞ」などと小声でつぶやき、深呼吸で鼓動を落ち着かせている。そこへ、大きな影が差した。
「……さっきは悪かった」
先ほどの義手の男がすぐ傍に立っていた。目が合うと、深く頭を下げた。
「ああ、あんたか。こっちこそすまなかったな。大衆の面前で罵倒しちゃ、イタッ」
気にしてない、とオグは笑顔を作ったが、頬の傷が引き攣れてしまったようだ。
「ちょっと見せてみろ」
男は義手でない方の手を伸ばし、傷ついた頬に触れる。小声でぶつぶつと呟きながら、無骨な指で傷をなぞる。すると指が触れた箇所から傷が消えていく。ラドは目を見張った。
「驚いた。あんた、治癒魔術が使えるのか?」
オグは頬に触れて不思議そうに確かめている。
魔術師はほんの一握り。その稀少性を思えば、道端でさらっと使ってしまうなど考えられない。
「簡単なものだけだ。本業ではない」
男は肩を竦める。
「ありがとう、助かったよ」
魔術師が希少なので、魔術師は魔術を使うことを勿体ぶる。それをこんなかすり傷で使ってくれたのだ。
「礼を言われる筋合いはない。こちらが傷つけたのだから」
「いやいや、言わせてくれ。あんたが騒ぎを起こしてくれたおかげで、さっきは誰も傷つかずに切り抜けられた。自己紹介がまだだたな。俺はオグ、吟遊詩人をやっている。こっちは学生のラド」
「俺はネナドだ」
聞き覚えのある名に、ラドは僅かに眉を潜める。
「ネナド……まさか、ミランコビッチ将軍?」
苦い笑みを浮かべたネナドが、義手をつけてない方で頬を掻いた。
「かつてはそう呼ばれていたこともあったな」
「――っ! お会いできて光栄です!」
ラドは感極って男の義手をとり、ぶんぶん振り回す。
「有名人?」
「逆にお前はなんで知らないんだ! 白の国にその人ありと言われた上級魔術師だぞ!?」
オグは口を尖らせる。
「そんなこと言われたって、黒歌鳥の戦いの話に名前出てこなかったし」
「それは数十年前の話だろ。将軍はラザルの孫のジュラジュの下で戦ったんだ。だが……」
言われてラドは思った。ミランコビッチ将軍は魔法の大剣を振り回す、国でも指折りの武闘派の魔術師。かつて英雄に祭り上げられ、この人がいれば白の国を守れるのではという期待を一身に背負っていた。戦場で華々しく活躍を遂げたはずなのに、そういった話を耳にしたことは無い。
「てっきり、白壁の街の攻防戦で亡くなったとばかり」
ネナドは自嘲気味に唇を歪ませる。
「見ての通り、生き恥を晒している」
ラドは救国の英雄になるはずだった彼の口からそんな言葉を聞きたくなかった。身を乗り出し、まっすぐな眼差しで問う。
「将軍ともあろう方があの戦いから逃げたとは思えません。右手も負傷しておられますし、何があったのですか?」
「話せば長くなるが……」
ラドからの信頼にネナドは目をそらし、言葉を濁す。オグも興味をひかれたので、謝罪する気があるなら、とつけこんだ。
「物語のタネになる。ぜひ、教えてくれ」
言語でフォントとか変えられると良かったんですけど、できないので
ちょっと見づらいけど、
「白の国語、黒き王国語の会話文」
” 帝国語の会話文 ”
――気持ち
『引用、放送』
という記号の使い方をさせてもらいます。
もっとわかりやすい表記、募集中




