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雪が降る中、城の池を眺める。
昔からここは落ち着く大好きな場所だった気がする。
小さな魚が水草の間を泳いでいるのを眺めていると後ろから声が掛けられた。
「一人でこの場に来るなと言っただろう」
振り向くと不機嫌な顔をしているカイネス殿下が立っていた。
私は少し笑って雪を振り払って立ち上がった。
「大丈夫ですよ。あの時は凄い勢いで背中を押されたんです。そこだけは覚えていますよ」
カイネス殿下は近づいてくるとギュッと私を抱きしめる。
「……シエラはいつもこの池を眺めていた。あの日雪が降っていた、いつも俺より先に来てこの池を眺めているはずなのにどこも居ない。少し離れた場所でアイリスがこちらの様子を伺っているのが見えた。明らかに不審だった」
小さな声で言うカイネス殿下に私は頷く。
「まさかと思って池を見たら、池底に沈んでいるシエラが見えた。そこからどうやって引き上げたのか覚えていない。冷たくなったシエラの体を何度さすっても温もりは戻らなかった。アイリスが殺したのだと思ったがどうやっても罪に問えなかった」
「だから殺したんですか?」
私が言うとカイネス殿下は頷く。
「アイリスがのうのうと生きていることが許せなかった。シエラが居なくなって何度も自分を愛しなさいと命令をしてきたが、俺が愛しているのはシエラだ。そしてその魂を持っているルクレアも愛している」
ギュッと抱きしめられて私も頷く。
「嬉しいです。昔の事は覚えていないけれど、カイト様が大好きだったのを覚えています。今も好きですよ。どうしてだろうと思ったら生まれ変わる前から好きだったからなんですね。きっとその前も、ずっと私たち愛し合っていたんですよ」
そう言う私をカイネス殿下はますます強く抱きしめた。
「同じ顔をして生まれてきたのは自分だけでないと思っていたが、ルクレアを見た時は驚いたと同時にまたアイリスもどこかで生まれ変わっているんじゃないかと思って警戒をしていた。宝石にとどまっているようなヤツではないから」
低く言うカイネス殿下の顔を私は見上げた。
「幽霊なんて信じられませんよね。アイリスはどうなったんですか?」
「予想だが、封印のサファイアが大きく膨れ上がっていた。二人分の命を吸ったせいだろうという事になった」
「二人分という事は、室長とアイリスってことですか。そもそも、命を吸うってなんですか」
「……禁忌だが、魔力の応用として宝石を使っているがそこに命を入れると倍の力を発することがある。今回は、室長は予想していなかっただろうが二人の命を吸ったおかげで土砂があの二人の前でせき止められたという事じゃないかということになった」
「あの室長が土石流を止めるために命を懸けたと考えられないので、たまたまでしょうね。アイリス様と室長は昔からの知り合いのようでしたよ」
顔を顰める私に、カイネス殿下は頷く。
「顔を前髪で隠していたので全く気付かなかったが、あいつはアイリスの忠実な部下だった。アイリスは神職に仕えている存在だったから、心酔していたんだろう」
「室長はアイリスを愛していたんですよ。最後、二人で宝石に入ろうと室長はしていました。アイリスは嫌がっていました」
私が言うとカイネス殿下は顔を顰めた。
「そうなのか?」
「聞こえませんでした?アイリスの最後の悲鳴みたいな声を。嫌だ一緒に居たくないって」
私が言うと変な顔をしつつカイネス殿下はゆっくりと頷いた。
「そうなるとアイリスを蘇らせたかった理由のつじつまが合うな。室長の家を捜査したら、魂を蘇らせる方法や霊に関する書物と研究の形跡が見られた。生まれ変わってこないアイリスをどうにかして蘇らせたかったのだろう」
「ほらね。だから一緒に最後は死にたかったんじゃないですか」
カイネス殿下は頷いた。
「それは理解できる。自分だけ取り残されたらどう生きて行けばいいか分からなくなった」
「今度は悔いが無いように一緒に過ごしましょうね」
私が言うとカイネス殿下はますます抱きしめてきた。
「もちろんだ」
カイネス殿下をだきしめながら不安になる。
「アイリスはもう出てこないですよね」
「室長がしっかり抱き込んで宝石に収まったから、出てこないだろう」
カイネス殿下に言われて私は少し安心する。
たしかに、あれだけの室長の想いから逃げることは難しいかもしれない。
最後に見た狂気的な室長の笑みを思い出して身震いをする。
「寒いのか?」
「いや、ちょっとアイリスのことを思っていたら恐ろしくなりました」
「厳重に封印したからもう出てくることが無いと信じたいが、どうなるだろうな」
カイネス殿下はうんざりしている様子だ。
「もう出てこないことを祈りましょう。あれ、そういえばピアス今日付けていませんね」
カイネス殿下の耳についているアクセサリーが見当たらない。
私が納品した作品が1つも無いことを確認する。
「土砂を止めるのに発動した魔力に耐えられなかったようだ。石が粉々になってしまった」
申し訳なさそうに言うカイネス殿下に私は微笑む。
「すぐに新しいのを作りますよ」
「楽しみにしている」
カイネス殿下はそう言うと素敵な笑みを浮かべる。
「ずっと好きですよ」
雪が舞い散る中、カイネス殿下と私は抱き合ってお互いの存在を確かめた。
雪が嫌いだったけれど、二人で見る雪はとても美しく素敵なものになった。