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とある新人騎士は打ち砕かれる 3

 

 かぷ、と、まるで食べるようにして降ってきたジェドの唇は、生暖かくて、柔らかい。


 貪るように赤い舌がねっとりと絡み付くのに、どこか反応を伺うような冷静さも兼ね備えているその動きに、セリスは余計に羞恥心が襲ってきて、ジェドの胸辺りを弱々しい力で何度も叩いた。


「……こら、叩くな」

「んっ、んんぅ……っ」


 力強く腰を引き寄せられ、セリスの体がジェドに密着したことで、彼の言う通り胸を叩くことさえ出来なくなる。

 そんなセリスの手がジェドの騎士服をギュッと掴むと、まるで離れてほしくないようにしがみついているようだった。


「……はぁ、かわい。……そんなしがみついて、絶対離さねぇよ」

「ちがっ……ふっ、ん……!」


 勘違いなのか、分かって言っているのか。ジェドの思考を把握しきれなかったセリスだったが、これだけは確かだった。


(まずい……! ジェドさん、確実にスイッチ入ってる……!)


 つい先程、ビクトルが部屋に来ることを聞いたばかりのセリスは内心焦ったものの、それを伝える術を持ち合わせていないのが一番の問題だった。


 身振り手振りで伝えることもできず、唇も開いたところで、直ぐ様ねっとりとした赤い舌が割り込んできて、まともな会話にならない。


 ジェドはキスの合間に会話をする余裕があるようだったが、完全にジェドのペースに飲まれたセリスは息も絶え絶えで、今や頭がぼーっとしてくる始末だ。


(……もう、何にも考えられない……)


 ときおり薄く目を開くと、欲に溺れたジェドの瞳がうっすらと見える。

 それもセリスの欲情を駆り立て、思考をを麻痺させた。


「……はは、セリス、息出来てるか……っ?」


 そしてそれは、流石に酸欠かもしれないと、ジェドが唇を離して、拘束を少し緩めたときだった。


 ぽーっと熱を帯びた瞳でジェドを見つめたまま、セリスがポツリと呟いた。


「ジェドさん、きもちい……」

「……っ!?」

「……ベッド、行きましょう……?」


 どこからどう考えても紛うごとなき誘い文句に、ぶわり、とジェドは顔を真っ赤に染めると、一度奥歯を噛み締める。

 そして、直ぐ様ベッドに愛おしい恋人を引き込んでしまいたい気持ちを抑えて、「待ってろ」とだけ告げると、扉の前までスタスタと歩いた。


「ジェドさん……?」と弱々しく問いかけてくるセリスの声を聞きながら、ジェドは僅かに開いた扉に向かってボソリと呟いた。


「──────」

「ジェドさん、どうかしたんですか……?」

「……いや、何でもねぇよ」


 そうして、ジェドは優しく扉を閉めてから、慣れた手付きでガチャリと鍵も閉める。


 足早にセリスの元へ歩いて彼女の尻の下を支えるようにして抱き上げれば、奥にある寝室へと消えていったのだった。



 ◆◆◆



 次の日の早朝、ベッドの上で背後から抱きしめて「今朝はえらく早いな」と耳元で囁くジェドから、もぞもぞと抜け出したセリスは、昨日レイラに仕事を任せてしまったこともあって、身仕度をしていた。


 団員たちが片付けを手伝ったとはいえ、多少なりともレイラに負担をかけてしまったのは事実であり、またその指示をしたのが自身だったために、ジェドもゆっくりと起き上がる。


「俺も行く。朝の訓練までなら時間あるから、なんか手伝う」

「いえ、ジェドさんはもう少し休んでください」

「だめ。セリスのが身体つらいってのに、俺だけ休んでられるか」


 そう言って、優しく腰を擦ってくるジェドの手付きに少しばかりの下心を感じたセリスは「もう!」とその手を優しく振り払うと、一足先部屋を出た。


(レイラが来るまでに、朝食の下ごしらえを終わらせておこう)


 食堂内のキッチンへたどり着くと、いつものお仕着せにエプロンをつけ、まずは手を洗ってから準備へと入る。


 すると、ガタンという音が食堂の入り口から聞こえたのセリスは、ぱっと視線を入り口へと寄越した。すると。


「えっ、ビクトルくん……?」

「せ、セリスさん朝、早い、です、ね……」


 どうやら、ガタンという音は入口付近に飾ってある植物に、ビクトルがぶつかったときの音だったらしい。

 植物が普段とは違う位置に動き、ビクトルが足の脛当たりを抑えていることからそう判断したセリスは、足早にビクトルへと駆け寄った。


「大丈夫? 怪我はしてない?」

「は、はい! 全く、全くしてません!」

「そ、そう? それなら良かった」


(な、何だろう、反応がいつもの違う……)


 今日までの口説いてきていたビクトルとは全く違う、挙動不審な表情や声色に、セリスは違和感を持つ。


(昨日、私とジェドさんが居なくなってから何かあったのかしら。……って、そういえば! 昨日ビクトルくん、部屋に来る予定だったじゃない……!)


 昨夜、一度は思い出したというのに、再び今の今まで忘れていたセリスは自身に呆れたのか、小さくため息を漏らす。

 私ってこんなに忘れっぽかったっけ……と少しショックを受けつつ、結局部屋に尋ねてこなかったビクトルに問いかけることにしたのだが。


「あ、あ、あ、あ、団長に呼び出されてたの、皆と話してたら忘れちゃってて……すみません」

「あ、そうだったのね。一応後でジェドさんにも謝っておいた方がいいかもしれないわ」

「ははは、はい!! 分かりました!!」


(何というか……まるで昨日とは別人……)


 それに、殆ど目も合わせてもらえず、顔も真っ赤で汗をかいていて、端的に言うと『変』なのだ。


「大丈夫? どこか体調でも……それにどうして今日こんなに早いの?」

「だだだ大丈夫です! 自主鍛錬をし、しよう、かと!」

「そうだったのね。頑張ってね。あ、そういえばもう少しでジェドさんが──」

「呼んだか?」


 セリスが言おうとした「来る」という言葉は、本人が登場したことにより、掻き消される。


 昨夜から焼き付くほど目にした肌色を隠し、騎士服に身を包んだ『人間離れしたご尊顔』──ジェドに爽やかな笑顔で朝の挨拶をされたビクトルは、頭が床に付きそうな程に腰を折った。


「お、おはようございます! さささ、先に鍛錬場に向かいます……!」

「ああ、俺が行くまでにへばんなよ」

「しっ、失礼しますううう……!!」

「ビクトルくん……!?」


 まさに脱兎のごとくという表現が相応しいだろうか。

 セリスに向けていた赤い顔から一転して、さぁっと顔が青ざめたビクトルは、逃げるようにしてその場を後にした。


 完全に視界から消えたところで、セリスはちらりとジェドに視線を移す。 


「あの、昨日ビクトルくん、部屋を訪ねるのを忘れてたって言ってましたけど、良かったんですか?」


 そう問いかけると、一瞬ジェドは意地悪そうに笑ってみせた。


「ビクトルがそう言ったのか?」

「はい」

「そうか。別に構わねぇよ。目的は達成されたしな」

「目的……? 何の話ですか?」


 やや訝しげな表情でジェドを見つめるセリスの顔に、ジェドは腰を折って、ぐぐと顔を近付けた。


「それにほら、昨日ビクトルが忘れてて良かっただろ? あんなところ見られたら、セリス恥ずかしいもんな」

「……っ、もう! 思い出させないでください!」

「ははっ、照れんの可愛いな」

「〜〜っ、もう良いです! 準備……準備します……!」


 気恥ずかしさでいっぱいになったセリスは、再びキッチンへと戻って行く。  

 後に続いて「何を手伝えば良いか教えてくれ」と言ってくるジェドに、ヤケクソ気味に指示をしながら、忙しい朝を過ごしたのだった。


 ──ビクトルの態度の変化の原因も、ジェドの言う目的が何だったのかも、知らないまま。



 ◆◆◆



 一方その頃、ビクトルと言えば。


「あの人、こえぇぇぇ〜〜〜!!!!」


 昨夜、指示されたとおりにジェドの部屋に行けば、僅かに隙間が開いていたので、ビクトルは興味本位で覗いてみせた。

 その実はジェドに凄まれたのが恐ろしくて部屋に入る勇気がなかっただけなのだが、それさえもジェドの思惑だったのだと後に分かると、驚きを通り超えて恐怖を感じるほどだ。


「絶対扉空いてたのわざとだ……! わざと覗き見させて、二人のイッチャイチャを見せつけたんだ……クソぉ!! しかも何だよぉぉぉ!! セリスさんも団長のことすっごい好きじゃん!! あんなの俺に勝ち目ねぇよ!!」


 セリスはジェドに比べて、それほど好きじゃないのかと思ったからこそ勝算があったものの、そんなものはてんで勘違いだったのだ。


 ──そりゃあもう相思相愛。バカップル。


 ジェドに向ける、セリスのとろっとろな顔を見たせいか、興奮で一切寝付けずにいつもより朝早く行動を始めることになったのも、ビクトルとしては敗北感をより一層植え付けられて苛立った。


「もうやめだ、やめ。あの二人にはもう関わらずに、俺は真面目に騎士の道を行く。あんな人を敵に回した俺は馬鹿だったんだ。……にしても、団長って敵だとみたらすっごい性格悪くなるんだな……覚えとこ。いや、もう敵になるようなことしないけど……一生…………」


 ビクトルは昨夜、扉を閉める直前のジェドの様子を思い出して、重たい溜め息を吐く。



『お前が入り込む余地があると思ってたのか? ……残念な頭だな』


 氷点下以下の冷たい眼差しと声色でそう告げたジェドの姿を思い出し、「ヒィィィ!!」と言いながら身体をブルブルと震わせたビクトルは、しばらくの間、セリスとジェドの二人に対して、ろくに目も合わせられなかったらしい。




 〜とある新人騎士は打ち砕かれる 完〜

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