第百十六話 仲間と共に
明かされた神威嚆矢の目的。 それは、全ての元凶であるM&Mを消し去る事だった。
「カムロ・アマチ、君にも協力して欲しい」
「俺に?」
柔和な笑みを浮かべつつ話し掛ける神威。
「君の事は、部下に命じて調べさせてもらったよ。 貴方の人生が歪んだのも、M&Mが、召喚獣が原因じゃないのかな。 私がこれからやろうとしていることは、M&Mの存在そのものの消去。 つまり、そもそもM&Mが歴史に存在しなかったことになる」
「どうやってそんな事」
今普及している召喚獣の技術をどうにかする程度ではなく、M&Mの存在を丸ごと消すとは。
「M&Mが生まれる以前まで時空を遡り、その原因を消す」
何を言い出すのかと思ったら、時を超えるなんて。 突拍子もない発言に一瞬冗談かと思いかけるが、神威の口調は真剣そのものだった。 神威が自身の言う通りに神の如き力を持っているのなら、それも可能なのだろうか。
「……下らん」
腕組みをしたままのずい子が、憮然とした態度で鼻を鳴らす。
「それで全てが解決するかは分からない。 けど、人類はまたやり直せる」
神威は一旦言葉を切り、こちらへ視線を向ける。
「それは、君も同じさ。 M&Mに出会わなければ、君は今とは全く違う人生を歩めた筈じゃないかな」
互いの視線が一瞬虚空で交錯した後、俺は無意識に目をそらしていた。
「……確かにそうかもしれない」
神威の言っていることにも一理ある。 この世界に来てからの俺は、ずっと召喚獣に振り回されてきたと言ってもいい。
……けど。
「ご主人!?」
驚いたようにこちらを向く相棒に、視線で安心させる為の合図を送る。
「ごめんなさい、貴方に協力は出来ません」
はっきりと拒絶の言葉を告げ、深々と頭を下げた。
「へぇ、何故かな?」
神威は軽妙な態度で聞き返す、まるで最初からこうなることが分かっていたように。
「貴方の言う東京通り、M&Mが無ければ帝国の侵略で家族が死ぬことはありませんでした。 そもそも、前世であの歳に死ぬこともなかったのかもしれません」
思い返してみれば、ラスベガスで銃撃されたのも、M&Mの大会に参加していたからだ。 M&Mが存在していなければ、海外に行くことすら無かったかもしれない。
「けど、その御蔭で俺は、色々な経験が出来ました。 沢山の人に会って、沢山の場所に行って…… 全部が全部楽しい事ばかりじゃなかったけど、その中で見つけたものは、いまでも心に残っています」
エリスやイェン、レラとスアレ、スミレにクリスにミルド、ガルザスさんやベルナルドに、ドルガス皇帝。 そしてマキヤさんや、アリム、ディーレッドさん、そしてイスクとシィル。 最後に、アメリアとキカコとノア。
生まれ変わって僅か一年足らずの間に、随分沢山の人と出会えた。 例え悲しかった出来事が無くなるとしても、この思い出は失いたくはない。
「何より、M&Mが無くなるってことは、相棒やずい子がいなくなるって事ですよね?」
「ご主人……」
出会ったのは、人間以外にもいる。
「俺は失いたくないんです、共に歩んでくれる大切な存在を」
何度も共に戦い、窮地を共に切り抜けてきた仲間である召喚獣達。 特に相棒は、俺にとってただの仲間以上の存在だった。
M&Mが消えるのなら、相棒や仲間達も消えることになってしまう。 他に何を手が手に入ったとして、相棒達がそばにいなければ何の意味もない。
「ふむ……困ったね。 ということは、君は私を止めるつもりだろう?」
顎に手を当て、少し考えこむ動作をする神威。
「貴方が、どうしてもM&Mを消すというのなら」
ここで俺が協力を拒んだとして、神威が考えを改める事はないだろう。 彼の言葉には、軽妙な中にも揺るがない強い意志がある。
「意思は固いようだね」
確認するような物言いに、黙って頷く。
暫しの沈黙の後、神威はおもむろに指を鳴らした。
「であれば、勝負で決めよう。 私が勝てば君は計画に協力する、君が勝てば、私は潔く手を引こう」
神威が淡々と言葉を述べる間に、周囲の景色が目まぐるしく変わっていく。 まるで様々な色の絵の具を水に入れてかき回すように、足場を含めてすべてのものが変化していた。
この建物は、全てが神威の力によって存在していたのだろう。 現実感のない全てが透明の室内も、元々存在しないものならば説明がつく。
「これは……!」
先ほどまでの謁見の間とは一転して、そこは大きなスタジアムに変わっていた。 全体の広さは100mをゆうに超えるだろうか、見上げれば5、60mはある高い山なりの天井が広がっていて、等間隔に並んだ照明が眩い光を放っている。
俺達が立っていたのは、中央の競技台の前。 周囲を観客席がぐるりと取り囲んでいるが、一人の観客もいないそれは、何処か寒々しかった。
記憶を刺激され、ラスベガスで参加した世界大会の光景が脳裏に一瞬蘇る。
「君は、ここが何処か知っているかい?」
周囲の風景に戸惑っている俺に、競技台の真向かいに立った神威が笑い掛けた、
「かつてここは、日本という国の一都市だった。 M&Mが生まれ、それが世界を席巻していくにつれ、誕生の地であるここは、いつしか世界の中心と呼ばれるようになったのさ」
神威嚆矢が生まれ、M&Mが生まれた地。 そこは、かつて俺が暮らしていた場所でもあった。
まさか、最後の最後にここに戻ってくるとは。 もう懐かしさなんて何も感じないけど、そう言われると妙な感じがする。
「久しぶりのゲームだ、楽しもうじゃないか!」
既に自身の山札を競技台に載せた神威は、いつでも試合を開始出来る状態だ。
「力を貸してくれ、相棒、ずい子!」
「うん!」
軽快に返答する相棒と、無言で頷くずい子。 二人を山札に戻し、俺も競技台に山札を置いた。
「私が先攻を頂こう! 私のターン!」
軽快な宣誓と共に、神威は札を引く。
「私は、クラス4、神霊・荒御魂を召喚!」
目の前に現れたのは、炎のように紅く燃え盛る人魂。
「この魔物の召喚に成功した時、私は札を二枚ドロー出来る!」
人魂が一瞬煌き、神威の手に新たな札が握られた。
「なっ!?」
いきなり発動された強烈な効果に、思わず声が出る。
「魔法発動! 一霊四魂!」
驚く間もなく、神威の独壇場は続く。
「自分の場に、魂と名前の付いた魔物がいる時、山札から魂と名の付いた魔物を三体まで召喚出来る! それぞれクラス4の、神霊・幸御魂、神霊・奇御魂、神霊・和御魂を召喚!」
荒御魂の横に、青、黄、緑の人魂が現れる。
「奇御魂の効果により、相手は手札を全て公開しなければならならない!」
緑色の人魂が煌き、俺の手札が強制的に裏向きになる。 これでは、相手にこちらが何をするのか丸わかりだ。
「更に、和御魂の効果により、相手は相手のターンで数えて次のターンドロー出来ない!」
しかも、次のドローに賭ける道筋まで塞がれた。 このターン一枚引いただけでは、挽回は難しいだろう。 であれば、その次のターンまで耐えれば……
「まだ終わりじゃないよ。 幸御魂の効果により、相手の生命力は残り一となる!」
黄色い人魂が瞬き、俺の体にずしりと衝撃が響く。
「ぐぅっ!?」
胃を抉るような衝撃を受け、思わず競技台に突っ伏す。
「先攻一ターン目は攻撃できない。 私はこれで、ターン終了」
満足気な笑みを浮かべ、こちらを見詰める神威。 流石M&Mの創始者と言うべきか、最早文句を言うのも馬鹿らしい効果の連続だ。
絶望的な状況の中、それでも闘志は折れていなかった。
「俺のターン、ドロー!」
裂帛の気合と共に、俺は札を引く。 この先にある、勝利を信じて。