第百十五話 世界を正すもの
M&Mの創始者、神威嚆矢を名乗る男から告げられたのは、この世界の隠された真実。 この世界が前世の世界と同一のものだったなんて、全く想像もしていなかった。
「質問がないようなら、続けさせてもらうよ」
質問するどころか、言葉が全く出なかった。 突きつけられた事実に、頭が混乱しっぱなしだったのだ。
「ただ命令に従うだけだった召喚獣が、次第に意思を持ち始めたことによって、平穏な時間は終わりを告げた。 同時に、物語の中にしか存在しなかった者達が、実体を持って世界に現れ始めていた」
かつて出会った、エルフやドワーフ等の種族。 それらも召喚獣と同様に、人の思いが実体化したものだった。
「今まで人間達の意のままに操られてきたことに、大多数の召喚獣は反抗心を持った。 人間に対して同様の反感を持っていた幻想の種族を味方に付け、召喚獣の力は次第に増していった。 そして、人間と召喚獣の間で戦争が始まったのさ」
意思を持ち得たのは、召喚獣の中でも非常に力の強い者だけだったという。 しかし、意思を持たない召喚獣達も、同種である召喚獣に味方し人類の敵となっていた。
「只でさえ先の戦いで疲弊していた人間達は、圧倒的な力を持つ召喚獣にまるで歯が立たなかった。 種そのものが滅ぶ瀬戸際まで追い詰められた時、人類にある救いの手が差し伸べられた」
「……ふん」
その時、隣で不機嫌そうに鼻を鳴らす声が聞こえた。
「瑞勾陳、君もそうだったね。 人間を哀れに思ったのかは分からないけど、一部の召喚獣達が人間に味方するようになったのさ」
「彼らの手を借りて、人類は最も被害の少なかった旧ユーラシア大陸に逃げ込んだ」
俺達が暮らしていた場所が、かつてのユーラシア大陸だったとは。 そう言われてみれば、どことなく文化や町並みに面影があったような。
「それから先は、カムロ君も良く知ってるんじゃないかな」
人類は辛くも生き延び、幾多もの時を越えて再び繁栄を遂げた。
「今までこの世界で何が起こったのかは大体わかりました。 でも、最初の質問に答えてくれてないですよ」
目の前の男が神威嚆矢であれば、それほどの長い時を生きられた訳がない。 その事について、全く返答を得ていなかった。
「そうだった、ごめんごめん。 何で私が生き延びているかだっけ」
けらけらと軽快に笑ってから、再び男は話し始める。
「一言で言えば、私は神になったのさ」
「え……?」
かみ? かみってあの神様の神なのか? いきなり飛び出した突拍子もない言葉に、一瞬思考が停止する。
「さっきも言ったけど、人間の想いが空想を実体化させるほどの力を持つものだって事は分かってるよね。 世界中に広まり、最早ただの遊び以上の存在になったM&M。 その創造主である私が、どういう扱いを受けるようになったか。 尊敬、崇拝、嫉妬……様々な人の思いを受けた私は、いつしかただの人間を超える存在となっていたのさ」
善意や悪意、様々な感情が世界中から一人の人間に集まるなんて、想像もつかない。
かつては俺も、神威嚆矢に対して尊敬の念を持っていた。 ゲームデザイン、イラスト含め、M&Mはほぼ彼一人の手によって作られたものだったから。
「老いる事ない肉体を持ち、超状の力を行使出来る存在に」
そう告げた神威の声は、どこか寂しげで。
「まあ、いくら強い力を持っていたって、人間同士の争いも、召喚獣の反乱も止められなかったんだけどね」
軽妙な語り口の中にも、言い表せないものを感じさせた。
「……もう昔話はよいだろう、そろそろ本題に入れ」
一歩前に進み出たずい子が、苛立たしげに神威を睨みつけた。
「私が何を企んでいるかについてかい?」
「新しい人類の為にサモニスへ我を封じ込め、貴様も人知れず闇へと消えたのではなかったのか」
ずい子を地下に封じたのは神威だったのか。 本人が言う通り、神と呼ばれるほどの力を持っているのなら、それにも納得がいく。
「はは、そんな事もあったねぇ」
「だが、眠っている我にもはっきりと感じられたぞ、貴様のおぞましい力を!」
「そんなに怒らないでくれよ、私だって、好きでこんな事をやっている訳じゃない」
「ふざけた事を!」
話すたびに怒りの度合いを増していくずい子とは対照的に、神威は軽妙な態度のままだった。
「さて、カムロ君。 君はかつて、ドルガス帝国の皇帝と戦ったよね」
「あ、はい……」
いきなり話を振られ、間抜けな返事を返してしまう。 しかし、一体帝国の皇帝に今の話とどんな関係が。
「彼に力を与えたのは、私なんだ」
「な……!?」
予想外の答えに、思わず言葉が詰まる。
「部下を使って、すこーしだけ私の力を分けてあげたんだ。 それに、かつて対召喚獣用に作られた兵器が眠っている場所も教えてあげた」
まるで喜ばしい事のように、神威は笑いながら楽しげに話す。 自身の行動によって何が起こったのか、知らない訳ではないだろうに。
「何でそんな事を」
「確かめたかったからさ、新しい人間が、前のそれと違うのか。 たとえ大きな力を持ったとしても、その力に溺れられずにいられるのか」
力を得た皇帝は、大陸全てを得ようと行動を始めた。 その動機に、いずれ訪れる外の世界との接触があったとしても、大多数の人々を犠牲にする方法は決して許されるものではない。
「結果は、君も良く知っているよね」
試すようにこちらを見詰める神威の視線を、まっすぐに見返す。
「人間と言うものの本質は、いくら時が経とうと変わらないらしい。 だから、私は決意したのさ」
神威がもう一度指を鳴らすと、目の前の映像が、ゆっくりと変わり始めた。
「この世界を、もう一度やり直す」
「あれは……!?」
映像に映し出されていたのは、どこかの建物の地下。 薄暗いそこには、何百個もの棺桶のような物体が敷き詰めらている。
一つ一つの棺桶の中には、見慣れた白装束を着た仮面の集団の姿が。
その異様な光景は、言いようのない不安を湧き起こさせるものだった。
「私の可愛い部下達さ、今は眠っているけどね。 彼らの思いは一つ、正しい世界を新たに創ること。 彼らの意志の力と、私の力を使って、世界を新たに創り変える」
「そんな事、どうやって」
ここに来て、以前仮面の男が言っていた言葉の意味が繋がった。 恐らく祝福の時とは、神である神威による、世界の創世。
しかし、いくら人の思いが現実に影響を与えるとはいえ、そこまで大それたことが本当に可能なのか?
「簡単さ、何もこの世界の全てに干渉する訳じゃない。 たった一つの事象を変えるだけで、それ以外の全てが変わるんだ」
疑問が顔に浮かんでいたのか、こちらが質問する前に神威は喋り出した。
「全ての元凶、この世界が歪んでしまった大きな力」
世界が変わってしまったのは、空想が現実を侵食し始めたから、であれば。
「M&Mを、この世界から消去する」
告げられた言葉は、あまりにも皮肉なものだった。




