第百十四話 真実
仮面達の本拠地に到達した俺を待っていたのは、前世の世界でM&Mを創りだした男、神威嚆矢。
予想だにしなかった人物の登場に、頭を思いっきり殴られたような動揺に襲われる。 そしてそれは、すぐに怒りへと変わっていた。
「こんな汚い手段で、動揺するとでも思ったのか!」
「ま、ご主人?」
戸惑う相棒に構わず、むき出しの感情を目の前の男にぶつける。
「記憶を読み取って、尊敬する人物に化けたんだろ!」
キカコやノアと対面した時に、人間の記憶を一瞬で読み取る技術が有ることは把握していた。 読み取った記憶を悪用して、俺を動揺させようと目論んだのか。
「うーん、ちょっと違うかな。 どうやら、君と私ではこの世界に対する認識の違いがあるようだね」
こちらの態度とは対照的に、目の前の男は冷静な態度のままだった。
「まず、これを見てもらおう」
こちらが更なる怒りをぶつけるよりも早く、男がおもむろに指を鳴らすと。 水晶で出来た階段しかなかった目の前の空間に、一瞬で映像が映し出されていた。
「これは……」
青色で表された海と、茶や緑で表された大地。 見覚えの無い地形ばかりだったが、それが何であるかはひと目で把握できた」
「この世界の地図?」
「その通り。 けど、それだけじゃない」
相棒の言葉に答えた男が更に指を鳴らすと、地図が次第に回転し、丁度南北が逆さまになった所で停止した。
「まさか……」
先ほどまで見覚えのないものだと思っていたそれは、明らかに記憶にあるものと一致していた。
所々違いはある、例えば日本では四国が丸ごとなくなっていたり、北アメリカ大陸の中心にぽっかりと大穴が開いていたり。 それは確かに、俺が何度も目にした世界の姿だった。
「君は、この世界に既視感を感じてきたんじゃないか?」
すっかり怒りが何処かへ行ってしまうほどの驚愕に襲われた俺に対して、畳み掛けるように男は話続ける。
地形が似ているだけなら、単なる偶然でも説明が付く。 しかし、風土、気候、社会体制に至るまで、俺はこの世界が前世と似ていると感じていた。
これまで俺は、それがこの世界で暮らしていた経験によるものだとばかり感じていた。 子供の頃から慣れ親しんでいるから、自然と親しみを感じているのだろうと。
「それも当然さ、ここは君が良く知る世界の延長線上にあるんだから」
かつて滅んだ文明とは、俺が暮らしていた世界の事だったのか?
「そもそも、疑問に思わなかったのかい? この世界で、何故M&Mが使えるのか」
確かに、元々M&Mが存在していた世界ならば、この世界にそれがあることにも説明が付く。
「でも、魔法や召喚術なんて、俺の知っている世界には存在しなかった」
いわゆるオカルトとしてそういった存在が語られることは稀にあったが、実際にそれが存在しているという確実な証拠は何もなかったと記憶している。
どちらかと言えば、俺はそうした非科学的な事は余り信じていない方だったし。
「ふむ……君はまだ、それが存在していない時に命を落としたようだね」
「だいたい、貴方が本当に神威嚆矢なら、何で今も生きてるんですか。 貴方の言う事が本当なら、もう数え切れない程の年月が経過した筈なのに」
まだこの男が神威嚆矢だとは信じ切れない、世界についての話が正しいとしても、人間がそれ程長く生きられる筈がない。
「私について説明するのなら、君が知らない歴史を話す必要があるね」
あくまで軽快な態度を崩さない男は、少し楽しそうに話し出す。 まるで、教師が生徒に授業を行うように。
「科学技術が発展していくにつれて、その領域は次第に人間の心へと伸びて行った。 脳細胞の一つ一つまでが完全に解析され、魂や霊についても答えが導き出された。 人間の意志から表出する力、気やチャクラなんて曖昧な呼ばれ方をしていたものが、はっきりと科学的に定義されたんだ」
言葉と同時に、目の前に映像が次々と映し出される。 念じるだけで鋼鉄の壁を破壊するもの、死者の中から浮き出る魂、手を当てるだけで塞がっていく傷。
「それと同時に、M&Mは更に盛況を増していった。 誰もが知る娯楽として、世界大会の規模はサッカーのワールドカップを越えたなんて言われてたっけ。 最新のAR技術を活かして行われる戦闘は、まるで本当に魔物がその場にいるようだった。 そんな頃、ただの遊びである筈のM&Mで実際に衝撃を受け、酷い場合には怪我をする事例が報告され始めていたんだ」
映像は、更に切り替わっていく。 大盛況を極めるドーム、中継に熱狂する世界中の人々、最早CG等とは呼べない程に発展した立体映像が、画面狭しと暴れまわっている。
「ここまで言えば、分かるかな?」
「遊びだと思っていたものが、召喚術の世界と繋がったって事ですか?」
人間の思考の力によって、ただの遊びが遊びを超えた存在になってしまったということなのか。
最初に浮かんだ考えは、自分の中では随分荒唐無稽なものだと思っていた。
「いや、そもそも召喚術の世界なんてないのさ」
もたらされた返答は、考えもしなかったもので。
「だったら、相棒達はどうやって」
震えた声で捻りのない言葉を返すのが、やっとだった。
「召喚獣という存在自体が、元々ない。 と言った方がいいかな?」
「ちょっと待って、じゃあ、ボク達が行った場所は!?」
男の言葉を受け止めきれず、こちらが思考停止している間に、相棒が凄まじい剣幕で男を問い詰めていた。
「あの場所は、丁度この辺りかな」
男は、冷静に世界地図のある場所を指し示す。 そこは、かつてアメリカ大陸と呼ばれていた場所だった。
確かに別の場所に飛ばされはしたけど、別の世界かどうかなんて確認はしなかった。 目の前の光景に圧倒されて、勝手に別の世界なのだろうと想像していただけだった。
「彼らも同じさ、私達の思いが生んだ存在に過ぎない。 私達の思考が、想像を現実に変えたのさ。 まあ、彼らが登場するのは大分後の話だけどね」
「ボクは……ボク達は……」
男の言葉は、自分の存在を丸ごと否定するようなものだった。 顔面蒼白になった相棒は、今までに無い程激しく動揺している。
「最初は不安定だった召喚術の技術も、時を経るにつれて安定した制御が可能になり始めた。 どうすれば魔物を実体化させられるのか、もしあるとすれば誰であっても実行出来る方法なのか…… 適性判定や制御方法等、技術は急速に発展し、それは世界中に広まった。 ……大規模な戦争が起こるのは、自然な流れだっただろうね」
「第一次大規模戦闘」
ノアが言っていた、かつて世界を襲ったという大きな争い。 詳細こそ聞けなかったが、人類を滅ぼしたそれと同列で語られるものが、どれだけ大きなものだったかは想像に難くない。
「へぇ、よく知ってるね。 まあ、それは後の世の呼ばれ方で、当時は召喚獣大戦なんて言われてたけどね。 戦火は全世界に広がり、人間、召喚獣を含め大規模な被害が出た」
目の前の映像は、凄惨な光景へと変わっていた。 天空を飛ぶ龍に次々と落とされる戦闘機、巨大な地割れに飲み込まれていく戦車の群れ、大きな街を丸ごと包み込んで炸裂する閃光。
「この戦いは、戦闘の影響で引き起こされた大きな環境変化によって終りを迎える事になる。 科学的には、ポールシフトとか呼ばれていたかな」
「南極と北極の入れ替わり……」
ポールシフトとは、惑星など天体の自転に伴う極が、何らかの要因で現在の位置から移動すること。 大きなものでは、極自体が丸ごと入れ替わってしまう事もあるらしい。 確か、昔読んだSF小説に描かれていたっけ。
それが地球に起きたのなら、地図の変化にも納得がいく。
「地軸の変化は異常気象など凄まじい災害を地球にもたらし、人口は元の十分の一以下にまで減った。 正直、戦争してる場合じゃなかったね」
映像は、自然災害に包まれる世界の光景を映し出す。 火山の大噴火、大陸一つを包み込むほどに巨大化した台風、大津波によって押し流される大地。
「戦火は収まり、人類には平和が訪れた…… かに見えた。 けど、それで争いは終わらなかったのさ」
目の前の光景は、穏やかなものへと変化していった。 召喚獣と人間が共に街を復興させ、手と手を取り合って共生している様子が映し出されている。
「ここまでで質問はあるかな?」
一旦言葉を切った男は、柔らかく笑ってこちらへと問い掛ける。 突き付けられた事実の、その余りの大きさに対して、全く口を開くことができなかった。