プロローグ 飛べない天使
どんなに手を伸ばしても、
どんなに大きな翼を生やしても、
私には届かない光……焦がれるほど、愛おしい景色……
月の裏側まで飛んでいけたなら、
出逢えるだろうか……
私の胸を焦がす、何かに……
「いたぞ……あれだ……フェニックス」
月明かりさえ燃やさんとする煌々とした翼尾
燃える孔雀のようなそれは
風に靡きながら、風を燃やしている。
その美しき姿に見惚れた者は、
焦がれて視力を失うという噂があった。
「うぐぁ!目が、目が……!」
埃だらけのコンクリートの上を屈強な男が転げ回る。
顔面を抑える手の隙間から炎が吹き出していた。
「阿呆が。だから直視するなと……」
手を伸ばすことすら許されない伝説上の神獣は、
人の姿をしていた。
瓦礫の上でため息を吐く。そして、
丸い瞳に炎を潤ませて狩人たちを睨んだ。
「初めまして……フェニックス……
やっと我々を見てくれたな……」
「へえ……あんたは燃えないんだ。
裸の私が目の前に居るのに、珍しいんだね」
しっとりと火照る女体。
まだ幼さを感じさせる。
所作の一つ一つが
数百年前の絵画に見るような気品と、
言い表せない古めかしさを宿していた。
「俺はね……目は見えていないんだよ、
盲目の一族の末裔でね、でも、だから、
追い続けることができたんだ……お前を」
サングラスを外すとそこには闇が2つ、
ぽっかりと穴を空けていた。
「そしてやっと追いついた。
その不死の血……ここで分けて貰おうじゃないか!」
パンッ
乾いた音が響く。
撃鉄が火薬を叩く音だった。
尻に火を付けながら飛び出した弾丸は
空気の層を捻じ開きながら彼女のヘソに到達
そしてジュッと先端から形を崩し、
真っ赤に溶けた溶鉄となって太ももを伝う。
「そんなんじゃ死ねないよ、私は……。
あなたじゃ私を……殺せない。だってーー」
ーー伝承によると、不死鳥が死ぬには条件がある。
その心臓が燃えるとき、らしい。
ある条件を満たしたときのみ、
その心臓は燃え上がる。
それはーー
「だってあんた、おっさんじゃん」
「ま、まだ20代だっつの!!」
ニタリと笑う不死鳥は、
男が怒りを覚え、しかし正確に
自身の弱点となりうる箇所に
弾丸を撃ち込むのを見ていた。
ヘソ、わき、首、眼、鼠径、
いくつかは肌に触れて瞬時に溶け、
いくつかは振り上げられた数本の尾翼によって
赤いシャボンのように宙に浮いた。
「な、なんだその能力は……
書物には書かれてなかったぞ」
彼女の尾翼に触れた地面、壁、そして空気が
炎となって燃え上がる。
「じゃあ書いといてよ。不死鳥は今……」
炎と風が一帯を削ぎ払う。
飛翔する溶鉄のシャボンを咄嗟に防ぐも、
男は数メートルは吹き飛び、苦悶の声をあげた。
「彼氏募集中……ってね」
朝日のように眩しい光が夜空を照らし、
男は気を失った。
「か、頭ぁ……どこですか……どうなってるんですか……頭ぁ」
部下の情けない声で目覚めた頃には、
真っ赤に燃え上がる月の空は終わり、
辺りは静寂に包まれていた。
「……あれがフェニックスの力……凄まじい……
必ず手にしなくては……」
手には冷えきった鉄のシャボン玉が握られていた。
……これは手がかりになる。
フェニックスの潜伏先を知るための
大きな手がかりに。




