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決断を迫るもの

 斎藤万央(さいとうまひろ)は、助けたい、と思った。

 それだけだった。


 ただ、それだけで引き受けてしまった過去。

 終わらせたつもりの後悔が、胸の奥で疼く。


(……でも、他にどうすれば)


 選択肢が、見えない。

 拒めば、この怪異は暴れるかもしれない。

 放置すれば、栞奈が壊れる。

 制度も、間に合わない。


(……なら、私が引き受ける)


 そう考えるのが、あまりにも自然で。

 怖いと思う前に、体が動いていた。

 一歩、前へ。

 影が、嬉しそうに揺れる。


 ――来る。

 ――やっぱり。


「……私が」

 万央が、口を開いた瞬間。


「――斎藤さん」

 低く、鋭い声。


 次の瞬間。

 万央の腕が、強く掴まれた。


「っ……!」


 善野亘(よしのとおる)だった。

 力は、乱暴ではない。

 でも、振りほどけるほど弱くはない。


「……離して」


 思わず言った。

 善野は、離さない。


「無理です」


 即答。

 感情を挟まない声。


「今、それを言わせない」


 万央は、善野を見た。

 驚きと、苛立ちと、戸惑い。

 全部が混ざる。


 普段は絶対に、万央が見せることがない類の、表情だった。


「……善野くん」

 声が、少し荒れる。

「私しか」


「違います」

 被せる。


「“今すぐ”斎藤さんが背負う理由はありません」


 影が、激しく揺れた。


 ――放せ。

 ――邪魔をするな。


 空気が、軋む。

 古林栞奈(こばやしかんな)は、思わず叫ぶ。


「……やめて!」


 誰に向けた言葉か、分からない。

 善野は、万央の腕を掴んだまま、動かない。

 視線は、影へ。


「……あなたは」

 善野の声が、冷える。


「助けを求めているつもりでも。やっていることは“囲い込み”です」


 影が、一瞬沈黙する。

 万央の胸が、苦しくなる。

 善野は、万央の腕を放さない。

 でも、力を少し緩めた。

 逃げ道を塞がない。


「斎藤さん」

 声を、落とす。

「一人で抱え込むのは、優しさじゃない」


 万央の喉が詰まる。

 返す言葉がない。

 影は、初めて迷ったように揺れた。


 ――……でも。

 ――この人は。


 その瞬間。

 善野は、はっきりと踏み込んだ。


「その“選び方”が、あなたを孤立させます」


 万央の腕が、小さく震えた。

 止められている。

 でも。


(……止めてくれた)


 その事実が、胸に重く落ちる。

 影は、一歩後ずさる。

 代わりに、“決断”が生まれる。


 排除する。

 そう、決めた。



 それは音もなく訪れた。

 空気が、ひとつ落ちる。

 教室の温度が、僅かに下がった。

 善野は、それをはっきりと感じ取った。


(……来る)


 万央の腕を掴んだまま、位置を変える。

 半身、前へ。

 万央を背に隠す。

 影が、善野の足元へ伸びる。

 もう、隠さない。

 輪郭が、曖昧なまま、確かな意志だけを帯びている。


 ――邪魔。

 ――この人は要らない。


 栞奈の喉がひくりと鳴る。

(……違う。それは違う)

 だが、声が出ない。


 善野は、影を正面から見る。

 逃げない。


「……排除、ですね」


 淡々と言った。

 影が、応じる。


 ――そう。

 ――この人は君を苦しめる。


 その言葉に、万央の胸が強く痛んだ。

(……違う。善野くんは、止めてくれた)

 でも、それを言う前に。

 善野が口を開く。


「あなたは“必要とされたい”だけだ」


 影が、揺れる。


 ――違う。

 ――私は守っている。


 善野は、首を横に振った。


「守っている“つもり”です。相手の選択肢を削って、自分だけを残す」


 空気が、張り詰める。

 万央は、善野の背中を見て、初めて気付いた。


(……善野くんは)

(こんな言い方をする人じゃない)


 自分を悪者にしてでも、守るという意志が滲んで見えた。

 栞奈の胸が締め付けられる。


(……私)

(私が呼んだ)

(私が許した)


 影が、一気に広がった。


 ――黙れ。

 ――分からないくせに!


 次の瞬間。

 教室の照明が一斉に瞬いた。

 万央が、思わず善野の腕を掴む。


「……やめて!」


 その声に、影が一瞬迷う。

 万央を見る。


 ――君は。

 ――私を選ぶ?


 その問いに、万央の呼吸が乱れる。


(……選べない)

(どちらも守りたい)


 それが、一番危険な答えだと知っているのに。

 善野は、即座に言った。


「斎藤さん。答えなくていい」


 影が、善野を睨む。


 ――黙れ。


 善野は、退かない。



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