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線は、戻るためにある

 決断の場は、静かだった。

 誰も声を荒げない。誰も急かさない。

 だからこそ、重さだけがはっきりと残る。


「試行運用の継続について」

 善野亘(よしのとおる)が口を開く。


「条件付きで行います。期間を区切り、定期評価を入れる。問題が出た場合は、即時見直し」


 一拍、置く。

「――人的被害が出た場合、祓う」


 言葉が、はっきりと落ちた。


 斎藤万央(さいとうまひろ)は、視線を伏せたまま動けなかった。

 表面上は平静を装っている。

 だが。

 胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。


 それでも、呼吸は乱れない。

 崩れない。

 ここで崩れてはいけないと、分かっている。


 縁守(えんもり)は、ゆっくりと頷いた。


 ――理解した。


 少し間を置いて、続ける。


 ――その際、条件がある。以前も提示した。


 善野が視線を上げる。


「聞きます」

 ――祓われるときは、立ち会ってほしい。


 万央の肩が、わずかに揺れた。


「はい」


 ――あなたが、線を引いた。

 ――終わりを見るなら、あなたがいい。


 善野が、万央の隣に立つ。

 ごく自然に。

 万央の逃げ道を塞がない距離で。


「立ち会いは、記録上も妥当です。感情的判断にならないよう、複数名で対応します」


 “あなた一人にはしない”

 そう言っているのと同じだった。

 万央は、深く息を吸う。


「はい。縁守さん。あなたを祓うときには、私が、立ち会います」


 声は震えていない。

 けれど、感情を抑えきれてはいなかった。

 それでも、崩れない。

 背負わない。


 古林栞奈(こばやしかんな)は、その様子を見つめていた。

 胸の奥が熱くなる。


(……逃げてない)

(でも、一人で立ってもいない)


 その日、試行運用の継続が正式に決まった。

 名前は記録に残り、役割は明文化され、評価の枠に収められる。


 “居場所”は、まだ仮だ。

 けれど、“戻れる線”が引かれた。


 現場を離れるとき、栞奈は万央に声を掛けた。


「……あの」

 万央が振り返る。


「さっきの、判断」

 少し迷ってから、栞奈は言った。

「私、ああいう選び方がしたいです」


 万央は驚いたように目を瞬かせる。


「選ばせて、線を引いて……一人で抱えないやり方」


 一瞬、言葉に詰まってから、栞奈は続けた。


「……だから。師匠って、呼んでもいいですか。万央師匠」


 万央は、思わず小さく笑った。

 困ったように、でもどこか救われた顔で。


「……まだ、教えられることなんて」

「あります」


 栞奈は即答した。


「今日、見ました」



 善野は、そのやり取りを少し離れて見ていた。


 線は、人を遠ざけるためのものではない。

 戻る場所を作るためのものだ。


 指定区域の奥で、縁守は静かに佇んでいる。

 終わりがあることを知りながら、それでも、今はここにいる。


 線の内側で、それぞれが学んでいた。


 守り方を。

 委ね方を。

 壊れない選び方を。



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