この無意識天然大魔女たらし
デカラビア祓除の翌日。昨日に引き続きアタシはまたリリに放課後の行動を共にするよう言われた。アタシは週明けに使う教材を手早くまとめ、早急に校門へと向かう。昨日の疲れは多少残っているものの、怪我は全てリリが魔術で治療してくれたため火傷の痕ひとつ残っていなかった。というかリリスって治癒魔術も使えたんだと素直に感心する。まぁ『大魔女』などと仰々しい二つ名があるほどだ。ある程度の魔術は全て扱えるのかもしれない。
そんなことを考えながら歩いていると、あっという間に校門へと辿り着いてしまう。
「……あ、エバちゃーん! 早く行こー!」
こちらに気づいたリリがアタシに手を大きく振ってくる。アタシは「はいはい」と呟いて少しだけ駆け足で彼女の元へと向かった。
「お待たせ。……今日はどこに行くの?」
「はいコレ」
リリが今どき珍しい紙製のチケットを渡してくる。よく見ると、それには『蛇巻レヴィ』という名前。今日の日付と十七時半〜という時刻の印字。それからメッシュのカラーこそ違うもののリリと瓜二つの少女が写っていた。
「これ、アナタ?」
「ううん、友達。……っていうか、妹みたいな?」
「アナタ妹いたの?」
「そんな感じの存在ってことだよー。今日はレヴィのライブに行くの。あとついでに訊きたいこともあるしね。でもその前に、昨日行けなかったゲーセン行こ!」
そう言ってリリは、昨日と同じくアタシの手を引いて歩く。アタシは彼女と手を繋ぐことに特に躊躇いが無くなってきていることに驚きつつも、大人しく付いていくことにした。
「さっきの、蛇巻レヴィ……? は何をやっている人なの? ……あ、待って。もしかしてその子も悪魔だったりするのかしら?」
アタシの問いに、手を繋いだまま隣を歩くリリがもう片方の手でスマホを操作し、写真をいくつか見せてくれる。そのどれもが先程のチケットの少女レヴィとリリのツーショットで、パンキッシュな衣装を着たレヴィと制服姿だったり私服姿だったりするリリが笑顔で写っていた。
「レヴィは地下アイドルやってる子。悪魔かどうかは……まぁ会ってみれば分かるよー」
あぁ、コレ絶対悪魔だろ。しかもリリと親しい悪魔となれば、それなりに位の高い悪魔の可能性がある。この任に就いてからまだ二日目だというのに、アタシは一体何体の上位悪魔と会えばいいのだろうか。
「アナタが地下アイドルのライブに行っているのも意外だけれど、もしかしてアナタの髪型はこの子を真似ているの? 何と言ったかしら、推しとお揃い……みたいなの」
「違う違う。レヴィがリリの髪型真似てるの。レヴィったらリリのこと大好きだから。……ほら」
リリがまた別の写真を見せてくる。そこにはリリの方を愛おしそうな視線で見つめながら手でハートマークの片側を作るレヴィと、それを無視してピースサインを作りカメラに向いて笑うリリが写っていた。どうせならハートマークを作ってあげなさいよ。そう思いつつも、どうやらレヴィがリリを慕っているらしいことをアタシは理解する。
「まぁ……そうみたいね」
そんな会話をしていると、気がつけば駅前のゲームセンター前へと来ていた。
ここがゲームセンターか。生きてきた二六年で一度も立ち寄ったことのない空間を目の前に、アタシは変に緊張してしまう。
「エバちゃん、大丈夫?」
「ちょっと待って。覚悟、決めるわね」
「ゲーセン入るのに何の覚悟がいるの……?」
アタシは一度瞼を閉じて心を整える。耳に聴こえてくるのは街の雑踏に人々の行き交う音。それからゲームセンター内の電子音の喧騒。……ちょっと楽しそう。
「――よし、行くわよ!」
「もしかして今世のエバちゃんってちょっと変な子?」
「そんなこと無いわ。良識のある善良な常識人よ」
「自分で自分のことそうやって言う人は違うでしょ……。格ゲーとかやらせたら絶対ダメな人だね、エバちゃんは。台パンとかしそう」
「ダイ……何?」
「何でもなーい。行こ」
リリに手を引かれて歩み出す。エバ・ヘヴンラック。人生二六年めにして初めてのゲームセンターへと足を踏み入れた。
その途端、アタシは電子音の大波に襲われた。どこから何の音が鳴っているのか分からないほど混雑した音たちに酔いそうになりながらも、アタシの心は確かにソワソワとしている。ここがゲームセンター……。アタシには縁の無いところだと思っていたけれど、名前しか知らずやり方の分からないクレーンゲームの筐体たちを眺めているだけでもう既に楽しい。
「……めっちゃ楽しそうじゃん」
「そ、そんなことないわよ!……ないわよ」
エバちゃんが楽しそうにしてくれれて嬉しいよー。と言いながら両替機へと向かうリリ。彼女は財布から千円札を二枚ほど入れ、程なくして大量の百円玉が金属音を掻き立てながら吐き出された。リリはそれを全て財布へとしまい、クレーンゲームをいくつか見ていく。
「えっと……あった! このキャラ、レヴィが好きなんだー」
彼女はアニメキャラのフィギュアが入っている筐体へ百円を入れる。慣れた手さばきでボタンを押すと筐体のアームがフィギュアの箱の端を引っ掛け、落ちはしなかったものの平置きされていた箱が立っていた。
「意外と取れないものなのね」
「一回じゃまず無理だねー。でもまぁ、一発で箱が立つなら余裕でしょ」
そう言ってリリはまた百円を入れる。今度はアームを手前側に引っ掛かると、立っていた箱が斜めに倒れて箱の角が一つバーから外れた。予定通り、と言いたげな顔で彼女は再び百円を投入し、次は奥側の端を持ち上げた。するとアームから外れ落ちた反動で箱が真横になり、見事に二本のバーの間をすり抜けて『ここに落ちたらGET!』と書かれている真下に落下する。その瞬間、筐体から「獲得おめでとう!」という声とクラッカーのような電子音が流れ、リリが「よしっ」と小さくガッツポーズをしていた。
「取れたー」
「凄いわね、三百円で取れるものなの?」
アタシがそう問うと、リリは「リリこういうの上手いからー」と自慢げに獲得したフィギュアの箱を掲げる。上機嫌で備え付けられた大きな袋にフィギュアを入れるリリ。彼女を見ていてアタシも何かやってみようかなと考えるが、散財する未来しか見えなくてやめた。
「エバちゃんは何か欲しいのある? あればリリが取ってあげる!」
「アタシは特に……」
その時、隣の筐体に置かれているストラップ付きのぬいぐるみが目に留まる。様々なカラーのネコに悪魔の羽根や天使の羽根が付いているぬいぐるみだった。
「あれ欲しいの?」
「いえ、あのピンクのやつがアナタに似てるなと思っただけよ」
「何それー。……もう、そういうとこも変わらないよねエバちゃんは」
「何が?」
「この無意識天然大魔女たらし」
何だその言葉。初めて聞いた。いまいち意味が理解できずにいると、リリは颯爽とぬいぐるみの筐体に百円を投入する。
「ぬいぐるみの方が取りづらいんだけどー」
「じゃあ何でお金入れたのよ……」
「エバちゃんうっさい。リリいま集中してんの」
「はぁ? ……もう」
なんだかなぁと思いつつも、明らかに先程より集中して操作するリリの背を見守る。数回取れそうで取れない状況を繰り返して、「ちっくしょー。リリ大魔女ぞ〜? 人間めぇ……」と唸りながらリトライを繰り返すリリ。そろそろフィギュアの三倍の料金かと思った時、リリがぬいぐるみを獲得した。
「よっ……しゃ! エバちゃん今の見てた? あそこから紐に引っ掛けて取るとか最強でしょ!」
興奮気味に言う彼女に、アタシは「よく分からないけど、凄いってのは分かったわ。流石ね」と若干引きつつ返した。
「はい! コレあげるー」
リリがアタシに獲得したばかりのぬいぐるみを差し出してくる。アタシは断る間もなくついそれを受け取ってしまう。
「え? でも取ったのはアナタ……」
「いーの。そのネコちゃんのこと、リリだと思って可愛がってね」
「えぇ……それは、ちょっと……」
「なんでよー! ……あ〜。やっぱ実物のリリの方が可愛いか。そういうことなら素直に言いなよー。もう、エバちゃんったら焦れったいんだから」
「ちょっと何を言ってるのか分からないわ……?」
何でー! と喚くリリをあしらいながら左手首の腕時計を確認する。時刻はそろそろ十七時に差し掛かる頃合いだった。……ん? 十七時? ってことは――
「そろそろ向かわないとじゃないかしら?」
「あ、もうそんな時間? じゃあ行こっかー」
リリは財布をしまってリュックを背負い直し、退店するべく出入り口へと向かっていく。
ところでこのぬいぐるみ、貰ったは良いけれどどうしよう。アタシは少し考え、サイズ感も丁度良くストラップも付いている点を鑑みてとりあえず鞄に付けておくことにした。
「エバちゃーん。行くよー」
「ええ」
アタシはリリの元へと歩む。彼女の隣に行くと、アタシの鞄に付けられたぬいぐるみを見てリリがニヤついた。
「……何よ」
「別にー?」
きっと嬉しいんだろうなとリリの心情が何となく察せられて、アタシはまぁ、別に悪い気はしなかった。