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神の思惑通りになんてならないで

 時刻はそろそろ十八時を迎える。アタシとリリはスタンディング客席の後方に立ちながら、次々に色が移り変わる照明を浴び一人ステージで歌い踊る蛇巻レヴィを見ていた。

「もっと私に従って跪いて、愛してよ! じゃないと妬いて捻り潰して飲み込んじゃう! ―――」

「レヴィた〜〜ん!」

 客席にはかなりの人数の人間がいて、その最前には熱狂的なファンたちが緑色のペンライトを振りながら声援を飛ばしている。……しかし何と言うか、中々に湿度の高い歌詞ばかりだな……。別にアイドル系の音楽に詳しい訳じゃないが、最近はこういうメンヘラチックな歌が流行っているのだろうか。

「――この大渦で飲み込んで、あなたは私から逃げられないっ!」

 レヴィの歌を聴きながら、リリの知り合いということは悪魔だろうと予測を立てたアタシは、レヴィが何の悪魔か推察する。

 歌詞に頻出する海に関するワードと、メンヘラのような嫉妬深い歌詞。彼女の名前。それから――

「……あ」

 アタシはその時、ステージ上のレヴィと目が合った。リリと髪色以外瓜二つの少女の、キラキラと煌めく緑色の瞳。まるでアタシを敵と見做しているかのようなその視線に、アタシは本能的な畏怖を感じる。

 蛇巻レヴィ、緑色の目……緑目の蛇。……まさか。

「ねぇ、リリ」

 嫌な予感がして、隣でレヴィを眺めているリリに声を潜めて問う。

「レヴィってもしかして、レヴィアタン……?」

 アタシの言葉を聞いたリリがこちらを向き、「お、エバちゃん正解〜」と笑顔で言った。

 パチン、とレヴィが指を鳴らし、次の曲が流れ始める。重低音を基調としたイントロに続き「――楽園の聖女は大キライなの」とレヴィが歌い始める。その曲中はずっとレヴィに睨まれているような気がして、まともにステージを見ることが出来なかった。



「楽しかったね〜エバちゃん!」

「そ、そうね……」

 レヴィのライブが終わり、ファンたちが少しずつライブハウスから退店していく。その最中アタシとリリは出入り口へと歩む人間たちの流れに逆らい、楽屋へと向かっていた。

「じゃ、レヴィに会いに行こ」

 アタシは内心拒みたい気持ちを堪え、軽い足取りで進んでいくリリに付いていく。ライブ中ずっと向けられていた威圧的な視線を思い出して、アタシの歩みはどんどん重くなる。それでもすぐに楽屋前まで来てしまって、アタシは半ば諦めたように顔を上げた。

 リリが扉をノックするとすぐに扉が開き、中から高級腕時計を着けた白いスーツの男が出てくる。スーツの男はリリを見るなり「おや、お久しぶりですねリリ様」と言った。

「おひさ〜マモマモ。レヴィは――」

「お姉さま〜〜♡」

 可愛らしい声とともに、楽屋からスーツの男を突き飛ばしてレヴィが飛び出してくる。突き飛ばされた男はその勢いで扉の端に顔面を打ち付けた。アタシはすかさず男の方に駆け寄り「大丈夫ですか!?」と声を掛ける。

「ええ、大丈夫です。いつものことですから。……おや? 貴女は……」

 男がじっとアタシの顔を見つめてくる。長いまつ毛に囲われた金色の瞳。人間の目では不可能なほど唐突に狭まった瞳孔を見て、アタシはこの男も悪魔であることを瞬時に理解した。

「レヴィさん。この方、やはりイヴですよ。貴女の読み通りでしたね」

 リリに抱き着いているレヴィに男が言う。レヴィはリリに抱き着いたまま「でしょうね。だから嫌いなの」と冷たく言った。

「エバちゃんはエバちゃんだよ。だから嫌いなんて言わないで。ね? レヴィ」

「え〜。まぁ、お姉さまがそう言うなら捻り潰さないでおきますね。……オイ、イヴ」

 レヴィがアタシを見て言ってくる。「イヴ」と呼ばれたことに違和感を覚え「アタシは、エバ……です」と返した。レヴィが舌打ちをする。

「チッ、面倒くせぇ。……いいから楽屋ン中入れ。マモン、茶くらい入れてやれ」

「承知しました。……さ、こちらへ」

 アタシは困惑しつつも男の誘導に従って楽屋へ入った。リリとレヴィも少し遅れて中へ入ってくる。アタシたちが全員楽屋内に入ると男が扉を閉めた。

 男は素早く紙コップにお茶を入れ、「紙コップですみませんが、どうかご容赦を」と渡してくる。アタシはそれを受け取った。

「ど、どうも」

「イヴ……じゃねぇや。エバだっけ? お前また祓魔師やってんの?」

 レヴィがアタシの顔も見ずに椅子に座り問うてくる。気づけばリリも端にある椅子に腰を掛けていて、「エバちゃんも座ればー?」と言った。

「こちら、どうぞお掛けください」

「えっ、ありがとうございます……」

 男が椅子を用意してくれ、アタシは静かに座った。

「えっと、レヴィさん……? アタシは、祓魔師です」

「やっぱりね。魂の記憶はどこまであんの?」

「魂の記憶? ……前世とかのことなら、何も」

「……そういうところが嫌いなんだよ、人間のお前は」

 レヴィに緑色の目で睨まれたその刹那、アタシは肌を刺すように冷たい悪魔の気配を感じる。だがそれはデカラビアの時に感じた物より遥かに恐ろしく昏い、魂そのものが凍てつきそうなほどに冷酷な威圧。魂は凍えているのに、身体は汗ばむほど暑く、紙コップに注がれたお茶から微かに湯気が立っていた。

「レヴィ、やめて。暑い」

「……はい、お姉さま。すみません」

 リリが静かに言うと、レヴィから悪魔の気配が止む。それと同時に室温が少しずつ下がっていった。レヴィが小さく言う。

「お姉さまとの約束を忘れる無礼者なんて、捻り潰してしまいたい」

 レヴィがお姉さまと慕うリリと交わされた約束。それはきっと、アタシがレヴィの魂を消滅させるというもののことだろう。このまま目の敵にされ続けるのも嫌なので、アタシはレヴィに「約束のことは聞きました。……必ず、果たすつもりです」と言った。

「……なら、良いけどさ。でもお前が約束を果たせばお姉さまは……ねぇお姉さま。やっぱり神のクソボケを殺したほうが早くないですか?」

「リリたちはもう楽園に入れないでしょー。だからそれは無理」

「でも……」

「これはリリが決めたこと。だから、レヴィはただ見守っていて。ね?」

「……はい、お姉さま」

 レヴィが俯いてしまう。ここに来る前にリリから見せてもらった写真やリリに対する態度から、彼女が本当にリリを慕っていることは分かっていた。いくら慕っている者の望みだとしても、その者が消えてしまうとなればもちろん心では拒んでしまうだろう。しかも目の前にはその望みを果たすべくして慕う者を殺さんとするアタシがいる。ならば、レヴィがアタシに向ける感情は如何ほどの物か。それを察してしまい、アタシは何も言えなかった。

「……そうだレヴィ。これあげるー」

「……これ、私が好きなやつじゃないですか! 嬉しい……。お姉さま大好きです!」

 リリがゲームセンターで獲得したアニメキャラのフィギュアを渡すと、レヴィが明るい表情でそれを受け取った。楽屋内の空気感が少しだけ軽くなったところでリリが言う。

「じゃ、軽く自己紹介しとこー? まずはレヴィ!」

「はい、お姉さま!」

 レヴィがアタシの方へ向き直り、明るい声で先程のステージでもやっていたアイドルとしての自己紹介をする。

「りっゔぁーん! 海より深い愛でキミを堕として、渦巻きまきまき、虜にしちゃう! 大悪魔系アイドル蛇巻レヴィ! 私以外の子を見たら、捻り潰しちゃうんだからねっ!」

「……レヴィアタン、よね?」

 冷静にアタシが言うと、「チッ、ンだよバレてんじゃん。そうだよ。私は序列二位の王、大海魔レヴィアタン。つーかお前、ライブの途中で気付いてたろ」と低い声で言った。

 レヴィアタン―――神はこの世界を七日で創ったと言われるが、旧約聖書によればレヴィアタンはその五日目に神が生み出したとされる原初の大海魔。旧約聖書以外にも様々な神話に名を残しては大蛇や大鯨、角と大きなヒレを持つ海竜として顕現し、その巨体で大渦を引き起こし全てを飲み込み、怒れば大海を沸騰させるほどの熱を発するという荒海の王者。

 神に『不死』として創られ、神以外の者はレヴィアタンの身体に傷をつけることすら叶わないという『嫉妬』を司る大悪魔だ。

「じゃあ次! マモマモ〜!」

 リリが次は白いスーツの男を呼ぶ。男は一歩前に出て「では僭越ながら、ワタクシも自己紹介をさせていただきます」と言い、胸元から取り出した名刺を渡してくる。受け取って見ると、金色の眩しい名刺に名前と役職が記載されていた。

「ワタクシ、蛇巻レヴィのマネージャー兼プロデュースをしております、真門(まもん) 成金(なりかね)と申します。何卒、よろしくお願いします」

「マモマモ、マジでネーミングセンス無いよねー。そう思わない? エバちゃん。成金(なりきん)って書いてナリカネとか、ダサいにも程があるでしょ」

「お姉さま、それは私も思いました」

「カネと黄金が大好きですので」

 目が合ったときの感覚からしてこの男も悪魔であることは分かっている。アタシは名前と「カネと黄金が好き」という特徴から悪魔としての名を直感で悟るが、あまりにも隠す気が無さすぎるように思えて逆に自分の予測が外れている可能性すら浮上する。

「アナタも悪魔、なのよね?」

「ええ、悪魔ですよ?」

 あっさり認めるのかよ。仮にもアタシ、祓魔師なんだけどなぁ。そう感じつつも、アタシは思い浮かべた名前を口にした。

「マモン、かしら?」

 アタシが言うと、男は「おやおや、名を看破されてしまいました。ご明察でございます」と拍手をする。

「貴女の推察通りワタクシは序列不定、階位も不定の悪魔マモンでございます。祓魔師たる貴女には縁の無いことかとは存じておりますが、万が一にも巨額の富を得たいとなれば一声お掛けください。代償として得た富の九割をいただきますが、残り一割だけでも充分に遊んで暮らせる程度の富をお約束いたします」

 マモン―――金品や宝石を大いに好み、契約者に山のような富を与えるという『強欲』の悪魔。

 名前と「富を与える」という権能こそ広く知られているものの、果たしていつから存在するのか。地獄での序列や階位はどこに位置するのか。ほとんどの情報が何も知られていない不思議な存在だ。

「でも、アナタは何故序列や階位が不定なの? アタシたち人間が知らないだけならまだしも、本人から不定と言われるとは……」

 アタシが独り言を呟くように言うと、マモンは少し困ったような顔をして言う。

「序列や階位については、ワタクシも存じ上げません。というか定められて無いのです。悪魔の序列や階位は魔王サタン――失礼、リリ様はこの名前はお嫌いでしたね。魔王ルシフェル様が我々の働きぶりや戦闘風景などを見て定め与えてくださりますが、ワタクシ平和主義ですので戦闘行為はほぼ致しません。なので、ルシフェル様より「明確に定められない」と言われまして。そのまま今日に至ります」

「ていうか、人間からカネ巻き上げることばっかりやってて戦わねぇから、ルシフェルの野郎に「お前の戦闘能力何も分かんねぇから、階位とか特に無しな」って言われてんのよコイツ」とレヴィが言った。

 そんなことあるんだ。魔王も随分適当なんだな。というか、「ルシフェルの野郎」って……。さてはレヴィもリリと同じで魔王のこと嫌いだな?

「あの、一つ良いかしら」

 リリを慕うレヴィが魔王を嫌ってなのか、または現世に留まるリリを追って同じく現世に留まっているというのは何となく察しがつくが、マモンの目的は何なのだろうか。もし人間を害するつもりであれば祓魔師としてそれを見過ごすわけにもいかないので、一応そのことを問うておくことにした。

「レヴィは何となく現世にいる理由が察せられるのだけれど、マモンは何故こっちに?」

「面白そうだからでございます」

「稼げそうだから、だろうが」

 レヴィのツッコミに、マモンが「そうとも言いますね」と笑う。マモンが続けた。

「リリ様を追ってレヴィさんが「現世に赴く」と仰った際、これはチャンスだなと思いまして」

「チャンス?」

「ええ。ルシフェル様の元にいても大して稼げませんから、それならいっそのこと地獄から出て現世に来たほうが富を得られるなと。そこでワタクシ考えました。人間の芸事の世界であれば、上手くやれば巨額の富を生み出せる。……おや、丁度いいところに地獄随一の美貌を誇るリリ様を模倣して人間の姿を得たレヴィさんが。これは使えますねぇ。……なぁんてね」

 あはは! 富! カネ! 万歳! と笑うマモンを見てレヴィが「マ〜〜〜ジでいつ聞いてもムカつくんだよなぁこの理由。私のこと金蔓だと思いやがって。お前もそう思わん? コイツ祓っていいよ」とアタシに投げかけてくる。アタシは彼女に「まぁ、そうね。自分が同じように言われたら嫌かも」と答えた。

「ワタクシが祓われてしまうと、レヴィさん。貴女この先どうやって現世に留まるおつもりですか? 貴女、人間としての生活能力皆無じゃないですか。この前だって誰が部屋の掃除と光熱費や税金の支払いをして差し上げたと? そうそう、部屋の掃除といえば貴女、せめて下着を床に脱ぎ散らかすのは止めてくださいと何度言えば――」

「あぁぁぁぁ! うるせぇ! お姉さまの前でそういうこと言うんじゃねぇよ! ……あ、違うのよお姉さま! これはその、えっと」

 マモンとレヴィのやり取りを見ていて、親子か? と思ってつい笑ってしまう。レヴィに「お前なに笑ってんだよぉ!」と言われるが、先程まで恐ろしくて仕方無かった彼女も何だか思春期の少女らしく思えた。

 微笑んで様子を見ていたリリが「仲いいねー。……じゃあエバちゃんも自己紹介、しとく?」と言う。アタシはレヴィたちの方に向いて名乗った。

「エバ・ヘヴンラック。祓魔師よ。訳あって、今はリリが通ってる学校の教師をしているわ」

「はぁ? 何それズルじゃん! お姉さまと同じ学校にいるとかズルい! お姉さま、『嫉妬』の権能使っていいですか?」

 不満そうに言うレヴィに、リリは「だめー。それやったらエバちゃん教師じゃなくなっちゃう」と返す。アタシはリリに「レヴィの、嫉妬の権能って?」と問うた。悪魔ごとに扱う異能――権能があることは知っているが、それぞれの権能の詳細をアタシはあまり知らなかった。

「レヴィの権能は『捻力』と『嫉妬』。捻力は目視できる範囲の万物を捻り巻き、砕き、潰す力。嫉妬は相手の状態や能力を妬むことで強引にその事実を反転させる力だよー。だからさっき言ってた感じでいくと、レヴィが「リリと一緒の学校にいる」っていうエバちゃんの状態を権能を用いて妬めば、エバちゃんが教師じゃなくなってリリと同じ学校に立ち寄れなくなるってこと」

 取り上げられた例は可愛いものだが、冷静に考えれば嫉妬の権能はこの世の法則を全て否定できる圧倒的な力だ。やはりこういうところは大悪魔。リリが制してくれているから良いものの、リリがいなければアタシ如き瞬殺されている。

「じゃ、みんな自己紹介終わったし本題に入ろうかなー」

 リリが言う。そうだ。そういえばまだここにアタシを連れてきてアタシたちを引き合わせた理由を知らなかったと今更ながら思い出す。単に自分の知り合いに会いに行く付き添いをさせられたのかと思っていたが、そういうわけでも無いだろう。リリの方を向くアタシたちに彼女が言葉を続けた。

「何となく分かってると思うけど、エバちゃんにはリリを殺してもらいたいの。でもエバちゃん、祓魔師として超弱いから修行させたいんだよねー」

「やっぱりか……お前、前世とかの記憶は無いんだよな?」

 レヴィが言う。アタシは「そうね」と答えた。

「じゃあ、お姉さまから前世での約束について聞かされた時、どう思った?」

 レヴィの低い声に威圧されながらも、アタシは昨日のファミレスでリリから約束について聞かされた時に感じたことを素直に話す。

「……例え今のアタシが何も憶えてなくとも、これはアタシの魂に刻まれた責任。だから、果たしたい。そう思ったわ」

 レヴィの緑目がアタシを射貫き、アタシは文字通り蛇に睨まれて目を逸らすことも叶わない。数秒の沈黙の後、レヴィは「……そうか。なら良い」と瞳を閉じだ。それにより張り詰めた空気が少し緩和される。

「で、お姉さまはこの祓魔師を強くするための修行相手として、私を選んだわけですね。……仕方無ぇな。エバ、私がお前を強くしてやるよ」

 かかってこい、とでも言うような面持ちのレヴィに、リリが「あ、修行相手はレヴィじゃないよー?」と軽く言った。レヴィはその言葉に驚き「え、そうなんですか? あらやだ私ったら早とちりを」と言って恥ずかしそうに赤面する。

「今日はレヴィたちに会いに来たのもあるけど、ついでにバブちゃんの居場所を聞きたくて」

 バブちゃん。また知らない名前が出てきたがこれも悪魔だろう。任に就いてから二日でポンポン悪魔が出てくるこの状況に、アタシはもう慣れてきていた。

「あぁ、あの虫野郎なら多分今頃どっかで食べ歩きか呑み歩きしてますよ。マモン、知ってる?」

「そうですねぇ……この前はこの近くのラーメン屋で見かけましたが、今この時にどこにいるのかまでは」

「そのラーメン屋ってどこー?」

 リリがスマホでマップアプリを立ち上げて見せながらマモンに問う。マモンが「ここを右に入ったところの……」と指をさしながら教える横で、レヴィがアタシに話しかけてきた。

「なぁエバ。お前はお姉さまのことどう思ってんだ?」

「アナタたちみたいな名だたる悪魔と知り合いだったり他の悪魔から様呼びされてたり、ちゃんと大魔女なんだなと思うときもあるけれど、普段を見ているとただの可愛らしい女子高生というか……」

「そう! お姉さまは可愛いんだよ! なぁんだエバ、お前分かってんじゃねぇか!」

 レヴィから放たれる気配が途端に穏やかなものになり、アタシは初めて自分に向けられるレヴィの笑顔を見る。髪のメッシュと瞳が緑になったリリそのものの見た目をした彼女に抱いていた大きな恐れが少しだけ消え、代わりにアタシの中にはリリに抱いているのと同じような「笑うと可愛らしい普通の少女」という印象が生まれた。

「イヴの魂って時点で大分気に食わねぇけど、お姉さまの可愛さ分かってんならいいわ。だから必ず、お姉さまの魂を救ってやってくれ。……それは、悪魔の私には出来かったことだから」

 リリと瓜二つの顔でレヴィが寂しそうに微笑む。アタシは昨日のファミレスでリリのこの顔を見たときと同じ感情になり、自分の魂の責任と向き合う覚悟を聢と思い出した。

「リリとの約束は必ずアタシが果たすわ。きっと強くなって、必ず。……だから、期待をしていてちょうだい」

「はっ。今世のイヴは、随分とデカい口を叩くんだな。出来なかったら捻り潰すからな」

 そう言ってレヴィが笑う。言葉は物騒だが、少なくとも心を開いてくれたことは窺えた。

 それと同時にアタシは、リリ以外の悪魔から言われる『イヴ』という名前について疑問に思う。アタシの前世そのどれかの名前なのだろうか。リリが親しげな悪魔たちが皆アタシの前世を知っていそうな口ぶりなのも気になる。

「ところでレヴィ。アナタたちの言う『イヴ』っていうのは――」

「エバちゃん! とりあえずいそうな場所いくつか聞いたから、バブちゃん探しに行こー」

「え? ……あ、ええ。そうね」

 質問をリリの声に遮られ、アタシは鞄を持ち直して椅子から立ち上がった。出来れば訊いておきたかったが、リリに問うことも出来る。そう思いながら。

「じゃあまたねレヴィ! マモマモも! また見に来るから元気でね〜!」

「お待ちしております」

「またねお姉さま! それからエバも。お前もまた来いよ? 次は威嚇しねぇでやるから、キラッキラの私のことちゃんと見ろよな」

 アタシは「ええ、そうね。また来るわ」と言ってリリと立ち去ろうとする。リリが「またね〜!」と手を振り続けていると、突然「お姉さま」とレヴィがリリへ声をかける。

「ん? どした?」

「エバに、イヴのこと言ってないんですか? 人間は前世の記憶を持ち得ること自体少ないし、思い出せることなんて、もっと……だからっ――」

「レヴィ」

 訴えかけるようなレヴィに、リリが静かに歩み寄って抱きしめた。そっと強く抱きしめながら、優しい声でリリが言う。

「ありがとうレヴィ。レヴィはリリが死んじゃうの本当は嫌なはずなのに、それでもリリが救われることに協力してくれる。ありがとう、大好き」

「お姉さま……」

「エバちゃんはね、すごく真面目で責任感が強いから、あのことを話したらきっと今以上に気負っちゃう。だって何も知らないのにいきなり呼ばれて、前世の約束がどうとか言われてさ。なのにそれを「自分の魂の責任」とか言う子だよ? そんな子に全部話したら頑張り過ぎちゃうって。人間は頑張り過ぎると死んじゃうから、それはダメ。……自分は死にたい。それでも大好きな子には今を生きて欲しいなんて、身勝手でごめんね」

「お姉さま……大好きです。だから絶対に救われてください。神の思惑通りになんてならないで」

 リリは「うん。大丈夫。大丈夫だよレヴィ。こんなリリを好きでいてくれてありがとう。リリもレヴィのこと大好き」と言ってもう一度強く抱きしめ、レヴィの頭を撫でてやってからアタシのところに戻ってきた。

「行こっか、エバちゃん」

 ライブハウスを後にするアタシたちをマモンは深く頭を下げて礼をし、レヴィは「また来いよ、エバ」と柔らかい笑顔で見送ってくれた。

 別れ際のレヴィが言っていた「神の思惑通りになんてならないで」。神の思惑とは何だろうか。リリやレヴィの言動からも歴史からも悪魔が神を嫌っているのは分かるが、そもそも何故悪魔は神を嫌っているのか。「それは悪魔であるから」という教えを思えば一度も疑問に感じたことはなかった。「悪魔だから」って、だから、何? どの教典にもそれ以上のことは書かれておらず、聖教会の誰もがそれ以上のことを知り得ない。

 悪魔は人間に力を与える代わりに代償を得る。それはギブ・アンド・テイクただそれだけのことだから分かる。だがそれが結果として人間の魂を要求したり、または気まぐれで人間を殺す悪魔もいたりするため、人類は生きるために祓魔師として戦うことを選んだ。それ故に人間と悪魔が対立関係にあることも分かる。だが悪魔が神と対立関係を取るのは何故なのだろう。それは人類の誰にも正確なことは分かり得ない。

 神が最も最初に創ったという原初の人間『アダムとイヴとリリス』。そのリリスが神を嫌っているということは、創世記の楽園で何かがあったはずだ。リリスが楽園を追われた理由に関しては文献によってバラつきがあり「神の怒りを買い、追放された」とも「神へ反逆し、自ら出ていった」ともある。

 だがそこには「リリスが楽園を追われ、大魔女となり、後に彼女は悪魔とされた」という事実があるのみで、彼女と神に何があったのか。世界を創った神とは何なのか。

 その記述は、何処にも無かった。

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