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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第八章 歴史に埋もれる力
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刻まれた意思

緋彩は言葉を失った。

日本も含め、今まで目にした風景はなんて華のあるものだったのだろうと思う。空気が澄み、人の声がして、動植物が住み、生活が見える。平和な日本に住んでいては、余程のことが起こらない限り、こんな光景を目にすることはないだろうと思う。


ルイエオ国。

かつては魔法が盛んに生まれていた国として、世界でも有数の強国であった。魔力自慢の人間が挙ってこの国に力試しに訪れ、自らの魔法力を上げていく。ここで育った者、修行をした者は世界に通用する魔法士となれると有名であった。そんな国であったから、生活には魔法は欠かせないものとなっていて、殆どのものが魔法で生き、魔法で動き、魔法で作られていた。何年も、何十年も、何百年も、何千年もずっと。古い古い歴史のある国だった。


だがどうだろう。


緋彩達の目の前にある景色は、本当にそんな国に見えるだろうか。

家や店であったであろう建物は見る影もなく瓦礫と化し、植物は育たないくらいに大地が荒れている。何処からか漂ってくる異臭が、砂埃と共に渇いた風に乗って鼻腔を掠めていき、息苦しくなってくるほどであった。辺りには白骨化した何かの動物が点々と散らばるが、その中に人間が含まれていない確証などない。生きているか死んでいるか分からない人間、または動物が瓦礫の陰に隠れて横たわっているのだ。




「………、」

「数十年前から、ルイエオ国は衰退の一途を辿っていった。きっかけも原因も明らかにはなっていない。気が付いたら人が減り、国が動きを止め、建物は崩れ、空気が淀み、そして時を止めた。かつて栄えた魔法強国ルイエオは何処かへ消えたんだ」


黙る緋彩にそう説明するローウェンも、ルイエオ国がこんな姿になってから来たのは二回目だという。一度目は傭兵として雇われて戦地へ赴く時、チラリと目にしただけで、こんなにまじまじと見るのはこれが初めてらしい。思ったよりも酷く、思ったよりも胸が締め付けられる光景だ。


「…なん、で…、私たちはここに来たんですか?」


来たくなかった。見たくなかった。そう言うのは甘えかもしれないし、辛うじてここに残っている命に対して失礼かもしれない。けれど、思わずそう口にしてしまいそうなほど、目を逸らしたくなる現実だったのだ。

揺れる瞳を向ける緋彩に、ノアは平然と、いや真摯に目の前のものを視界に入れる。廃れたものも、汚れたものも、枯れたものも、形なくなったものも、全て。

彼はこの実態を見るのは初めてではないのだろうと思う。だが、何度目にしても同じ目をしているのだろう。




「この国に用があるからに決まってんだろ」




その内容を訊いてるんだよ、と喧嘩する元気は緋彩にはなかった。色のついていたころのルイエオ国を知らなくても、今いるここの状態は充分異常であるし、受け止めることが出来るほど、緋彩はまだまだ現実を知らない。














奥へ進めば進むほど、無残な光景は高低差を増す。

恐らく貴族が住んでいたであろう屋敷は、見るものが見れば喉から手が出るほど価値の高い骨董品を残して崩れている。火事でもあったのか、焼損しているところが多く見られた。

ここで国王が国を統治していたのか、かろうじて城だと判別できる瓦礫の山の中でも、金や銀が土埃に汚れ、水分で錆び、熱で溶けている。高級品であろう仕立てのいい服は破れてただの布と成り果て、あらゆるところに埋もれていたり舞っていたり。選んで売ればいい値段がつくアクセサリーなんかも転がっているけれど、ここにはそれをする気力を持つ人間などいない。そもそも生きようと思っている命がない。

立って歩いている者など一人もいるはずなどなく、生きていると分かる人間は、体幹を失っているようにダラリと壁に身体を預けていた。半開きの目は皆虚空を見ていて、息をするためだけにある口からは涎や虫が湧いている。いや、もうそうなると、目を開けているだけで生きてはいないのかもしれない。

緋彩がグニャリと崩れた身体に思わず駆け寄ろうとすると、数歩も踏み出せずにノアに腕を引っ張られた。ここにいる人間は殆ど感染症にかかっているから触れない方がいいということだ。


何故手も伸ばせないような場所を訪れたのかはまだ訊けずにいた。視界に映るものがあまりに衝撃的で、理由など考えている余裕がなかったのだ。それから、ルイエオ国に入ってから絶えず鳴り続ける頭の中の音が煩くて敵わない。余計な行動をさせない為だろうが、ノアが腕を掴んでいなければ何度倒れることになったか分からない。

ここに何があるというのか。この痛みは何かに対する警告なのか、それとも助けを求める叫びなのか。いずれにせよ、何か行動を起こさない限りは状況は変わらないというのに、ノアはいつにも増して無口だ。緋彩が話しかけても黙れと言われるし、そんなこといつものことなのだが、今回は理解できない状況と身体の不調も重なって緋彩は苛立ちを募らせていた。それでも腕に触れる彼の体温は冷たくも優しく、悪意は感じない。この手に支えられているのだから、今は何も言わずに従うしかないのだ。










「ヒイロちゃん、大丈夫?もう目開けていいよ」

「あ、はい」


程なくして、目を逸らしたくなる光景は少しばかり和らいだ。と言っても、荒れた土地であることは変わりないのだが、世界から見放された命の末路が蔓延っているところを見るよりはいくらもマシである。

緋彩は途中から目に飛び込んでくる光景に耐えられなくなって、顔色を真っ青にさせていた。これ以上不調が重なってもたまったものじゃないと、ノアが誘導するから目を瞑っていろと言われて素直に従っていた。何処に行くかも、目的も知らされていないのによく身を預けられるよね、とローウェンの呟きが聞こえたが聞き返す余裕はなかった。

足を止めて見た景色は、あまり明るくなかった。それもそのはず、ここは外気にさらされていない何かの建物の中だった。人が住んでいる気配はなく、光源はない。外も絶えず風が吹いていて寒かったけれど、ここは熱源がないことと、生命の温かさがなくて寒い。

緋彩がぶるりと身体を震わせると、肩にほんのり熱が覆う。ノアの上着だ。




「風邪ぶり返したら殺す」

「風邪の上に殺されるんですか。踏んだり蹴ったりが極まってる」




不器用ながらも一応気を遣われたんだろうな、と緋彩はノアに小さくお礼を言って彼の上着に袖を通した。大きすぎて裾を地面に引き摺っていたらノアに睨まれたので、スカートのゴムの中に裾を捻じ込んだ。げんなりした顔をしたノアが引き摺ってもいいそれやめろと言う。一体どうすればいいのか。


「ところで、ここは何処なんですか?頭割れそうに痛いです」

「ここは所謂遺跡だ。ルイエオ国が繁栄していた時代、ここに住んでいた種族がある」

「住んでいた種族?」


緋彩の頭を刺激する痛みはいよいよ断続的になり、もはやずっと眩暈の中にいる。腕を掴むノアの手は離されていなかったのでどうにか立っているけれど、掴む力が強くなっているのでそれほど緋彩はフラフラと覚束ない足取りなのだろう。

足元が悪いのは眩暈のせいだけではない。至る所で地面に亀裂が入っていたり、はたまた隆起していたりして歩きにくいったらない。建物の中だと言うのに真っ直ぐは歩けないし視界も悪い。盛大に目を眇めて歩いていると、横でローウェンの手元がパッと明るくなった。


「これで見える?」

「あ、…魔法」

「僕はあんまり魔力が強くないからこれくらいの明るさしか保てないけど」

「ハハハ、ノアさんよりマシで…痛っ!?」


髪の毛を五本くらい毟られた。毟られた毛はノアの手元からはらりと地面に落ちる。ノアの魔法がポンコツであることは禁句であったのを忘れていた。

ローウェンの手で光る魔法は懐中電灯くらいの明るさだったけれど、ないより全然いい。足元が照らされるだけで歩きやすいし、ほんの少しだけれど、進む先が見える。

光が灯ったお陰で見えたのは、それだけではなかった。遺跡だと言うから覚悟はしていたことだけれど、当然のように人骨が転がっている。というか、遺跡じゃなくともこの国は骨がそこら中に点在している。

そして遺跡らしいものがもう一つ。光があることで明らかになったのは、緋彩達が歩く両側に石壁だった残骸が、並べられるようにして積み重なっていたことだ。大きさや形は様々で、劣化して崩れたものだとは思われるが、積み重なっている状況は不自然である。誰かの意図かと思いながらそれらの壁の欠片をよく見れば、確かにそこに誰かの思考が刻まれていた。






「何か、模様が、」






何故かドクンドクンと心臓が大きく音を立てている。頭痛が激しくなった所為ではない。歩きすぎて体力を削られたからではない。

ローウェンがよく見えるように一時的に光を大きくすると、息を呑むような光景が目に飛び込んできた。






「────…っ!!」






そこには夥しいほどの文字が、壁の残骸全てにびっちりと彫り込まれていたのだ。






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