共鳴の音
やはり先程の違和感は気のせいではない、と緋彩は確信する。
一度目は病み上がりだったし、天気も少し曇ってもいるし、偏頭痛とか立ち眩みとかそんなものなのだろうと気にしなかった。気にしていたのは、どちらかと言えばノアの方だった。
だが、道中二時間おき、一時間おき、三十分おき、と間隔を狭めながら降りかかってくる微かな頭痛と眩暈は、徐々に強さを増して見ない振りするのも限界が近づいていた。
「……っ、」
ツキンと痛む頭と、ふっと落下するような感覚。カクンと膝が折れて転びそうになる。幸い、地面は柔らかい土なので転んでも大した怪我にはならないが、痛いは痛いだろう。
だが、その痛みはいくら待っても襲ってこない。代わりにその痛みは肩の方へ、引っ張られるようなものになった。
「…った…、…ノアさん」
「お前、やっぱどこかおかしいだろ」
「…………」
雑に緋彩の腕を引っ張って支えるノアから、問い詰めるような視線が降りかかる。前をフラフラと歩いていたら、それはノアじゃなくともバレるだろう。観念して、緋彩はこくりと頷いた。
「さっきの変な感じ…、段々回数が多くなって、強くなってて」
「具体的に言え。どんな感じなんだ」
「どんな感じと言われても…、さっき言った通りですよ。鋭利なもので傷つけられるような痛みが一瞬、その後に血が下がるような感覚がします」
でも、この感覚は初めてではない気もしていた。
どこか、ほんの少し前に経験したことのある感覚。
どこだったか。
すごくすごく、すごく暗い所で、だけどすごく澄んだ所で、光を探したような所で。
どこか。
「────…あ…、」
小さく声を漏らす緋彩に、ノアもローウェンも首を傾げる。
「ヒイ──…」
「思い出しました!」
「っ!?」
バッと顔を上げた緋彩の所為で、ノアと緋彩の顔の距離は僅か数センチになる。ノアは思わず仰け反るが、緋彩の方は、何かを思い出した興奮が勝っているのか、寧ろ詰め寄ってきた。
「思い出しましたノアさん!」
「…っは…?何が…」
「この感じ、あの峡谷であった感じと一緒です!」
「峡谷?」
うんうんうんっ、と激しく首を縦に振る緋彩に、ノアはいいから少し離れろと緋彩の頬を押して遠ざける。そうでもしなければこのまま押し倒されそうだった。
峡谷と言えば、龍がいた峡谷が記憶に新しい。と言っても、随分昔のことのように感じるが。
確かにあの時緋彩は、彼女ではないような気がした。神域のような世界で龍を従える人間、神子のようにも映った。
あの時の彼女は、今のように頭痛や眩暈に苦しんでいる様子はなかったはずだが。
「峡谷です!…っていうより、洞窟?」
「洞窟って、法玉があったところってことか?」
「はい。あの時私、何かこう、法玉の場所が何となく分かっていて、それは頭が割れそうに痛かったから、もしかしてより痛みが強くなる方へ行けば法玉があるのかなって思ったんです」
理屈などない。言葉で説明できるほど緋彩は語彙力が豊富でもない。
法玉が呼んでいる…、いや、少し違う。呼んでいると言うよりも────…。
「────…共鳴…?」
リィン、と鐘のような、鈴のような音が頭に直接響く。
「────…、」
「おい、どうし────…」
同時に、頭の中で薄いガラスのようなものが割れた、ような気がする。
遠く、
遠く、
緋彩の名を呼ぶノアの声が
水の中にいるように聞こえた。