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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第七章 追い、追われ
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奪えない希望

ヴィムの髪はベージュのストレートヘア、何度も暑い日を乗り越えた葉のような深い緑色の瞳。ローウェンも顔は綺麗な方ではあったが、髪の色の所為か、手を繋いでいても親子には到底見えなかった。だがあなたたち親子ですか、と訊いてくるような物好きはいなかったし、疑われれば瞳の色は同じ緑でしょ、と言えば何とか難を逃れることは出来た。そんなことはあってもヴィムが一人で薬を受け取るよりはいくらか楽だったのか、無事薬を手に入れた時には彼の口から小さくありがとうと聞こえた。性格は曲がっているが、悪い子ではないらしい。


「それで、ヴィムはどこか悪いの?」

「あ?」


緋彩たちが泊まる宿とヴィムの帰る方向は同じだったようで、緋彩の薬まで受け取ると、緋彩とローウェンはヴィムを家まで送っていくことにした。そんな年齢じゃないと分かっていても、その姿を見るとどうも不安なのだ。勿論ヴィムは拒否したけれど、ローウェンの『キミが無事に薬を受け取れたのは誰のお陰と思ってるんだい?』という無言の圧がヴィムの首を縦に振らせた。

道中、ヴィムは終始不満そうにしていたので、少しでも気を紛らわせようと、緋彩は覗き込むようにして彼に目線を合わせて問うた。


「薬、何の薬だったの?」

「……俺のじゃねぇよ」

「え?」


真っ直ぐに見てくる緋彩の目を見続けることは出来なかったのか。、ヴィムは少しだけ頬を染めて目線を逸らした。


「俺が飲む薬じゃないって言ってんだよ」

「…えぇっと…、じゃあ…お母さんの?」

「っ!なっ…、何で分かんだよ!」

「あら素直」


緋彩はただ消去法で訊いてみただけなのだが、ヴィムの反応は素直に正解だと言っていた。一人で病院に来れば必ず今回のような目に遭うのは分かっていて、しかも母親は家にいるというのだから、特別名探偵でなくともヴィムが母親の代わりに薬をもらいに行っていることくらいは優に予想が付く。


「お母さん、病気なの?」

「………」


押し黙るヴィムの表情は浮かない。あまり訊かれたくないくらいに状態が悪いのだろうか。

緋彩は余計なことを訊いてしまったと、答えなくていいと言おうとしたが、その前にヴィムはぽつりと漏らすように答えた。




「……生まれつき心臓が悪いんだ。俺を生んでからさらに悪化したらしい。俺が物心ついた時にはもう、ベッドから起き上がれなくなっていた」




誰の所為でもない。誰も責めないし誰からも責められやしないのに、ヴィムの握った拳は硬く、震えていた。口には出さないけれど、まるで自分の所為だと言いたそうに。

ヴィムの心の中を完全に知ることができるわけでもないので、緋彩にはそう、と小さく頷くことしか出来なかった。下手な慰めや鼓舞は返って相手を傷つけることもある。

ただ、今のヴィム自身を見てやることは出来る。


「ヴィムはお母さんが好きなんだね」

「…っ!こっ、子どもじゃねぇんだから、そんなことあるわけ…!俺はただ、たった一人の息子だから、その役割はしないといけないと思ってるだけで!」

「おお、それは立派立派。お母さんにとってヴィムが大切な息子で、頼れる息子であることを自覚して、期待に応えようとするのは、なかなかできないことだよ」

「ばっ、馬鹿にしてるだろお前!」

「してないしてない」


緋彩は言いながらヴィスの頭を撫で回す。殆ど同い年の男の子ではあるが、容姿と彼の性格も相まってどうしても弟のような感覚が抜けない。だが本当に馬鹿にしていることなどない。それが家族であろうと友達であろうと、誰かを想って、誰かの為に、自分の心を傷め、何かをすることが出来る人は尊敬する。

ヴィムは緋彩の手を追っ払うと、乱れた髪を適当に整えながら前を睨んだ。


「……おふくろの病気は良くはならない。せめて現状維持だけでも出来るようにこの薬を飲んではいるけど、今後何があってもおかしくない状況なんだ」

「…回復の見込みはない、と?」

「今はな。だが、少し前に噂を聞いたことがある。どんな病気も治せる万能薬があるって」

「…!」


ギリギリ声には出さなかったものの、緋彩はビクリと肩を大きく揺らした。少しだけローウェンに目線を滑らせると、彼も眉を寄せた状態でコクリと頷いた。


”万能薬”。


どこかで嫌なくらい聞いた言葉だと。

よく知っているとはとても言えなくて、緋彩は初めて聞いたような顔をした。


「…万能薬…」

「そんなのがあるって聞いただけで、どこで手に入るかも分からないし、どんなものかも分からない。知っていたらすぐにでも買うのに…」

「駄目だよ!」

「!」


急に大きな声を出した緋彩に、ヴィムは足を止める。それまでヘラヘラとしたりぼーっとしているだけだった緋彩の鬼気迫った顔に、目を丸くしていた。

一瞬しん、と静まり返ってしまった空気に緋彩ははた、と気が付く。自分が大きな声を出してしまったことすら無意識だったようだ。


「あ…、…ごめん、何でもない、デス…」

「…、な…、何なんだよ…」

「あー…、いやほら、薬って人によって合う合わないがあるでしょ?素人判断で勝手に色んな薬飲んじゃ駄目ってこと」

「そんなの分かってるっつーの。何年この生活してると思ってんだ」


きっとヴィムはずっと、気が付いたらずっと、母親の病気と向き合ってきたのだ。母親の弱っていく姿も、あらゆる治療も、だけど治る見込みがないことも、全て知っている。知っているから、どんな希望だって手を出したいと思うのだ。

万能薬なら治るかもしれない。実証されたことだってある。治らない病気が治ったと聞いた。耳に入る噂は、どれも希望に満ちている。激しい光が目を眩ませ、闇から目を逸らさせる。

駄目元だって構わない。ほんの僅かな希望だって頼らずにはいられないのだ。もう何度も何度も心は、今更竦んだりなどしない。




だが、それだけは駄目なのだ。あんな薬、使われてはいけないのだ。









それなのに緋彩は、必死に母親を想うヴィムの希望を奪うことは出来なかった。









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