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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第六章 響く助力
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生命の存在

地上に上がっていく道中の緋彩は、いつもと特別変わったところはなかった。いつも通り体力もなく、いつも通りポンコツで、いつも通り冷たいノアにめげない。普段通りの彼女だと言うのに、あの時見せた龍との空気は何だったと言うのだろうか。


「ヒイロちゃん、さっきのどうやったの?」

「さっきのとは?」

「龍を従えるみたいに静かにさせたやつ。なんかヒイロちゃんには()()()()力があるわけ?」

「え?いや…、そういうわけでは…」


龍を従える力?そんなものあるのなら是非ほしい。なんかかっこいい。龍の背に乗って空の散歩とかしてみたい。

実際、緋彩は龍をどうこうしようとする意識はなかった。ただただ綺麗な姿に目を奪われ、見惚れていただけだ。龍が静かになっていたことも後で気が付いた。


「私はノアさんが何かしたのかと思いました。なんかこう、睨みを効かせて分からせてやったとか、吹き矢で経穴を突いたとか」

「変に懐かれると面倒だからやらねぇ」


出来はする。恐ろしい男だ。

一連の事態はノアも不審がってはいたようで、緋彩に腑に落ちないといった視線を寄こしていた。


「お前はただ龍を見ていただけなのか?」

「あ、はい。考えていたのは目が綺麗だなとか、鱗がキラキラして眩しいとか、あれで鞄とか作ったらいい値段つけられるのかなとか、そんな当たり障りのないことです」

「当たり障りのないことかどうかは置いておいて、お前から何か仕掛けたわけではないんだな?」

「だから何もしてないですって。私だって龍が大人しくなったことに驚いてるんですから」


緋彩はなかなか分かってもらえない訴えに口を尖らせる。だが、緋彩がいたことで龍が大人しくなったことは事実だ。荒ぶる龍の気性を削ぎ落し、突然嵐が消えたような澄んだ空気を落としていた。そこはまるで神界のようで、全ての感情が浄化されていた。

勘違いでは済まされないのは、直前に緋彩が法玉を探し当てていることにもよる。ノアにそんな力はないので不死を渡された影響だとも考えにくい。緋彩が特別だという点は、異世界から来ているということ。


「…お前の国の人間は探知機能や生物を操る力が備わってるのか…?」

「真面目な顔で何とんでもないこと言ってるんですか。そんなわけないでしょ」


顎を触りながら真剣に考えるノアは、冗談を言っているわけではないらしい。それほど不思議な出来事だったという証拠である。

ふと、黙って二人の会話を聞きながらローウェンがそういえば、と切り出した。


「昔、魔法の始祖は龍だったっていう伝説を聞いたことがある。魔法の始まりは、人間が龍の魔力を手に入れてしまったことによるっていう」

「龍に魔力があるんですか?」

「そりゃ生き物であれば魔力があるものはあるよ。魔力の有無は体質によるもので、生物の種類によるものじゃないからね」


ほう、と感心する緋彩を後目に、ノアは特に驚いた様子もない。知っていて当然の知識なのだ。


「その伝説なら俺も知っている。伝説とはいえ、生物の中で圧倒的な魔力を誇る龍を考えれば、限りなく史実に近いとは思うけどな」


魔力というものは元々事象を起こす力ではなく、生命の力だ。魔力があっても魔法を使えないものがいるのはそういうわけで、龍が魔法の始祖であるのなら、彼らこそそこに揺るがない根幹がある。龍の生命力が強いのは、魔力が強いこととも繋がってくるわけである。


「でも仮に龍が本当にその伝説通りだったとして、今回私がいろいろやってしまったこととは何か関係があるんでしょうか?」


ノアがあまりにも釈然としない視線で睨んでくるため、緋彩は何かやってはいけないことをやってしまったと思っている。実際はやってはいけないことではなく、()()()()()()()()()()ことなのだが。


「いや、直接は関係ないとは思うけどね。ヒイロちゃんが法玉を見つけたということが何かの()なのだとしたら、それは魔力の根幹の話にちょっと似ているなと思っただけ」

「似ている?」


どこがどう似ているのか。魔力=生命力の方程式自体、理解不能なのに、さらに連立方程式まで追加されて、緋彩の頭はもう容量の限界が見え始めてきた。

首を捻る緋彩に、ローウェンはうーん、と考えて、出来るだけ噛み砕いて説明する。


「例えばさ、ヒイロちゃん。生き物の気配ってあるでしょ?」

「まぁ…、声がしたり物音がしたりすれば何かいるって思いますね」

「うん、勿論そういう物理的なものもそうだけど、そういうのともまた違う、言葉では説明しにくい()()みたいなもの」


そこにある生命の空気という至極抽象的なもの。ローウェンの説明は特別分かりやすいものではなかったけれど、緋彩は何となく分かった気がして、ああ、と頷いた。確かに言葉では説明しにくく、理解したことも説明出来ない。


「法玉というのは、魔法を凝縮させたもの。平たく言うと魔力が宿った玉だ。法玉には魔力を感じ、生命力が宿る。生き物の気配があるように、そこに生命力があれば気配があり、特に龍みたいな魔力が強い生き物は生き物の気配を敏感に感じ取ると言われているんだ」

「生命力の気配…」

「ヒイロちゃんがどういうわけで法玉を探し当てたかは分からないけど、もしそういう力があるのなら、()()()()わけだろうね」


緋彩は、法玉に眠る生命力の気配を感じて探し当てた。だがそれは、龍ほどの魔力がなければ到底無理な話であるし、それどころか緋彩には魔力の欠片もないのだ。ローウェンが言ったことは理解出来なくはないけれど、緋彩にそんな力があるとは俄には信じ難い。

ローウェンも、特に緋彩にその力があると期待しているわけでもなく、もし法玉の在り処を感じ取れる絡繰があるとしたらその可能性があると言っただけだ。


「まあ、人間にそんな力がある話は聞いたことないけど、ヒイロちゃんがもし本当にその力があるのなら、さっきのはもしかして、ヒイロちゃんが何かをしたわけではなく、龍の方がヒイロちゃんに何かを感じたのかもしれないと思っただけだよ。法玉の存在を感じ取る人間に龍は何かを感じたのかも、と」

「私、が…?」


あまり気にしないで、とローウェンは眉を下げて笑う。そこまで言っておいて気にするなとは酷な話だ。

特別な何かの力が緋彩にあるかもしれない。特別な力なんて不死だけでもうお腹いっぱいである。そして、得体の知れない力は恐怖しか感じない。

何と反応していいのか分からない緋彩は口を引き結び、むずかしい顔を滲ませた。その横をすっとノアの陰が通る。


「まあ、無事法玉を手に入れたんだから、そのことはもはやどうでもいい。さっさと上に登って飯でも食うぞ」

「…ノアさんって本っ当、私に興味ないですよね」

「服についたシミの方がいくらか気になるな」

「シミ以下」


自分だって掘り下げたくせに、ノアは下らないと言って、ずんずんと歩いて行った。

ほんの僅か、本人が気付かないほど一瞬だけ緋彩に目線を流して。





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