ep23:私のこれから
ナターシャ――私が目を覚ましたのは、あれから数ヶ月後のことだった。
身体強化魔法で体を酷使したのに加えて、魔力切れ・邪神の呪いの解呪、さらには終式封印の破壊、魔眼の能力発動など、それはもう沢山の体力と精神力と魔力を消費しまくったので、ずっと生死の境をさまよっていたのだ。
目覚めたときには、先んじて創っておいた次元転移魔法とその因果をリズールが利用したのか、まさかの現代日本の集中治療室にて、沢山の管と魔法的な機器に繋がれていた。
その時の私の第一声が、
「見知らぬ天井だ……」
となるのは自明の理だっただろう。
何にせよ、私は現在で生きている。
ナターシャちゃんとして。
◇
それから数日後、私が目覚めたとの報せを聞いて、一番に駆けつけたのはクレフォリアちゃんだった。
当たり前のように次元転移を行って、個室に移された私の側に現れた。
かなり重要なことを説明されたり、話し合ったような気がしたが、やはり昏睡状態が長かったのか、何を会話したのか忘れた。
うる覚えだけども確か、
『私たちの世界と、この異世界の異文化交流会を――』
というワードだけが脳裏に残っていた。
きっとポジティブな話題だと思う。
◇
私の意識と記憶がはっきりし始めたのはそれから半年後。
現代日本でのリハビリや検査などを終え、『神の手』と呼ばれてるらしいお医者さんから退院の許可を得て、異世界に戻ってからだった。
天使ちゃんに手をひかれるがまま『勇者召喚陣』なるものに入り、ユリスタシア領の邸宅内に召喚された訳だが、その瞬間に、異世界中の魔力が私に集中。
専用に用意された『儀式の間』を魔力の暴風で吹き飛ばしながら、一気にレベルアップしていき、様々なステータスウィンドウが表示された。
Lvのカンスト・称号・スキル習得がメインだが、あまりにも多いのでざっくりとした説明にとどめる。
称号は『邪悪の天敵』、『勇者』、『創世白銀の魔王』など、まぁ強そうなモノが沢山。
スキルは【次元転移】・【真贋魔王の手】・【心象世界・極小宇宙】という世界神級スキルが三つと、『全状態異常耐性』・『全精神支配無効』・『全即死攻撃無効』などのカンスト耐性スキルと、基礎的なスキルのカンスト表記。スキルの名称だけでもページ数にして十枚分。
そしてLvだが、邪神レノスの歴史と存在を全消去――完全に討伐した影響で、カンストを超えてカンストした。
表記Lvは99を超え、Lv9000。
ステータスは天文学的な数値に達していて、デコピンするだけで星を跡形もなく消し飛ばせる九歳女児へと変貌してしまった。
矢印と数字で表されるステータスってなんだよ。
もっとも、強すぎてまともに生きられないので、魔力切れによる意識混濁が消え、正気を取り戻して即座に【心象世界・極小宇宙】を使い、ステータスを世界で二番目に強いヤツ+1万辺りの固定値に変更した。
一番目はもちろん私だ。
余った力は、爆心地となった儀式の間に泣きながらやって来たスラミーに与え、魔力に分解してもらった。
結果、スラミーは膨大な力の一部を吸収し、究極進化して完全体になった。
具体的に言うと王冠が付いた。
スライムの王になったらしい。よくわからん。
……で、だ。
私を残して消し炭となった邸宅は、天界の修復チームによって三日で復元され、今ではエンシア王家、ガーネット公爵家、そして――ユリスタシア公爵家の御三家が利用する、一大住居になっている。
ユリスタシア家が公爵家になれたのは、純度100%の魔石生産による鉄道事業の成功と、一年前に突如発生し、突如収束した『アンネリーゼ事変』への多大なる貢献が認められたから。
ようは、私の凄さがようやく異世界で認められたってことだ。
遅いにもほどがあるけどね。
現在の私は九歳で、時期は十月。
初等教育のために邸宅近くに作った学び舎にて、私と同じ学生向けのカジュアルな魔導服で、友人のクレフォリア・エリオリーナ、領民のフォリアや深雪さん――私があまりにも深雪さんと呼ぶので、入学の際に本名に変えたらしい――を含む女児軍団と天使ちゃんが、お父さんからの基礎訓練授業、『校庭でのランニング』を課せられているところを眺めていた。
男子達は私が詠唱を創り、リズールが代理で作成した絶対に死なないダンジョン『永久不死の迷宮』の第一層攻略に乗り出している。
もちろん我が領地の民は皆聡明で、息子や娘を学び舎に入れ、自身も迷宮でLvを上げながらステータス・スキルを上げて農耕効率を上げる、という手法を編み出した。
彼らが産出する魔石のおかげで領内の富が増え、迷宮周辺の商品街の品物が飛ぶように売れ、物流と人流が盛んになってユリスタシア領内での経済活動が活性化し、我が家が王国内で占める地位も盤石となる。
素晴らしい好循環だ。
学び舎の経理と事務を担当するリズールとお母さんから言われたが、一部地方貴族の子女・子息からの入学願書が殺到しているらしい。
彼らも、これからダンジョンを中心とした産業革命が始まると分かっているようだ。
私の夢――貴族と平民が混在し、共に高め合う小説・漫画的世界の学園が誕生する未来も近い。
「ふふ、これからどんどん楽しくなるね。この世界が」
木陰に寝転んで微笑んでいると、一人の精霊騎士と空色髪の軍服少女がやって来た。
斬鬼丸とシュトルムだ。
「なぁ、ジークリンデ」
「ナターシャ殿、話があるであります」
私は掛けていた銀縁眼鏡を外し、二人を見た。
ナターシャの眼は両目とも蒼色だった。
「どうしたの?」
「沼地の主を退治し終えた旨を伝えに」
「おお、お疲れ様。『世界第二位』は強かったでしょ」
沼地の主――世界ランク二位、極星龍メギドラゴン。
私が邪神レノスの存在感を消したことで、屍龍にならない道を歩んだ龍。
ここまでの因果は変わらないが、ほんの一人だけ、未来が変わった人類種が居る。
「否。拙者達と共に、流れの冒険者が討伐に加わったおかげで楽だったであります」
「ああ、そいつは大振りの大剣を扱う赤茶髪の男でな。確か名は――」
「オースベルグ?」
「――そう、オースベルグだ! よく知ってるなジークリンデ」
名はオースベルグ。
旧スタッツ国、現マグナギア魔導国唯一の白金級冒険者で、私がギルドに『生存確認して欲しい』とせっつかれていた男性その人だ。
シュトルムと斬鬼丸の二人は、少し戸惑うような素振りを見せながらも、次のように言った。
「実はなジークリンデ。その冒険者が退治した龍と仮の契を結んでしまって、私たちも竜の山脈とやらに行かねばならなくなった」
「故に相談しに来たであります。ナターシャ殿。暫しの間、旅に出ても良いでありますか?」
「んー……」
私は一瞬の思考。
うん。どうせやらなきゃいけないことだし、こうしよう。
「行っていいよ。私も付いてくから」
「了解した」
「御意。ではナターシャ殿、早速でありますが、迎えの者が来ている領地北部に」
「おっけー。ちょっとお父さんに伝えてくるから待ってて」
眼鏡をかけ直し、立ち上がって大きく伸びをした私は、父に『諸事情で竜の山脈に向かう』という話を伝えた。
父は娘にこう返した。
「つまり、竜族との親交を深めるためかい?」
「こんななりでも『新魔王』だからね。そろそろ顔見せしないと、相手の面子が立たないと思って」
「魔王は大変だなぁ……分かった。領地は僕が守るから、行ってきなさい」
「行ってきます」
父から送り出すように頭を撫でられ、私は斬鬼丸とシュトルムの元に戻る。
途中、火照った顔の友人達や天使ちゃんを励ますように軽く手を振りつつ、木陰の二人と合流してユリスタシア領北部に向かった。




