ep24:竜の山脈(ドラゴンズバーグ)のある極北の地へ
ユリスタシア領の半分を占める広大な森を抜けて、北部の大湿地帯に到着すると、三体の赤い飛竜が待っていた。
体長は十メートルほどで、赤い竜鱗と甲殻に覆われた全身と竜頭、威圧的な黄色い眼。
じっとこちらを睨んでいるが、敵意は感じられない。
寧ろ友好的な視線だった。
その内一体の背に乗っているのが赤茶髪の男性冒険者、オースベルグだ。
一年半前の憔悴しきっていた頃が嘘のように、晴れやかで肌にハリのある顔をしている。
とりあえず挨拶しておくか。
「始めまして、かな?」
「いや、久しぶりだ。フミノキースでは迷惑をかけた。名前は?」
「私はフェレルナーデ。よろしく」
私は軽く体を傾け、小さく手を振る美少女ムーブ。
最近は成長期で、少し大人びてきた影響か、相手の頬が少しだけ赤くなった。
よし、やはり私は美少女。
ようやく確信できた。
「うふふ」
「ンンッ」
彼は軽く咳払いをすると、普段どおりに振る舞った。
「おお、君が新魔王。しかも雅名か。俺の名はオースベルグ。吟遊詩に名を残す龍殺しの英雄、『竜騎士』のオースベルグだ」
……あれ?
首をかしげる。
「その称号は持ってないんじゃないの?」
「だから取り返しに行くのさ」
「なるほど」
彼はどうやら、失った称号を取り戻すために竜の山脈へと向かうようだ。
極星龍と結んだ仮契の内容も多分それだろう。
事前情報として語るけど、地上に降り立った『龍』は宇宙からの恵みで、災害で、神に近しい存在。
そしてこの世界の伝承にもとづけば、倒すと一つだけ願いを叶えてくれるのだ。
ただ、龍の骸は『影の王国』なる何かが回収していくので、素材の回収は困難を極めるらしい。
私は観ちゃったから知ってるけど……ま、視聴者さんにはまだ秘密って事で。
あ、言い忘れてたけど、今撮影中。
地の文は後付けのナレーションだからよろしく。
さ、挨拶は終えたことだし、他の話は向こうで良いか。
「よし、二人とも乗っていいよ。私は箒で付いてく」
「分かった」
「承知」
斬鬼丸とシュトルムが残る二体の背に乗る。
すると斬鬼丸が乗った方のワイバーンが、視線で『乗って欲しい』と訴えかけてきた。
グルル……と猫なで声っぽく鳴く。
しかし、他の飛竜が強く威嚇したことで、渋々と言うように羽ばたき、上空へと登っていった。
他の飛竜も続いて飛び上がる。その風圧で一瞬、湿地帯が乾いた。
「んー、なんだろうね?」
私の美少女っぷりに惚れたのかな?
そんなに可愛かったかな?
「うん、ま、多少は嬉しいけど……話は後だ」
私はインベントリから魔女箒を取り出して、慣れた手順で乗り、上空で待機中の飛竜達を目指す。
上昇しながら魔法で寒冷対策や速度・対重力対策を行ってようやく合流。
共に龍の山脈へと飛び立った。
◇
彼ら竜族が住まう竜の山脈とは、エンシア王国最北端の街・エルリックを超えた遥か北、年中雪が降り、『絶海域』という氷海に囲まれた北の大陸に存在する。
大陸を二分するようにそびえ立つ山脈で、竜の背骨に似ていることからそう命名された。
現在の魔王――七代目魔王キャスペリアが居を構える地もここで、私が訪れる理由は魔王継承の儀を執り行う必要があるからだ。
初代魔王の一族、イリエスタ家からの使者は定期的に来ていたものの、病み上がりゆえにしばらく安静にする必要があったので、ここまで時期がずれ込んでしまった。
冬場――11月の中旬からは猛吹雪が発生し、海を渡れなくなるので、ギリギリのタイミングでの来訪と言える。
「お、見えてきた見えてきた」
で、陸を離れてから二時間ほど。
大小様々な流氷が浮く水平線に、火山活動が活発なのか、灰色の噴煙を上げる大陸が現れた。
岸が近づくにつれて、周辺に空を飛ぶ魔物というか、小型の飛竜が近づいてきては『キュルル』という声で鳴き、去っていくということを繰り返し始めた。
会話するたびに私たちの進路が変わるので、きっと案内役だ。
それから数分後、飛竜は大氷海を渡り切ると、大陸の全貌を見せるように上空三千メートル付近で旋回し始めた。
大陸の見た目は正しく竜そのもので、大きさを現代人向けに例えるなら、若干小さいオーストラリア大陸級だ。
中央部に位置する活火山は轟々と煙を出し、時折、小規模な噴火が起こっている。
ただ不思議なことに、極寒の地にも関わらず、大陸は森と草木で覆われていた。
山脈の麓には街や村があり、湯気が立つ川が見えることから温泉もあるようだ。
リズールにアップグレードして貰った眼鏡の解析機能を使ったところ、大陸全土に温帯化・湿潤化の結界が張り巡らされていて、それがこの北方大陸に豊かな自然をもたらしてるらしい。
きっと魔王の力だろう。
「流石は『楽園の魔王』様だね。後輩として見習わないと」
賛辞の言葉を漏らすと、嬉しそうな咆哮を上げた飛竜達が、大陸の最南端に向かって一気に降下し始めた。
地上には降下位置を知らせる照明が灯っていて、沢山の人っぽい小さいのが動いている。
空から見た限りでは、予定外だけども歓迎ムードだと思う。
「うん、私も降りるか」
私も箒の先を地上に向け、飛竜達に負けない速度で急降下した。
◇
大陸の最南端は、着地場が付いた大きな飛竜の巣だった。
柔らかな樹皮や羽毛で作られた巣の中には色とりどりの小竜が入っていて、餌をねだる時の声で、親――私たちを運搬・案内した三体の赤竜の帰還を喜んでいる。
地上で着陸を待っていた、体の一部に竜の甲殻・頭部に二本の竜角が生えた男性は、その親に荷役の報酬であるイノシシ型の大きな魔物を投げ渡していた。
親は口でキャッチすると、何度も咥え直して噛み砕き、小竜の元に運んだ。
「知識では知っていたが、まさかここまでとは」
「流石は竜の国だね……」
「でありますなぁ」
私や斬鬼丸とシュトルムは、初めての異国に驚きを隠せないでいた。
それもそのはずで、竜と人(?)が共存している不思議な世界だったからだ。
実は竜族には明確なヒエラルキーがあり、竜王・属性竜・飛竜・小竜・それ以下という五つの分類に分けられる。
竜王・属性竜の上位二階級が人の姿で活動するのに対して、それ以下の竜は安易に人の姿を取ってはならないという掟がある。
ただこれは差別ではなく、彼ら特有の宗教観に基づいた区別だ。
ここらへんの説明は長いので要約すると、『人の姿になれるのは強い竜の特権。人の姿が欲しい時は修練場での修行を収め、竜王に認められてから。ただし他の生命と恋愛をする場合は例外とする』とのこと。
永遠に等しい寿命を持ち、強者それ即ち正義な竜族にとって、他の生命はあまりにも弱くて脆い。
気まぐれに干渉しすぎるとあっという間に滅びてしまう。
それでは人生……いや竜生がつまらないので、こうして自ら生存可能領域を離れ、厳格なルールと階級を創って守ることで、他の生命と共存しているのだ。
「凄いなぁー」
「ナターシャ殿。拙者達はそんな彼らと修行するのでありますよ?」
「私は風竜の力を得てくるぞ」
「はへー」
その場でたまげているとさらなる迎えが来た。
「そこの御三方。龍殺しを行った名誉ある人類種、人形種、精霊種の三種族よ」
「ん?」
「ふむ?」
「極北の大陸にようこそ。私は対龍政官のルフドルアだ――」
「久しいなルフドルア! 俺は帰って来た!」
「――オースベルグ、抱擁は後にしろ。今日は忙しいんだ」
「す、すまん」
私以外のメンツが官僚らしき緑髪の男性竜人に話しかけられ、それぞれの反応を示す中。
地上に降りた私が最初に出会った……というか近寄ってきたのは、二メートルほどの黄竜の尻尾をケツから生やし、それと同じ色の竜角を二本、頭部から生やした目つきの悪いイケメン竜人だった。
「七征竜騎兵団、二番隊隊長のグレドルア。竜王キャスペリアの命によりお前を迎えに来た」
「初めましてどうも。新魔王のフェレルナーデです」
ペコっと可愛く振る舞った。
どうだ、効いたか?
「っ、知っとるわ。んなこと」
相手はバツの悪そうな顔でそっぽを向いた。
多分効いたのでヨシ!
二番隊隊長のグレドルアは私の服装を舐めるように見ると、こう返した。
「……で、これから王の御前に立つってのに、なんや……なんだその貧相な服は。お前、生まれは貴族だろうが」
「それは貴方も同じではないですか?」
「はァ? 何いってんだお前――」
私も私だが、相手も相手で蛮族と相違ない服装だ。
動きやすさを重視しているようで、鈍色の金属で出来た胸当てと戦闘用鉄拳以外の防具は魔獣の皮で出来ている。
多分だけど、拳で戦うタイプの人だろう。
ガントレットの刺々しさと手入れ具合で分かる。
彼は私の視線で気付いたらしく、厳しく訂正してきた。
「……待て。解釈が違うぞ新入り魔王。今の俺は、ただの道案内人。王に会う前に一番隊とイリエスタ家が引き継ぐんだよ」
「そうなんですか」
「だからな。他種族の国を訪れる時は、常に魔王らしく振る舞うようにせえ……しろよ。この国は強者の振る舞いに対して特に五月蝿い。見た目で舐められると三下や雑魚共から喧嘩を売られ続けるぞ」
「わ、分かりました」
めっちゃ怒られた。
なら先にイメチェンしとくか。
私は指を鳴らし、魔導服を戦闘用に切り替えた。
カジュアルな学生用だった魔導服は、一瞬にして銀白の天の川ドレスに代わり、最後に現れた白い魔女帽子を被って準備完了だ。
「これで問題無いですよね?」
「……どういう原理だ、それ」
「魔王だから為せる技ですよ」
「魔王だから、な。都合のいい言葉だ」
何やら不満を抱えてそうな発言だ。
世界ランク的な意味で。
彼は『俺が知ってもどうしようもねえ』と思考を切り替えて、魔王が待つ居城へと歩き出した。
これから私が向かうのは、この港から火山の麓まで一直線に伸びる上り坂の終着点。
大陸を包み込む大結界、その中央に位置する黒い王城だ。
「はよ付いてこい。迷子になるぞー」
「はーい」
私は『一直線なのに迷子になる要素あるか?』と思いつつも、彼の後ろに続いた。
途中、思い出したように斬鬼丸とシュトルムの元に行こうとしたが、先頭の彼から『どーせ後で会える』と言われたので、手だけ振っておいた。




