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月に喘ぐ  作者: sadaka
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夜空に浮かぶは赤い月(8)

 王族から会戦が告げられたその日から、赤月帝国内は騒然としていた。夜が更けても陽が昇っても、赤月帝国には普段と変わらぬ穏やかな時間が流れている。そのような中で戦と言われてもピンとこないが、それでも街中は戦の話題で持ちきりだった。

 会戦宣言から数日が経つと変化は着実に表れ始めた。それまでは王城に詰めていることが常だった王の近衛兵が街中に姿を見せるようになったり、演説に共感した者達が愛国心を叫ぶようになったのである。しかし激動の渦中にありながら、サイゲートは変わらぬ日々を過ごしていた。

「ボサッとしてんじゃねえ。さっさと運べ」

 太陽が昇ったら森へ行き、日暮れまで斧を振るう。怒られながら切った材木を運ぶのも、いつものことだった。森も街の喧騒とは遠く、静けさを保っている。だが、人は減った。仕事仲間の数人も戦に備えると言って森には姿を見せなくなったのである。

「ただでさえ人手が足りねえんだ、しっかり仕事しろよ」

 景気づけとでも言いたげに腰を叩かれ、サイゲートは前のめりになりながら歩き出した。切り倒した木の前方には親方がいてサイゲートを見ている。サイゲートは急いで倒木の後方につき、親方と共に木材を持ち上げた。

 木材の集積場へと赴く間、親方は一言も言葉を発しなかった。彼が無口なのはいつものことだが、戦が始まるというのにあまりにも変化がない。親方が会戦をどう受け止めているのか聞いてみたくなったサイゲートは木材を下ろしてから口火を切った。

「親方、」

「なんだ?」

「親方は戦の準備をしなくてもいいんですか?」

「戦争すんのは軍隊とやらの仕事なんだろ。だったら俺たちはいつもと同じことしてりゃいい」

 親方はあっさりと言ってのけたが、混乱の中で平素の自分を保つことはとても難しいのである。親方に流されない強さを感じたサイゲートは感心して息を吐いた。彼のように動じずにいられたのなら、こんなにも心が乱されることもなかっただろう。会戦宣言のあった日から塞ぎがちな自分に気付いていたサイゲートは、その原因である白い姿を思い浮かべて密かに顔を歪めた。







 会戦宣言の前後で街の様子は大きく変わったようだったが、海雲は白影の里と王城を往復するという変わらぬ毎日を送っていた。平素より多少多忙にはなったものの、今はまだ嵐の前の静けさである。時間にゆとりがあったので、海雲は王への定期報告を終えたのちアゼルの私室を訪れた。

「若者が随分、兵に志願してきていると聞いたが?」

 近頃はアゼルの関心事も戦に終始していて、彼は開口一番にそんなことを言った。椅子に腰を落ち着けた海雲は大袈裟に顔をしかめて見せる。

「ああ。まるで祭りのような騒ぎだ」

 兵に志願してきている若者達には高揚感があるものの緊張感はない。その姿はさながら、祭りの主役に抜擢されたがっている子供のようだ。あわよくば物語に紡がれるような『英雄』になれるかもしれない、その程度の認識しか持ち合わせていない者が兵になるなど命を捨てに行くようなものである。

「若者達の目に、この国は退屈に映っていたのかもしれない。祖先や親が平和を願っても、その子まで同じ考えとは限らないということだな」

 アゼルは淋しさと皮肉を同居させたような表情で独白を零した。彼は支配者の子として責任を感じているのかもしれないが、血が薄まれば戦いの記憶が遠い過去のものとなるのは仕方のないことである。海雲はアゼルを見つめ、真顔のまま口を開いた。

「平和が当たり前にある者の戯けだ。放っておけ」

「手厳しいな。だが、同感だ」

 アゼルも頷いたが、兵に志願してきている者に使い道がないわけでもない。戦おうという気概のある者を無下にも出来ないため、海雲はある提案をした。

「いい機会だ、自衛団を組織しよう。万が一国内に侵入された時に役立つかもしれない」

「そうだな。若者達を原動力に国民全体がまとまってくれればいいのだが」

「そのへんはアゼル、お前にかかっているだろう」

「あまり気負わせるな」

 アゼルは殊勝にも苦笑いを零したが海雲は笑みを返した。アゼルが以前から国民に親しみを持って接していたおかげで、支持を集めることが出来るのである。彼がそこまで考えて行動していたとは思えないが、こういう事は日々の積み重ねが物を言うのだ。

「父に報告したことを、かいつまんで教えてくれ」

 アゼルが真顔に戻って本題を切り出したので海雲も表情を改めてから話を始めた。

「遺跡の調査に出していた者達には撤退を命じたが、すでに我等の存在は勘付かれた可能性が高い。大聖堂(ルシード)は軍を編成している」

「それは、我が国を攻撃するための軍隊なのか?」

「おそらくな」

「大聖堂には陣形や策は何もないのだろう?」

「そのようではあるが、油断は禁物だ。通常の敵と戦うつもりでいる」

「そうだな。小さな油断が命取りになるのが、戦争というものなのだろう」

 アゼルは王族の教養として軍事についても学んでいるが、彼は実際の戦争を知らない。それは全軍を指揮する王も同じであり、その点には不安が残る。国内に敵が侵入すれば当然のことながら死傷者も出るだろう。そうした事態に陥った時、国民を引っ張って行かなければならない王族もどこまで耐えられるのか。だがそれも、国内に敵を入れなければいいだけの話だ。

(護ってみせるさ。先代との約束もあるしな)

 何事かを考えこんでいるアゼルを見据え、海雲は言葉にはせずに誓いを立てた。

「姫様! いけません!!」

「放して!!」

 閉ざされた扉の外から突如喧騒が聞こえてきたので海雲はアゼルと顔を見合わせた。アゼルの私室の前で、菜の花と侍従が何やら揉めているようである。

「……仕方のない奴だな」

 アゼルが重い腰を上げようとした時、悲鳴と共に扉がぶち破られた。重なり合うように倒れこんで来た菜の花と侍従を、アゼルと海雲はあ然として見る。

「いったぁ〜い」

「す、すみません姫様!!」

 菜の花の上に圧しかかっていた侍従が慌てて体を退ける。菜の花は不機嫌そうに顔を上げたが、海雲の姿を見つけて目を輝かせた。

「お前、何してるんだ?」

 呆れた顔をしつつもアゼルが菜の花に手を差し伸べる。助け起こされた菜の花は兄には礼も言わず、一目散に海雲の元へ走り寄って来た。

「海雲! やっと会えた」

「姫……その格好は、どうなされたのですか?」

 平素とは違う菜の花の姿に戸惑いながら、海雲は慎重に尋ねた。菜の花は何故か、ドレスの上から兵が身に着ける胸甲を着用しているのである。

「海雲、私決めたの。国民が戦うんですもの、私も戦うわ」

 一生懸命に、重い鎧まで着て訴える菜の花の表情は真剣そのものである。彼女はおそらく、王や王子が国を護るために奔走している姿を見て自分も何かしたいと思ったのだろう。アゼルは呆れていたが、海雲は菜の花の心遣いを嬉しく思った。

「姫、お心は有り難く頂戴致します。ですが、戦をするのは我ら白影の里の者にお任せ下さい」

「何故? お兄様もお父様も戦っておられるのよ。私だって王族です、何もせずにいられる訳がないわ」

「だからこそです。王子や姫のように国民に安らぎを与えることは我らには出来ません。戦と一言に言っても、それぞれの戦い方があるのです」

「……そうね」

 納得がいったのか、菜の花はまだ考えこむ素振りを見せながらも素直に頷いた。それから、彼女は目を上げて真っ直ぐに海雲を見据える。

「でも、絶対に死んだら駄目よ」

「はい」

 不安気な顔を笑顔に変えたくて、海雲は菜の花に優しく微笑みかけた。

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