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月に喘ぐ  作者: sadaka
23/45

友(1)

 厳しい冬を迎えて雪に閉ざされていた赤月帝国にある日、暖かい風が吹き抜けた。南からの乾いた風は赤月帝国に春の訪れを告げるものであるが、まだその時ではない。例年よりだいぶ早く訪れた温暖な風に、自宅近くの窯で木材を炭にする作業をしていたサイゲートは思わず作業の手を止めていた。

 冬は雪の日が多い赤月帝国にしては珍しく、本日は晴天である。ちょうど頭上に昇っている太陽を仰ぎ、サイゲートはその日差しの強さを確認した。頬を過ぎていく風は生暖かいが、陽光は未だ冬の様相を呈している。サイゲートの周囲には掻き分けられた雪が小山のようになっているのだが、それも平素と同じように地面の色を吸って黒く固まっていた。風だけが、他国からの来訪者のように異質なのである。

(……いやな風だな)

 この季節に、こんな風は感じたことがない。何かよくないものを運ぶように思い、サイゲートは眉をひそめて白く染まっている森を遠望した。







 街でサイゲートが異変を感じていた頃、王城へ赴こうと屋敷を出た海雲も眉をひそめていた。

(なんだ、今の風は)

 頬を過ぎていったのはまるで、春の訪れを告げるように暖かな風だった。だが今はまだ、赤月帝国は厳冬期である。雪融けを待たぬ季節にそのような風が吹きつけるなど、海雲が知る限りでは初めてのことであった。自然の変異は漠然とした嫌な予感を生じさせる。王城へ行くことを取りやめた海雲が屋敷へ引き返そうとすると、急を報せる者が駆け寄って来た。

「ご報告致します。大聖堂(ルシード)軍が侵攻を開始しておりました」

 配下から報告を受けた海雲は耳を疑った。まだ雪融けも始まっていないこの時期に侵攻など、有り得ない。だがそれ以上に、海雲は配下の報告が過去形であることに憤りを隠せなかった。侵攻を開始していた(・・・・・・・・・)とは、一体どういうことなのか。

「敵が接近しているとの報せは受けていない。何故気付かなかった!」

「この冬は積雪も多く、誰もが雪融けまで侵攻は有り得ないと思いこんでおりました。申し訳ございません」

 彼の言う通り、確かに今年の冬は積雪が多い。そしてこの積雪の中、しかもいつ天候が変わるかも分からぬ中での侵攻などは死に等しい。だから海雲は里の者にも休養をとらせ、監視も交代制にしていたのだ。だが他国との唯一の接点であるかげろうの森には常に気を配っていた。接近を許したのには何か理由があるはずだ。それを突き止めなければならないと思った海雲は配下に詳細な報告を促した。

「数日前から流民と思しき者達がかげろうの森へ侵入したことは確認しておりました。大聖堂軍も流民から編成されておりますので気を配ってはいたのですが、彼等は狩りをするばかりで罠にもかかってしまうような者達でしたので冬の貧困にみまわれた流民であると判断いたしました。食料を求めて冬の森に立ち入る者がいるのは毎年のことですので、棟梁のお耳に入れるまでもないと報告を怠っておりました。それが気付いた時には数を増し、集団を形成していたのです」

 詳細を聞けば聞くほど言い訳めいてくる説明に、海雲は唇を噛んだ。海雲は街の者達を甘いと罵ってきたが、緩みは白影の里にまで及んでいたようである。それは同時に、冬の間は大丈夫と過信した己の慢心なのだ。

「もういい。数は?」

「おそらく、大聖堂軍の大半かと」

 大半が森へ侵入して来たと聞き、海雲は口元に手を当てて考えを巡らせた。

 全軍を使った攻撃演習をしていた大聖堂は冬が訪れると同時に軍を幾つもの小隊に編成し直した。海雲はそれを冬越えの準備として捉えていたのだが、小隊に分けた目的は別のところにあったらしい。

(冬越えのためではなく、こちらの目をくらませるのが目的か)

 読み違いであることには違いないのだが、冷静になってみればそれほど脅威を感じはしなかった。敵は不意をついたつもりなのだろうが罠と雪に阻まれた森でどれだけの働きが出来るのか。ただの流民に見せかけて少しずつ兵を入れるなど、手間をかけるのなら春まで待つべきだったのだ。

(好都合だ)

 自ら侵攻することは出来ずとも、赤月帝国の領土に踏み入ってきたのならば壊滅させてやることも出来る。今までは王のやり方を憚ってなるべく死者を出さずに済ませてきたが、軍事における最終的な決定権は白影の里にあるのだから。

(二度と、馬鹿な考えは起させないようにしてやる)

 未だに跪いている配下を促し、海雲は怒りにぎらついた瞳をまだ見ぬ敵兵へ向け歩き出した。

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