09「再現への一歩」
思ってたより早めに投稿できました。
それと予告していたタイトルを変更しました。
これが本当の、タイトル詐欺やでぇ……sorry
「クギュアーーッ、ッ!!グエエエエエエエエエエエーー」
室内に響く獣の絶叫。
魔法によって拘束された緑狼<グリーンウルフ>が、12目のひとつを8つ叉のピンセットで抜き取られ呻いた。
ドクッドクッと脈打つ赤く充血した眼球を観察しているのは、黒の館の主、メイディーブラッドだ。
照明に照らされた金髪は、人工の光でさえも美しく輝いていた。幼い顔立ちはまるで人形のよう。少し悪戯っ子のような目も、より幼さを感じさせる。
ここは黒の館地下3階。
無機質な部屋に囚われたお姫様に見えなくもないが、彼女の隣に設けられた大理石で出来たテーブルーー実験台に力無く横たわっている緑の魔物が、そんな淡い幻想をぶち破っていた。
「……やはりそうか。これは盲点だった」
眼球の裏側、神経が繋がっていた部分に淡く光る水色の文字があった。
よく見れば文字はただの文字にあらず、紋様を描いているそれは魔方陣である事を語っていた。
「ーー光<ひかり>は光<こう>に、鋭く束ねよ」
光合成で得たエネルギーをレーザーに換える魔方陣であることが推測された。他にも放出時の出力増加など、幾つか補助のための陣が見られた。
「獣が文字を書けるはずもないし、ましてや自分の眼球に書くだろうか? ……ないね」
おそらく、とメイディは考える。
数十年前にも同じように徹底解剖したが、葉緑体を取り込んでいる事しか分からなかった。
ブラッドの血筋はその名の通り血に関係する能力を持つ。
正確には、血液からその者の情報を知ることが出来る。
調べたい相手の血を体内に取り込むだけで可能だが、不便な点は空気中に出された血は劣化が早く、正確な分析が困難なことだ。
原則、相手の肌に歯をたて直接"吸血"する必要があり、その姿からかつては吸血鬼として恐れられていた。
勿論緑狼<グリーンウルフ>からも吸血したが、葉緑体を体内に取り込んでいる事と欺瞞のスキルを持っている事しか分析結果からは分からなかった。
その理由が、この眼球にある魔方陣だ。
魔方陣は魔力があれば特に素質は問われない便利な"道具"だ。
例えば魔法使いを吸血すれば、どの属性魔法を習得しているのか、使える魔法なんかも見れたりするが、杖等が保有する固有の魔法は魔法使いのステータスではないので知ることは出来ない。
要するに、"道具"の解析はブラッドを以てして行うことは出来ない。
更にはこの眼球、所有者が死ぬと効力を失うようだ。
低く苦痛の声を発している魔物の隣には既に息絶えた魔物がいた。
死んだ魔物の目は全てくり貫かれているが、そこに魔方陣はない。
この魔物にも、今と同様にピンセットでくり貫いた際にはきちんと眼球に魔方陣が刻印されていた。しかし絶命すると同時にその魔方陣は跡形も無く消えてしまったのだ。
前に捕まえて分析したときは死体を調べたので魔方陣が消えてしまっていたのだろう。
情報漏洩を防ぐためか? どうにも人間臭い。
書物に出てくる人間は素晴らしい発明をたくさんしていたが、どれも戦争から生まれたものが多かった。
恐らくこのレーザー魔法も人間が産み出した技術だと思う。
もっと言えば、この葉緑体も人間が移植させたように思えなくもない。目の数の増え方も異常だ。
レーザー魔法を開発し、それを効率良く行うために魔物に葉緑体を移植しエネルギーとし、攻撃を強くするために砲台となる目の数を増やした。
暗殺者として仕上げるために小型化し、欺瞞スキルも付与した。
これがおおよその全容だろうとメイディはひとまず決定付けた。
まるで品種改良みたいだ。そうなると黒の館は品質検査と改良のための実験場か?
ふざけやがって。
「ーー人工付加魔法。そう呼ぶことにするよ」
いずれ別の品種改良された魔物も出てきそうだ。
もしかしたら人間も改良してるとなると、頭のネジが10本くらい外れているのかもしれない。
謎も解明出来たし、これで終わりにしよう。
眼球の魔法をもう少し調べたい所だけど、葉緑体ありきの魔方陣では応用出来そうもないし……と思ったところで名案を閃いた。
(今度植物に刻印してみよう)
植物は思考しないけど、近づいたら撃つような魔方も一緒に刻んでおけば問題ない。
何より植物に魔方陣を刻むだけで良いと言うお手軽さで館の防衛機能を果す事が出来る。
「いやぁ、良いこと思いつちゃったなぁ。ほんと、ありがと。ばいばい」
メイディが帯刀していた"不動"で緑狼<グリーンウルフ>の首を切断した。
魔物が息絶えると、眼球の魔方陣も輝きを失い、消えてしまった。
さて、次に取り掛かろう。
魔物の血で汚れた部屋を出る。
扉が閉まり、館の主が出ていくと部屋が湾曲した。
床が波打ち、2体の魔物を一ヶ所に集めると床が大きく凹み、割れてできた穴に吸い込まれていった。
部屋は何事もなかったかのように、お客が来るのを待っている。
ーーーーーーーーーー
丘の上から見る朝日は別格だ。空が広くて自然の雄大さを感じる。風が僅かに吹いていて、からっとした空気が袖を抜けていく。
と気が弛むのも仕方がないことだった。昨日からもう何年も時が経ったように感じるほど、濃い時間を過ごしたのだ。兵士達の精神は大自然へと溶けていく、洗われていく。
しかし非常識は彼らに更に追い討ちを掛けるのだ。
街を丁度正面に見る事ができるこの場所に呼び出したメイディは、昨日と違い白を基調とした服を身に付けていた。
彼女は右手を天に伸ばし、高らかに告げた。
「顕現せよ、"ロード"!」
ズッーー
大地が沈んだような、そんな錯覚を脳に起こしたなら、その感覚は至って正常だ。
彼らの足元にはさっきまで無かった、とてつもない質量を持ったものが顕現していた。
全て真っ黒に染め上げられたそれは、黒の館がある丘と、アウダウンとを真っ直ぐに繋いでいた。
「かい、だん……?」
現れたのは、長さ1500mの階段だった。
それもここにいる兵士21人が横並びに降りていっても十分余裕のある幅を持ち、手すりの代わりに1mの壁をサイドに備えた階段だ。
中央に5段ごとに50cmほどの六角形の水晶が淡く水色の照明の役割を果たしている。
他に装飾品はない。ただただ、ひたすら黒い階段が続いている。
「不干渉協定が作られるまでは、この"ロード"が館と街を繋いでいたのです」
老執事ケルディが答えたように、8代目ブラッドが街の一部を破壊してしまった際に結ばれた不干渉協定により、"ロード"は取り外された。
8代目は"ロード"を気に入っていたので、取り壊すことは勿体無いと、召喚物にしてしまったのだった。
それなりの魔力が必要だが、いつでも消す事も、召喚する事も出来るようになっている。
魔力をほとんど持たない兵士ではあるが、これがどれだけの力を要するのか、漠然とではあるが理解してしまう。
結局のところ、魔法は魔力を消費して使うものである。
10kgを手で持ち上げるのに使う体力と、10kgを魔法で持ち上げるのに使う魔力は等号関係にある。体力のほうが多いなら剣士等に、魔力のほうが多いなら魔法使いに向いているというわけだ。
黒の館の主は、魔力を消費してこの"ロード"と呼ばれる階段を召喚してみせた。
兵士である彼らが、これを持ち上げるだけの体力があるだろうか。
(無理に決まってるだろうが)
アウダウンの人間全員で掛かっても無理に違いない。やはり、館の主に協力を頼むのは間違いだったのだろうかと、再び見せつけられた圧倒的な力を前にもカールはまた考えてしまう。
とにかく、戻ろう。戻ってダダンと考えよう。こういうのは、あいつの方が得意だからな。
「あなた達は"ロード"で降りていけばいいわ」
「館の主殿は、どうされるのですか?」
「私は早急に、やらなきゃならないことがあるから、先に行かせてもらうわ。ケルディ」
名を呼ばれた老執事の体が変容する。
燕尾服をはち切れんばかりの肉体が更に盛り上がり、服が肌と同化するようにして姿を消した。
現れたのは肌を多い尽くす黒い毛。
同じ現象が肩から胸、胴、腕と下へ変化が進んでいく。
「 ーーッ! "黒キ獣"!」
兵士の一人が呟いた。
宙に浮いていた前足が地面へと降り、二足歩行の人間から四足歩行の獣へと、老執事ケルディは変身を遂げた。
見事な黒い毛並み。爪も、目も何もかもが黒い。
夜であれば、視認することは不可能だろう。
全長4m近くの"黒キ獣"の頭をそっと、黒の館の主メイディは撫でてあげた。
メイディに平服する獣は、アウダウンの伝承に出てくる"黒キ獣"に酷似していた。
一節にこう記されている。
ーー主<しゅ>は、全てを黒に染めた"黒キ獣"と共に来た
闇と見紛うその姿は、正に伝承通り全てを黒に染めた獣、"黒キ獣"であった。
「 グルルルルァァ…… 」
その声に聞き覚えがあるようなと思ったのは、昨日黒の館に侵入した際に、鍵のかかっていなかった鉄扉を開けた兵士だった。
「あれは、まさか……?!」
他の者も気付いたようだ。
"黒キ獣"には鉄扉越しに既に会っていたのだ。
兵士達を気絶させ、侵入を阻んだ者の正体に10名が蒼白になった。
伝承によれば、"黒キ獣"は主<しゅ>の攻撃準備が整うまで魔物の軍勢1万を相手に凌いだという。
かなり手加減されていたとは言え、そんな存在が自分達に牙を向いたのだと思うと、自然と手足から力が抜けてくる。
昨日の、黒の館の主の強さを見れば伝承通りに違いない。
そして"黒キ獣"が実在するということは、伝承は事実に基づいて作られているとなれば……
きっとこの二人であればバケモノを殺してくれるに違いない。
違いないのだがーー
他の兵士達も、カールと、同じ見解に行き着く。
(一体対価として、何を払えば良いのだろうか? 何を払わされるのだろうか)
確実にバケモノは排除されるに違いない。しかしその後はどうなるのか?
彼らは気づいていない。
そんな思考が出来るのは、メイディの魔法によって鎮静されているからだと。
本当はもっととうしようもなく黒く滲んでいて、自分以外にバケモノを殺させるなんて考えられないほど憎しみに囚われているというのに。
「それじゃあ、お先に行ってるわ。新しいお客サマ方の相手をしなければいけないの」
ケルディに跨がったメイディが兵士達に声をかけた。
朝日に照らされた黒と白のコンストラストは神々しく、まるで絵のようだ。
「それと、実はあなた達に魔法を掛けていたんだけど、"ロード"を降りたら切れるから、覚悟しておくことを忠告しておくわ」
そう言い残して、ケルディは何もない宙に足を掛けた。
もう何が起きても驚くまい。"黒キ獣"は空を走ったのだった。
二人が向かうのはアウダウン。
黒の館に最も近く、かつてブラッドが治めていた領土の一部。
ケルディが宙を駆けていく様を、残された兵士達は朝日に手を翳しながら見送った。
「お客って、誰のことさだ?」
「さあ? 統括長でもこっちに向かってきてるのかね?」
ここで街長の名が出てこないあたり、信頼の薄さが伺えた。
あのフレデリックが、わざわざ、来るはずがないという考えはここにいる兵士だけでなく、アウダウンに住む人間全員が思うことに違いなかった。
「なあ、なんか……森から影が伸びてねえか?」
「太陽が出てきてるんだし、そりゃ伸びんじゃないすか?」
「……いや、それだと影が伸びる方向がおかしくないかーー」
太陽は東から昇るのだから、西へと影は伸びていくはずだ。
しかしアウダウンの更に奥にある森に射す影は、南の方へと伸びていってるのだ。
もちろん、本当の影は今この瞬間も西へ伸びている。
本当の影?
なら、これは影ではない?
「……魔物だ」
影は影ではなく、昨日館を襲撃してきた、館の主が緑狼<グリーンウルフ>と呼んでいた魔物の群れだった。
「どんだけいるんだ……!! 1000……いや、まだ増えてる……!?!?!?」
魔物の影は、その面積を拡大し続けていた。
更に目を疑うことに、魔物は分裂したのだ。
12の目を持つ緑狼<グリーンウルフ>が分裂し、1つ目の魔物へと変化した。12目の状態で1000体居たとすれば、12000体の軍隊となったということだ。
その様子を上空から眺めていたメイディは嬉しくて嬉しくて堪らなかった。
思わず口が蕩けてしまいそうだ。ああ駄目だ駄目だ。これは歪むのも無理はない。
アウダウンに伝わる黒き館に纏わる伝承。それは街が造られるに至った伝承でもある。
この土地に魔物が蔓延り、住処を追われることになった人々の前に突如黒い獣と、それに跨がる一人の人間が舞い降りた。魔物達を一振りの剣で凪ぎ払うだけで、一万の魔物が命を絶ったという。
それは実話であり、初代ブラッド、エンペラーが成し遂げた偉業。
人々はエンペラーに平服し、ブラッドが治める領土を新たに増やした瞬間であった。
今、目の前で同じことが起きようとしている。
「伝承の再現をしようじゃあないか。ふふ」
次回、「一万と二千の軍隊」