凶悪な牙
月夜の光が窓から差し込む暗い自室で、ウォリックは一人立っていた。
「トラヴィスよ。お前が犯した罪は大きい。その報いを今、受けてもらうぞ」
その日の昼間、トラヴィス一行は浜辺にある漁村に足を運んでいた。
今日は実に穏やかな天気で、清々しい気分になれた。
上空ではカモメの鳴き声が聞こえ、また近くではザーザーと波の穏やかな音が聞こえる。
まるで吸血鬼のことを忘れさせてくれるような気分であった。
ジャービスは気分が落ち着いていた。
あの日の夜、グライムズの言葉を自分なりしっかりと考え、そして一人だけで復讐を行うのをやめたのだ。
そのグライムズはジュリアに剣の稽古を施しており、村人の何人かが二人の稽古を見ていた。
剣と剣がぶつかり合う音が聞こえる。
ジャービスは砂浜に立ち、前方から見える広大な海原を見つめる。
ジャービスの脳裏には幼き頃に家族でこことは違う漁村に訪れた時のことが浮かんでいた。
家族でピクニックをし、その漁村で美味しい海の幸を存分に味わったものだ。
あの時は本当に楽しかった。
「父上…」
すると、背後からトラヴィスが自分の方へ足を歩ませ、自分の隣に立った。
「よく思いとどまったな…」
「トラヴィス殿…」
二人は前方から見える海原を見つめながら会話を交わした。
「あの日の夜な。ジュリアと話をしたんだ。お前の立場となって考えれば、無理に引き留めない方がいいってな」
復讐に駆られた者を引き留めるのは容易なことではない。
トラヴィスとジュリアも愛する者を吸血鬼に殺されている身であり、ジャービスの心境を理解できた。
「しかし、ジュリアは言っていたよ。『ジャービスを失いたくない』ってな」
トラヴィスとグライムズの絆が固いならば、ジャービスとジュリアの絆は固い。
二人は今、トラヴィスとグライムズの元を同行している身であるが、トラヴィスとグライムズとの関係に関しては未だ互いに理解していない部分があった。
その一方でジュリアとはスティールの元で同じ釜の飯を食った仲である故に互いのことをしっかり理解していた。
「ジュリアが教えてくれたんだがな、いくら鍛練を積んでも中々上達できない自分を常に支えてくれたのはジャービスだ、と言ってた。俺やグライムズは未だお前達のことを理解できていないところはあるが、お前はジュリアと付き合いが長いだけに、ジュリアからかなり信頼されているな」
トラヴィスはジャービスの背中を軽く叩いた。
ジャービスはトラヴィスの言葉を聞いて、自分はグライムズ殿の話をしなければ単独でノスフェラトゥへの復讐を行っていればジュリアを悲しませてしまったのやも知れない、と思った。
ジュリア…。僕はもう少しで君を悲しませてしまうところだったんだね…。すまないことをした…。
空が夜に変わった頃、外には人の姿は一人足りとも見えず、聞こえるのは相変わらず穏やかな波の音だけであった。
静かな浜辺をグライムズは一人歩いていた。
この村はさほどものがなければ、宿だってさほど立派なものではない。
しかし、どういう訳であるが、この村は気分が落ち着くのだ。
砂浜に腰を下ろそうとした時であった。
前方から一人の娘が自分の方へ歩いてくるのが見えた。
「誰だ。あの娘は?」
この村では見たことない顔であった。
娘は自分の前で足を止めると、ニコリと笑みを浮かべる。
「あなたは確か…グライムズさんね…?」
この娘とは初対面にもかかわらず、自分の名前を知っていた。
「どうして俺の名前を…?」
グライムズは尋ねる。
「なぜって、あなたが有名なヴァンパイア・スレイヤーさんだからよ」
娘はクスクスと笑う。
「君には悪いが、俺は有名人なんかじゃないよ。ところで、君は何者なんだ?」
グライムズは娘に名を尋ねる。
「私の名はクレアよ」
娘は自分の名を言う。グライムズは、まさかこんなところでノスフェラトゥの娘と対面するとは思ってもいなかった。
トラヴィスに会いに来たとでもいうのか。
しかし、自分達の元へ訪れるということはわざわざ殺されに来たようなものであり、グライムズはクレアの言葉を疑った。
「トラヴィスは元気にしている?」
「ああ、あいつは元気にしているよ。相変わらず君のことを忘れられないようだがね…」
クレアはグライムズの言葉にフッと笑うとその瞬間、高笑いをした。
「トラヴィスって意外と未練がましい男だったのね。私を愛しているですって。嘘もほどほどにしてほしいわ」
クレアはトラヴィスを罵った。
自分の目の前に立つクレアは、トラヴィスから聞いたクレアとは違った。
「ほんとだよ。トラヴィスはできることならば君とは戦いたくはない、と言っているんだ」
「ならばそれが本心かどうか確かめるべきね」
その瞬間、クレアが自分に襲いかかった。
グライムズはよける間もなくクレアに押し倒され、その同時に首筋を噛まれた。
「ウワァァァァーッ!」
グライムズは悲鳴を上げた。何てことだ…。よりによって自分が吸血鬼に噛まれてしまうなんて…。
クレアは残忍な笑みを浮かべながらグライムズの血を吸った。
そのただならぬ悲鳴にトラヴィス達は目を覚まして宿から出た。
「ああ!」
そこには一人に娘に押し倒された状態で噛み付かれているグライムズの姿があった。
「グライムズ!」
トラヴィスはグライムズの方へ足を走らせると、その娘を引き離して砂浜に突き飛ばした。
「グライムズ。大丈夫か?」
グライムズは首筋の片側を噛まれ、そこから血を流していた。傷口は思った以上に深かった。
「トラヴィス…。俺のことはいい…。ジャービスとジュリアを連れて…この村から出ろ…」
グライムズは表情を歪めながら片手で噛まれた傷口を押さえ、トラヴィス達に自分をおいて一刻も早く村から出るよう命じる。
「何を言っているんだ。あんたをおいていける訳ないだろ…。さあ立つんだ!」
トラヴィスはグライムズを起こそうとした時、
「女に手を上げるなんて…あなたらしくないわね…。トラヴィス…」
娘はムクリと体を起こした。
その声にトラヴィスは動きを止めて、頭を娘の方へ振り向ける。その瞬間、トラヴィスは言葉を失った。
自分の目に見える娘は間違いなくクレアだったからだ。




