もう一度人間に戻れたら…
人間と吸血鬼が結ばれるなんてできっこない話ではあるが、クレアは今もトラヴィスと共に結ばれることを望んでいた。
クレアにとってトラヴィスは失いたくない存在であった。
しかし、父、ノスフェラトゥはクレアがよりによって自分達の仲間を殺してきたトラヴィスを思う気持ちに怒りを抱いていた。
クレアには母親がいない。
クレアの母親は数年前にトラヴィスに殺されたのである。
故にノスフェラトゥのトラヴィスへの憎しみはかなりのものであった。
「私にはお前の気持ちがさっぱり理解できないね。あ奴はお前の母親を殺したのだぞ。それでもあ奴を思うのか?」
本来ならばトラヴィスを憎む気持ちに駆られるが、クレアは母親を殺された憎しみより、トラヴィスへの気持ちの方が強かった。
確かに母親が殺された時は悲しみ、ヴァンパイア・スレイヤーを憎んだが、トラヴィスと出会ってからどういう訳であるが、その悲しみが薄れてしまったのだ。
無論、母親がトラヴィスに殺されたことを忘れた訳ではない。
だが、今のクレアはトラヴィスを愛する気持ちの方が強かったのだ。
「それにあの男は、私の親切を突っぱねた。私は紳士的に接してやったが、あの男の頭の中は我々を殺すことでいっぱいだ。それだけあ奴は我々を憎んでいるということなのだよ」
たとえ娘がトラヴィスを愛していようが、自分やウォリックからすればトラヴィスは疎ましい、いや今すぐにでも殺してやりたい存在に過ぎなかった。
「私は父様も兄さんも失いたくない…。……分かった…。私がトラヴィスを説得させるわ」
クレアの頭の中は何もトラヴィスのことでいっぱいという訳ではなかった。
吸血鬼とヴァンパイア・スレイヤーがこのまま互いの血を流し合う抗争を続ければ父や兄は死んでしまうやも知れない。
クレアは今、トラヴィスを説得できるのは自分だけだ、と思っていた。
「この期に及んで未だそのようなことを言うのか。バカなことを言うものではない。お前が説得したところであ奴が大人しく手を引くと思うか。ウォリックから聞いたが、お前は死にかけていたそうではないか。お前に手をかけたのはトラヴィスなのだろ?」
クレアは首を横に振る。
「違う。私を殺そうとしたのはトラヴィスじゃない!」
「では、お前を殺そうとした犯人がトラヴィスでないのならば、誰なのだね?」
あの時、クレアを瀕死にさせたのはローリーだ。
しかし、クレアはローリーの名前はおろそか彼女の存在すら知らなかった。
「ともあれ、一度救われた命を無駄にするものではない。お前は死ぬのに未だ早すぎる。トラヴィスの件は私に任せておけ。いいな?」
父に任せればトラヴィスは完璧に殺される。父はトラヴィスを生かすつもりなどないのだ。
「それで私が納得すると思う。父様に任せたらトラヴィスは完全に殺されるわ」
クレアは父親を睨む。
「殺す気はないさ」
「嘘を言わないで。父様は、口ではそう言っているけど本心はトラヴィスを殺す気でいることくらい分かるわ」
クレアは父の本心くらい読んでいた。
自分にとってトラヴィスが愛する存在ならば、一方で父にとってトラヴィスは一刻も早く消したい存在なのだ。
クレアの言葉にノスフェラトゥはそこまで読まれていたとはな、という表情を浮かべてからフッと笑った。
「私はお前の気持ちを全く理解していない訳ではない。人を愛する気持ちは理解できる。だがね、私はお前を失うのが怖いのだよ」
愛する妻を亡くした上に、愛する娘までは亡くしたくない。ノスフェラトゥにとってクレアはウォリックを含めて目に入れても痛くないほどかわいい息子と娘なのだ。
「何度も言うようだが、あ奴はお前や我々を殺す気でいるのは確かだ。だが、そんなことはさせない。お前やウォリックは私の大切な家族だ。死ぬす訳にはいかぬ」
クレアが自室でスースーと寝息を経てている時、ウォリックはノスフェラトゥの自室に足を運んでいた。
「あ奴を先に始末すれば、トラヴィスにかなりの痛手を負わすことができる」
ノスフェラトゥが一刻も早くトラヴィスを殺したいのならば、ウォリックの考えは違った。
ウォリックはトラヴィスを先に殺すよりも、トラヴィス以外の者を殺して痛手を負わしてやった方がいい、と思っていた。
「私はね、思うんですよ。トラヴィスがここまでやってくれたのは何も奴一人のおかげではないとね」
ウォリックは何もトラヴィスを侮っている訳ではない。トラヴィスが脅威なのは確かだ。
しかし、ここでトラヴィスを支えている人物を一人ほど消したらどうなるか、と考えていた。
「するとお前はトラヴィスの仲間の誰を殺そうと言うのだね?」
ウォリックは頷く。
「父上は『そんなまどろっこしいことをせずにトラヴィスを消せばいい』と思っておられるかも知れませぬが、それでは面白くない」
ウォリックはニヤリと笑う。
「あ奴は我々の仲間を殺め過ぎた。それだけの報いを受けさせてやるんですよ…」
ウォリックはノスフェラトゥ以上に残忍な人物であった。
ノスフェラトゥは息子ながらもウォリックの行動や言動が時より恐ろしく思えることがあった。
が、トラヴィスのことはしばらくの間、ウォリックに任せてみようではないか。
「よかろう。トラヴィスのことはお前に任そうではないか」
ノスフェラトゥはウォリックの意見を飲んだ。
「ありがとうございます。父上」
ウォリックはノスフェラトゥに礼を言った。




