熱くなるか冷静になるか
教会内はジャービスの父親と神父達の血で染まった。
外では大雨がすっかり止み、日が沈もうとしていた。
トラヴィス一行はそれらの遺体を外に出して、教会の裏側で埋葬していた。
グライムズは中で見付けたスコップに穴を掘ると、トラヴィスに遺体を穴の中へ入れるよう命じる。
それらの遺体は手足、首をバラバラに切断されていた。
というのもそのままで埋めてもまた吸血鬼達に掘り起こされ、吸血鬼化させられる可能性があるからだ。
「遺体とはいえ、首のみならず手足をバラバラに切断するって何か嫌なものね…」
ジュリアは自分がバラバラに切断した遺体をグライムズが掘った別の穴に入れる。
「確かにね。彼らには悪いけどこれで吸血鬼やグールにならないのならばいいんじゃないのかな?」
ジャービスは隣の穴に遺体を入れる。
その遺体は己の手で殺した父親のものであった。
「これで父上は己の罪から解放されたはずだと思う…」
父親の遺体を切断したのもジャービスであった。己の手で殺すのみならず遺体をバラバラにしなければならないのだから、これほど辛いものはないだろう。
「そうね。あんたのお父さんもきっと喜んでいると思う…」
ジュリアはジャービスを気遣う。
全ての穴に遺体を入れると、トラヴィスはその穴の一つ一つに油を注ぎ、そして松明を一本一本投げ入れた。
油がかかった遺体は瞬時に炎に包まれる。
黒い煙が空を舞う。
埋葬が終わったのであった。
その日の夜は教会内で一晩過ごすことにした。
壁や床についた血の拭き掃除はしていなかったものの、そこまでする気になれなかった。
教会内には食べ物があった。
ジュリアとトラヴィスは席に座りそれらを食べていた。
「グライムズ。一緒に食べないか?」
トラヴィスはグライムズに話しかける。
「いや、今はいい。それよりジャービスの様子を見てくる」
中にジャービスの姿はなかった。
さきほど「しばらくの間でいいから一人にしてほしい」と外に出ていた。
今回のことで一番傷付いたのはジャービスであることに間違いはない。
グライムズは足をドアの方へ歩ませ、外へ出た。
教会の裏側にジャービスは一人立っていた。
その近くには父親が眠る墓があった。
「父上…」
ジャービスの父親は決して悪い人間ではなかった。
貴族という身分でありながらも、威張るようなことをあまりせず誰からも愛される人物であった。
ノスフェラトゥの存在さえなければ父親は未だ未だ生きれたはずである。
あいつさえいなければ…。
ジャービスは拳をギュッと握り、込み上げる怒りを抑える。
「気持ちは分かるが、ここでお前が爆発すれば奴の思うつぼだぞ」
その声にジャービスは頭をその方へ振り向ける。
グライムズが自分の方へ足を歩ませてくるのが見えた。
「一刻も親父さんの早く敵を打ってやりたいと思うが、ここは焦るな」
ジャービスはグライムズの言葉に頷く。しかし、グライムズは今のジャービスに自分の言葉が届いていないことを読んだ。
「……行きたければ行っていいぞ」
その言葉にジャービスは一瞬、驚いたような表情を浮かべる。
「今のお前に俺の言葉は届いていない。お前は俺達と手を切ってでも一刻も早く親父さんの敵を打ちたい、と思っているはずだ」
その通りであった。
ジャービスはたとえトラヴィス達と手を切ってでも構わないから一刻も父親の敵を打ってやりたいと思っていた。
最愛の人間を殺された者の怒りはすさまじいもので、グライムズにはジャービスの怒りは理解できた。
「だが、これだけは言っておくぞ。吸血鬼というのはお前が思っているほどに甘い相手ではない。ましてノスフェラトゥはそこらの吸血鬼以上に甘くはない。そしてどんな経験豊富なヴァンパイア・スレイヤーでもあいつらとの戦いで明日の朝日を拝められるかどうかも分からないほどだ」
グライムズは経験豊富な故に吸血鬼が思った以上に簡単な相手ではないことをいやというほど理解していた。
その一方でジャービスはこれでもスティールの指導を受けていたものの、グライムズとくらべれば経験不足であり、吸血鬼が単純な相手ではないことを理解していないところがあった
吸血鬼との戦いは感情任せでは通用しないのだ 。
「……確かに僕は貴方やトラヴィス殿と比べれば役者不足だが、あいつだけは絶対に許さない。父が、ああなったのもあいつのせいだ…」
ジャービスの中ではノスフェラトゥへの憎しみ及び殺意が炎のようにメラメラと燃え上がっていた。
「何度も言うように俺はお前の気持ちは理解している。だが、こんなことは言いたくないが今のお前の実力ではノスフェラトゥを倒すことは至難の技だろうな」
自分達と共に行動をすることでジャービスの腕は上がったが、グライムズの目から見てジャービスの実力は未だ役者不足であった。
今のジャービスの力ではノスフェラトゥを倒すことはままならぬであろう。
とはいえ、グライムズはジャービスの気持ちを理解できなくはなかった。
しかし、ここでジャービスの感情を爆発させて突っ走らせる訳にはいかなかった。
「いいか。ジャービス。俺や皆はお前の気持ちは理解しているんだ。だがな、ここでお前を一人で突っ走らせて死ぬす訳にはいかないんだ」
それはトラヴィスもそうであるが、グライムズは親友の二人の弟子を仲間として受け持っただけに責任があるのだ。
「だが、どうしても行くのならば好きにしたらいい。後はお前が決めることだ」
グライムズは踵を返して足を歩ませてジャービスの側から立ち去った。