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その後の拾い嫁



 ゴブさんと再び洞窟で暮らし始めてから間もなく、私はとある問題に悩まされていました。


「……うーん、暇です」


 パーティーもなければ、使用人もいないこの状況で、彼の妻としてやるべきことというものが何ひとつ分からなかったのです。

 一般的な貴族男性と結ばれたのなら、家中の者の掌握や、日々の茶会や夜会における采配、折々には懇意にしている他家への付け届けなど、様々気を使わなければいけない事柄があったはずでした。

 が、魔物に身ひとつで嫁いだ私には、そういったものは、もはや別の世界のお話と成り果てています。

 では、噂に聞く市井の奥方らしく、掃除に洗濯、食事など、これまで使用人任せにしていた諸々を請け負おうと考えれば、ゴブさんが手際よく片付けてしまうので口を挟む隙もありません。


 いえ、正確には、頼み込んでそれぞれ挑戦させていただいたことはあるのですが、あまりに散々すぎる結末続きに、即日、やんわりと手出し禁止を言い渡されてしまったのです。

 ちょっと、広間にある敷物代わりの枯れ草を替えようとして埋もれてしまったり、寝室の大きな毛皮を日干ししようとしてグルグル巻きになって動けなくなったり、唐突に柄の中ほどから折れたハタキの切っ先が喉に刺さりそうになったり、洗濯用の深めの水場で溺れそうになったり、物干しヒモが首に絡まって窒息しそうになったり、食材と一緒に腕を切り落としそうになったり、スープの煮えたぎるお鍋に向かってコケそうになったり、しただけなんですけどね。

 あ、ゴブさんのおかげで危険は全て回避されています。


 こちらの気を酌んで一度は頷いたけれども、仮にも元貴族のお嬢様だった私が、ゴブさんとツガイになったことで、しなくていいはずの苦労をしたり、傷付いたりするのは、やっぱり耐えられない、と。

 そんなメッセージと共に手を包まれ、真剣な眼差しを向けられたら、もう頷くしか出来ませんでした。


 まったく……私の旦那様ってば、過保護といいますか心配性といいますか。

 どんなことだって、慣れるまでは多少の痛みが伴うものでしょうに。

 ねぇ?


 そういった経緯で追加された禁止行為を除けば、他に私ができることで、更にこの住居でも可能である技能といえば、おそらく刺繍くらいでしょう。

 けれど、それだって、洞窟内に多少の彩りを添える程度で、実質、生活の役に立つわけではありません。

 繕い物はまた別のお仕事ですし、そちらは使用人にやってもらっていましたからね。

 そして、もしかして、もしかすると、その刺繍すらゴブさんの方が得意である、もしくは、近い未来にそうなる可能性があります。

 ぞっとしない話です。

 あの魔物は、見た目にそぐわない器用さで、教えたことも教えないこともすぐに吸収して自分のものにしてしまうのです。


 あぁ、恐ろしい。

 優しくて強くて何でもできる私の夫、姿かたち以外、完璧すぎるでしょう。

 あぁ、つらいつらい。彼が最高で伴侶の私つらいですぅー。

 ふふふ……旦那様……ゴブさん……ツガイ……うっふふふ。


「ギョギャッギョー」


 あっ。考えごとをしている内に、ゴブさんがお昼の狩りから戻ってきました。

 早速、お出迎えにいきましょう。

 今の私でも唯一できる妻のお勤めですから、こればかりは欠かせません。


「ゴブさん、おかえりなさい。

 今日はお肉ですか、それともお魚?」


 はしたなくない程度の早足で出入り口へ向かい、やがて視界に現れた深緑色の肌の小柄で筋肉質な魔物に声をかけます。

 それに反応した彼は、無邪気な笑みを浮かべて、獲物を持つ右手を高く掲げました。


「ギャギョーウ」

「まあ、ポポコ鳥ですね!」

「ギュアっ」

「美味しいけれど、とても捕えにくい鳥で、上流貴族のパーティーの席にも滅多に上らないという高級品なんですよ!

 キャー、さすがは私の旦那様! ステキ! 最高のツガイ!」

「ギェッゲ!」


 喜びに沸き手を叩いて褒めちぎれば、ゴブさんはいかにも得意げな表情で腰に拳を当て、胸を大きく反らします。

 なんとも素直で可愛らしい旦那様です。

 彼はツガイ想いの素晴らしい魔物なので、きっとまた愛する妻の笑顔のためにポポコ鳥を獲ってきてくれることでしょう。

 あぁ、今夜の食事が待ち遠しいっ。

 煮ますか? 揚げますか? 焼きますか? 蒸しますか?

 旦那様が作る料理なら、きっと何でも美味しいですね。


「ありがとうございます、ゴブさんっ。

 貴方のツガイになれて、私、本当に幸せです!」


 今にも踊り出しそうな浮かれた心地のまま、スカートから取り出したハンカチで彼の頬の汚れを落として、そこに軽い口付けを贈ります。

 途端、眼球が零れ落ちそうなほど、限界まで瞼を開いて固まるゴブさん。


 まぁっ、ごめんなさい。

 さすがに、つつしみがなさ過ぎましたよね?

 お礼代わりにと、お父様やお兄様相手によくやっていたもので、つい……。


 恥ずかしさに頭の中で言い訳をしていると、やがて、力の抜けたらしき右手からポポコ鳥が落ちる音で、彼はハッと正気を取り戻します。

 それから、なぜか小刻みに全身を震わせたかと思うと、少し肌の緑が濃くなりました。


「ゴブさん?」

「ギョワワッギョワワワワッギョワワワッ」

「へっ?」


 訝しんで声をかければ、ゴブさんは、これまで聞いたことのない奇妙な鳴き声を上げながら、両手で顔面を激しく擦り始めます。


「えっ、ちょっ……ゴブさん!?」

「ギョワッギョワワワッギョギョォウッ」

「ほ、本当にどうしてしまったんですかぁっ」


 オロオロと焦りながらも、何もできずにいる私。


 ……その後、時を置いて尋ねた結論から言うと、「単に照れていただけ」とのことでした。

 私を攫って、その初日に未遂とはいえ押し倒してきたような魔物が何を今更、なんて思ってしまったのは仕方のないことだったでしょう。

 こちらまで無駄に照れて体温が上がってしまうので、そのような初々しい反応はぜひ止めていただきたいものですね。



 ちなみに、質問ついでに禁止事項以外で何か妻としてできることはないでしょうかと聞いてみたのですが……首を傾げて真顔で「子作り?」だなんて提案を返してくれたので、左頬に渾身のビンタをお見舞いしておきました。


 なぜ! 頬にキスが照れて! 子作りは真顔なのですか!

 この破廉恥ゴブーーーーーーッ!!!


 すぐに鬱陶しいくらい謝り倒されて、絆される形で許してあげたのですが、彼にデリカシーという概念を教え込むのは骨が折れそうだなぁと、少々遠い目になってしまった夜でした。



 あ、ポポコ鳥は噂に違わず素晴らしく美味しかったです。



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