◆エピローグ
◆エピローグ
「どうだ。よしこさんなんて存在すらなかっただろう。超常現象なんて蓋を開けてみれば所詮そんなものだ」
自称科学者の秋葉さんは事務所の応接セットのソファーの上で大きく伸びをしながら言った。そう言いながらも手にはサイコ関連の様な雑誌が有った。
「そう。がっかりだわ。でもすっきりした」
今朝の華子の声には普段ない『艶』の様なものが有る。
――ふふ。『残留思念』って結構イケてるじゃない。恨めしや~、ってのは嫌だけどね。
突然社長さんが立ち上がった。
「おい! 次の依頼はちょっと変わってるぞ。かなりの金になるかもしれない」
「また海外の仕事ですかぁ? もう嫌ですよ。命幾つあっても足りやしない」
「どうしてわかった!? 今度はインドの仕事だ。現地でCD―ROMを製造している超大企業に潜入した産業スパイから情報を受け取る仲介役のインド人女性に扮して、逆にスパイを特定するという依頼だ」
華子はわざと聞こえないふりをしてバーゲンセールのちらしを広げた。社長さんは華子のすぐそばに寄ってきて耳元で囁いた。
「これは誰が担当するか初めっから決まってるようなもんだなあ。それに依頼額が半端ない、凄い金額だよ。担当者が本当に羨ましいよなあ。しかも美人のインド人って条件指定とはねえ、ぴったりだね、華子さん」
「ほほほ。私のこと? またまたお上手ですのね。私ってそんなに美しいかしら。ほほほ」
「ははは」
「ほほほほ。……! 嫌です! 今度は絶対に出来ません!」
社長さんは大きな音を立てて立ち上がった。
「何で? 君なら日本人には見えないしインド人そのものだ。ゼッタイ大丈夫だよ」
華子も負けじとその場で立ち上がった。
「何が大丈夫なんですか!? インド人そのものって失礼じゃありません? 私は日本人ですから! いえ、そういう問題じゃなくて、プロの産業スパイを欺くんでしょ。そんなの無理に決まってますから!」
「君なら大丈夫だよ……大丈夫」
「『君なら』ってどういう意味ぃ!? だいいち相手が何語話すんですか。今度は英語喋れるんでしょうね」
社長さんは少し小さくなった。
「英語は、英語はちょっと無理みたい……。ええっとね、でも沢山の言葉喋れるみたいだよ。ヒンディー語でしょ。あとね。ベンガル語、マラーティー語、タミル語、ウルドゥー語、グジャラート語だってさ」
「ほらほら、ねー? ウルトラマン語かクジラ語か知りませんけど私、ひっとつも喋れませんから!」
「ウルトラマン語、クジラ語は無理だろうけど、ウルドゥー語、グジャラート語くらいだったら今から何とかならないかな?」
「何とかなりません!」
華子は天井に向かって叫んだ。
「お母さん。今度また味しめて変なこと考えてるんじゃないでしょうね。私、また会うことを信じる、とは言ったけど、インドはやめてインドは! せめて国内にしましょうよ!」
自称科学者の秋葉さんは急に背筋を伸ばし、目を白黒させて華子の方を伺った。
社長さんは言った。
「ようし! 決まった。早速作戦会議だ。武者小路さん。まず運勢を占ってくれ。華子さんが日本を発つ,縁起のいい日をね」
「あいよ! 任せなさい」
華子は遂に泣きそうな顔になって腰が抜けたようにその場に崩れこんだ。
「お母さん。わかったから、私を守ってくれればいいの。お母さん。そこんとこ、完璧に忘れてない? 私が死んじゃって、『まいったわぁ、とうとう死んで一緒になっちゃったかもね』、くらいに軽く思ってませんか? 私、まだ死にたくありませんから。『ごめんなさい』は完璧要らない。『わざとじゃなかったのよ』も。もうわかったから完璧要らないよ!」
自称科学者の秋葉さんが言った。
「おっ、お前。ホントに『よしこさん』に会ってないよね。っていうか、アタマ大丈夫だよね。一体どっちだ!」
華子は言った。
「『よしこさん』に会った? う~ん、どうでしょうかねえ。私。何でも勝手に自分の記憶塗り替えちゃうみたいだから。どうかなあ。でも、『アタマ大丈夫だよね』は正解ぃ! 今のところ、ま・だ・ね。ふふ」
『胡蝶蘭の花』はまだまだ咲き続けるかもしれない……。
<「胡蝶蘭の花」完>




