<二十>緊急事態
<二十>緊急事態
十一時五十三分。女性を拘束した、とのメールが入った。ほぼ予定通りだ。華子はロビーに怪しい者が居ないかどうか、入念に観察して回った。ビンさんもレストランの付近を見回っている。
ふと近くに居た子供の抱えている物が華子の目に入ってきた。華子の目はみるみる丸くなって唇が震えだした。
その子供は、大きさも似たタヌキのぬいぐるみを持っていたのだ。
――どういうこと!?
子供とその脇には母親らしき女性が居るだけだ。周りにはそれらしき男性は居ない。華子は頭が混乱した。
ビンさんからメールが入った。
>緊急事態発生や! 三階の店舗で売り出しセールの抽選会やっとる。そのセールの景品にタヌキのぬいぐるみが使われとんでぇ! ほんでもって大きさも色も似とんねん。五等賞の景品で当選本数は三百本やって! 次々とタヌキのぬいぐるみが渡されとんでぇ。どないしょう!! ホンマに、アホか! 何さらしとんねん! しばいたるで!
――ええええ!? じゃあこの子供の持ってるのがその景品ってこと!? 三百個も同じものが有るっての!?
華子はひたすら自分に『落ち着け! 落ち着け!』と言い聞かせた。そして子供の方へ行き、近くでそのぬいぐるみを観察した。
「えっ?」
子供が抱えていたぬいぐるみは『タヌキ』ではない。
――これって、タヌキともアライグマとも違うわね。じゃ、もしかして、レッサーパンダじゃない? 耳が白いよ。そうだ、レッサーパンダだ!
華子はビンさんに返信した。
>ビンさん。落ち着いて。景品のぬいぐるみはタヌキじゃなくて、レッサーパンダよ。耳の色違うよ。尻尾もアライグマみたいに縞々よ。
ビンさんは華子のメールを見てほっとするどころかますます混乱し返信した。
>みっ、耳やって? 何がやねん。尻尾がなんやて? 目の周り黒いやんけ。一緒や一緒。どっちも一緒やんか。アホ!
>違います。ゼ~ンゼン。
>一緒やんけ! ドアホ!
>全く別物です! 犬と猫ほど違います!
いや、そんなことを言い争っている時ではない。タヌキとレッサーパンダが似ているかどうかなど、どうでもいいのだ。問題は相手の男性がきちんと見分けて華子のことを発見してくれるかどうかだ。華子も三百匹ほどのレッサーパンダのぬいぐるみの中から一つだけタヌキを発見しなければならない。そちらの方が問題だ。
抽選の済んだ客が次々とロビーの方へ降りてきた。降りてくる人の三人に一人くらいはレッサーパンダのぬいぐるみを手にしている。抽選対象の商品はカジュアルスタイルの服飾だが、メンズ・レディース・キッズの何れもが対象になっているので、男性も結構含まれている。
時刻は間もなく十二時四十分になる。見合いの二十分前だ。そろそろロビーに来ていてもおかしくはない。いや、もう既に来ているかもしれない。華子は目を皿のようにして一匹のタヌキを探した。