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03 ニーナの策略

 

 翌日の早朝、僕は昨日に起きた出来事を報告するために冒険者ギルドへ出向いた。到着して建物の中へ入ると、まだ早い時間帯のためか閑散としていた。副ギルドマスターのキリアンさんを呼んでもらうために受付に行くと、この時間帯にはめずらしくニーナが対応してくれた。


「おはよう、イオリ君! いやー、今日は早起きして正解だったにゃ」

「おはよう、ニーナ。キリアンさんはいるかな?」

「まだいないにゃ。もう少ししたら出勤すると思うんにゃけど……」


 どうやらもう少しゆっくりここへ来るべきだったようだが、ニーナに会えたので良しとしよう。しかし、寝坊による遅刻の多いニーナが、なぜこんなに早い時間に仕事をしているのか……。


「どうしたにゃ? 今日も可愛い私に見惚れたかにゃ?」

「確かに可愛いけれど、どうして今日は出勤が早いの?」

「にゃっ……可愛いだなんて……そんな、照れるにゃあ……」


 自分で可愛いと主張しておきながら、僕がそれを肯定するとニーナは顔を赤くしてモジモジし始めた。


「彼女は昨日も遅刻して、鬼の受付長に散々怒られたんですよ。それで、今日は早朝から働いているんです」

「も~っ、ばらしちゃだめにゃ! あ、思い出したら体が震えてきたにゃ……」


 僕らの会話を聞いていた冒険者ギルドの職員が、ニーナに代わって理由を説明してくれた。なるほど、それで朝早くから頑張って点数を稼いでいるのか。ちなみに鬼のエミリアは今日は夜勤らしい。


「ニーナ、魔物の買取りをお願いしたいんだけど」

「おまかせにゃ! 今日は何かにゃ? コボルト? オーク? まさかミノタウロスとか……」

「キマイラ」

「キラーアント?」

「いや、キマイラだけど」

「…………ふにゃああああああああああ!? 混獣キマイラ? 無理無理、絶対無理にゃ。Bランクの魔物なんて扱ったことないにゃ。副ギルマスが来るまで待ってほしいにゃあ……」


 ニーナは両手を広げて前へ突き出し、ブンブンと首を左右に振って買取りを拒否する。詳しく話を聞くと、Bランクの魔物は上位パーティーなどが年に数回持ち込むことがあるが、その際は正・副ギルドマスターの立ち合いの下で買取りを行うらしい。


「今から半年以上前に、Bランクパーティーの“神風の翼”が魔犬オルトロスを持ち込んで以来の事にゃ。勘弁してほしいにゃあ」


 そう言ってニーナは両手をすり合わせて謝罪をする。急ぐことでもないし、キマイラ討伐の事情説明も兼ねてゆっくりとキリアンさんを待つことにした。ニーナと話している間に、冒険者ギルド内にも少しずつ冒険者の数が増えてきている。


「おい、ガキ! 下らねえ嘘をつくんじゃねえよ!」


 僕が近くの椅子に腰かけようとすると、体格の良い4人組の男たちが突然僕を取り囲み、1人の男が僕の胸ぐらをつかんだ。身長差があるため、僕の身体は持ち上げられてつま先立ちになってしまう。


「いいか! キマイラなんて化け物は樹海の深層にいるもんだ。お前みたいなガキが1人で狩りに行くことなんか不可能なんだよ!」


 どうやら僕とニーナの会話を聞かれていたらしい。僕はあえて抵抗することなく、男に突き飛ばされて床に尻もちをついた。そんな僕を見下ろして、男たちが次々と罵声を浴びせてくる。


「ビビってんのか? ガキは家でママのおっぱいでも吸ってろ!」

「この嘘つき野郎が! ニーナに話しかけてんじゃねえよ!」

「ここはてめえのような子どもが来る場所じゃねえんだよ! とっとと帰りやがれ!」


 そう言うと4人組の男たちは僕から離れて、受付のニーナの下へ向かう。依頼の受注に行ったのかと思ったが、どうやらニーナを食事に誘っているようだ。ニーナが困惑している様子がよく分かった。ニーナのその姿を見て怒りを覚えた僕は、すぐに立ち上がって受付に向かった。


「……事実だ」

「あ? なんだこのガキ、まだ居やがったのか。邪魔だ!」


 先ほど僕を突き飛ばした男が蹴りを放ったが、その蹴りは空を切り、僕に当たることはなかった。


「キマイラを倒したのは事実だと言っている」

「ガキが……妄想も大概にしろ!」

「ほ、本当にゃ! イオリ君は嘘なんてつかないにゃ!」


 ニーナが必死に援護してくれて、僕の心の中にとても暖かい感情が沸き起こる。


「じゃあ、こいつの実力を模擬戦で試させてもらうぜ」

「それはダメにゃ! イオリ君が迷惑するにゃ」

「いいじゃねえか。キマイラを倒すくらい強いんだろう? 勝った方にニーナが一晩付き合うってことにしようぜ」

「……にゃは♪」


 僕の見間違えだろうか。男の台詞にニーナが一瞬だけ笑ったような気がした……


「それは良い考えにゃ! イオリ君、こいつらを全力でぶちのめすにゃ!」


 というわけで、ニーナと4人組の合意により模擬戦が行われることになった。ニーナの話では、この男たちはEランクパーティー“餓狼の爪”で、実力はそこそこあるが素行が悪くて長年昇格できていないのだそうだ。最近は王都グロースブルクで活動していたようだが、数日前に領都オルデンシュタインに戻ってきたらしい。


 冒険者ギルドに併設されている訓練場に到着し4人組と対峙する。いつのまにか、周囲には多くのギャラリーがいて盛り上がっている。模擬戦は1対1で木剣を用いて行うことになった。戦闘不能になるか降参した方が負けという取り決めだ。


「今日は本当に運がいいぜ……合法的にニーナを抱くことができるなんてな。今夜にでも攫おうと思っていた所だったが、お前には感謝しないとな」


 僕を突き飛ばした餓狼の爪のリーダーが不穏当なことを言った。合法的に? 攫う? ニーナに誘いを断られたら、夜道などで襲うつもりだったのだろうか。ちなみにこのリーダーの名前は……さっきニーナに聞いたが忘れた。しかし、間違いなく覚える意味も価値もないだろう。


「げへへ……一度獣人の体を経験してみたかったんだよ。俺たちが遊び終わったら、お前にも分けてやろうか?」

「臭い息を吐くな……早く始めよう」


 そう言って僕はフードを外し、右手に持った木剣をこのクズ男に向けた。


「くたばれ! このくそガキが! なっ――……ぶべっ!! ぐぎゃあああ!! があああああぁぁぁぁぁ!!」


 勢いよく襲いかかってきたクズ男の木剣をかわし、僕はおもいっきり右手の木剣をクズ男の顔面に叩きつけた。頬骨や鼻骨が砕ける嫌な音がして、次に醜い叫び声が訓練場に響き渡った。そして、クズ男は激しく地面をのたうち回っている。


「はい、イオリ君の勝利にゃ! みんな、拍手にゃ~♪」


 勝利を宣言したニーナが僕に抱きついてくる。周りのギャラリーたちも歓声をあげて拍手をしてくれた。どうやら餓狼の爪の評判はすこぶる悪く、多くの冒険者が留飲を下げたようだった。クズ男はやがて気を失って静かになり、仲間たちはそれを抱えて逃げるように訓練場から出ていこうとしていた。


「そうだ! イオリ君、みんなにキマイラを見せてあげたら?」


 ニーナが小悪魔のような笑みを浮かべて言った。ニーナに促されて僕は≪ストレージ≫からキマイラを取り出す。巨大なキマイラが出現した瞬間、訓練場は一瞬の静寂に包まれた。しかし、その直後に周囲の冒険者たちが一斉に歓声をあげた。


「うおぉぉ、すげえっ! ここに来てよかったぜ!」

「嘘だろっ!? こんなに巨大な魔物を……」

「きゃ~っ! あの子、すご~い! 彼女いるのかなぁ?」

 

 一方、餓狼の爪の連中は力なく座り込んで、お互い抱き合いながらガタガタと震えていた。


『もう、伊織! あまり目立つのはよくない……とか言ってなかった?』

『うーん、ちょっと調子に乗りすぎたかも。あはは……ごめんね』


 この出来事があってから、なんだか冒険者たちが僕に優しくなったような気がするのは気のせいだろうか。

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