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02 女騎士ゼアヒルト


「こんな化け物が樹海の入り口にいるなんて……」

『これはキマイラという魔物よ。おかしいわね……このレベルの魔物は樹海の深層にいるはずよ』


 アリューシャによるとこのキマイラはかなりレベルの高い魔物で、樹海の深層から出てくることはほとんどないとのことだった。ところが現実には深層どころか樹海の入り口にキマイラがいる。全滅しそうな騎士たちを助けるべく、僕は覚悟を決めてキマイラに向かって駆け出したのだった。


「少年、早く逃げなさい! 奴はBランクの魔物だ! すぐに街に戻って討伐隊を要請するんだ!」


 そんな僕に対して騎士の一人が逃げるよう促す。兜をかぶっていて顔は見えないが、声から察するに女性のようだ。凛とした声だったが、少し震えているようにも聞こえた。


 僕はその女性騎士の警告にかまわずキマイラに接近していく。こうしている間にも、他の騎士たちは次々とキマイラの攻撃でやられていた。女性騎士は僕に逃げるよう何度も声をあげている。


 僕に気を取られている女性騎士にキマイラが急接近して前足を振り下ろした。女性騎士はなんとかかわすが、そこに羊頭から氷雪が放たれ彼女の足元を凍らせた。彼女は必死にもがくが足は動かず、続けざまに獅子の口から火炎が吐かれようとしていた。


「≪アイスバレット(氷弾)≫」


 僕の手元から数えきれないほどの氷の弾丸がキマイラの獅子の頭をめがけて飛んでいく。慌ててキマイラは炎を吐き氷弾を打ち消そうとするが、相殺できなかった数発が獅子の顔に命中して苦悶の声をあげる。


 その隙に僕はキマイラに接近した。そしてナイフでキマイラの身体を斬りつけようとするが、死角から突然襲いかかってきた蛇の尾がそれを邪魔した。


「くっ! ≪絶影!≫」


 なんとかスキルを発動してギリギリのところで蛇の尾を避けた。キマイラの三位一体の攻撃は厄介で、なるほどBランクの魔物だというのも納得の強さだった。


「グオオオオオ」

「≪アイスシールド(氷盾)≫」


 獅子が再び炎を吐きだすが、それを僕は氷の盾でしのいだ。僕は飛び上がり獅子の頭にナイフを突き立てようとしたが、またしても蛇の尾がそれを邪魔して効果的なダメージを与えることができない。


 一方、キマイラは僕を警戒したのだろうか、後ろに飛び退き僕から少し距離をとった。その間に僕は≪ヒール≫を唱えて女性騎士を回復した。


「魔導士なのか!? 氷魔法だけでなく回復魔法を無詠唱で……少年! 私にできることはあるか?」

「蛇の尾が邪魔で僕の攻撃が届きません。できれば奴の尻尾を何とかしてください」

「わかった! すまないが、少し時間を稼いでくれ」


 女性騎士はすぐに僕の実力を理解して支援を申し出てくれた。彼女は長剣を正眼に構え、呼吸を整えて集中している。僕は女性騎士の指示通り、キマイラの意識をこちらに向けるよう攻撃をしかけた。


「望むは疾風の翠緑、悠久の空に舞う風の精霊シルフよ……」

 

 彼女は風魔法の詠唱を始める。そしてしばらくすると僕を見て大きく頷いた。僕はキマイラに向かって全力で走りながら、≪コネクト(念話)≫を唱えてアリューシャに作戦を伝えた。


『はいはい。女神さまに任せなさい』

「よろしくね」


 キマイラの右足の鋭い攻撃が僕を襲うが、これは≪絶影≫で奴を鈍化させて簡単にかわす。続けてキマイラは獅子の口から炎を吐きだすが、これもタイミングよく避けることができた。避けたところに山羊の口から吹雪が放たれる……しかし、作戦通りにアリューシャが≪プロテクト(結界)≫でそれを防いでくれた。


『伊織! 今がチャンスよ。しっかり決めなさい!』


 アリューシャの声に反応して僕は≪アイスバレット≫を獅子の顔に叩き込み、脳天に慈愛のナイフを突き立てようとした。しかし、それを阻むように僕の視界の端に蛇の尾が高速で接近するのが見えた。


「≪ハイウインド!!(豪風)≫」


 キマイラから少し離れた距離にいた女性騎士が超高速で飛翔するようにキマイラに近づき、僕を狙っていた蛇の尾を一気に剣で突き抜いた。キマイラの太い蛇の尾がちぎれて地面に落ち、トカゲの尻尾のように跳ね回る。


 一方、慈愛のナイフは獅子の脳天に突き刺さり、やがて獅子の頭は首を折り動きが止めた。最後に残った山羊の頭に≪フレイムランス≫をぶつけると、ついにキマイラは横たわり絶命したのだった。


 戦いが終わり生存者を確認したが、結局生き残っていた騎士はこの女性1人だった。兜を脱ぐと、ロングストレートで白金色の髪が似合うとても美しい顔が露わになった。鋭い目つきをしているが、青い瞳からは優しさと意思の強さを感じることができた。身長はディアナよりも少し高く、170cmくらいはあるだろうか。


「君のおかげで命拾いしたよ……ありがとう。私の名はゼアヒルト、騎士団の副団長を務めている」

「いえ、僕1人では勝てませんでした。僕の名前はイオリといいます。領都を拠点として冒険者をやっています」

「ほう、それで樹海に……失礼だが、冒険者ランクを教えてくれないかい?」

「個人でCランクです」

「Cランク!? あれだけの魔法を無詠唱で唱えられるのならばBランク、いやAランクでもおかしくないはずだが……」

「まだ冒険者になって日が浅いですから」


 僕はこれまでのことを簡単にゼアヒルトさんに説明した。特にグランドル一派について話をすると「あの事件の解決には君が一役買っていたのか!」と、僕の両手を握って感謝してくれた。


「騎士団で定期的に樹海の巡回をしているのだが、こんなことはここ数年で初めてだ。正直に言うと、生きてこうやって話をしているのが不思議なくらいだ」

「キマイラは樹海の深層にしかいないと聞いたことがあります」

「ああ……最近は魔物が活性化していて騎士団もその対応に追われている。ただでさえ領都周辺では犯罪が頻発しているというのに……困ったものだ」


 ゼアヒルトさんは顔をしかめながらため息をついたが、その姿すら美しいと感じるほどだった。


「魔物の活性化……ですか?」

「今回のキマイラ出現もその一つだと考えるのだが……君はどう思う?」

「もしかしたら、スタンピードの前兆かもしれませんね」

「早計に断定はできないが、警戒と準備はしておくべきだな。領都に戻ったらさっそく団長を通じて辺境伯に報告するとしよう。それにしても……常に覚悟してはいるが、まさか7人もの仲間を失うとは……彼らの家族に何と伝えれば良いのか……」


 結局、僕は樹海での探索を中止してゼアヒルトさんと一緒に領都へ戻ることにした。亡くなった騎士たちの遺体については、僕の収納魔法で運んで家族のもとへ帰すことを提案した。「ここに仲間の遺体を放棄せざるをえない」と悲しんでいたゼアヒルトさんはとても喜んでくれた。


「キマイラについてはもちろん君のものだ。収納魔法があれば持ち帰れるだろう?」

「ゼアヒルトさんがそれでよければ……」

「私のことはゼアヒルト……いや、ゼアと呼んでくれ。私はまだ20歳で君とそれほど年齢も離れていないはずだよ。私もイオリと呼んでもいいかな?」

「もちろん構いませんが、騎士爵は貴族じゃないですか。むしろこちらはゼアヒルト様と呼ぶべきかと……」

「自領も持たない末端貴族さ。ゼアで構わないし敬語も必要ないよ」


 お互いの自己紹介も兼ねて色々と話をしながら領都へ戻ると、到着するころには日は暮れて遅い時間になっていた。北門の入り口で門番や衛兵に事情を説明したあと、ゼアヒルトに遺体を渡すと彼女は改めて僕に頭を下げてお礼を言った。


「もし迷惑でなければ、後日ぜひ私の家に遊びに来てくれ。命の恩人に正式にお礼をしたい。嫁に行く前に死んでしまう所だったよ」


 ゼアヒルトはあたりを見回し、周りの者が誰も見ていないことを確認して僕に近づいた。


「今日は本当にありがとう。正直に言うと実は怖くてたまらなかったんだ。君は私の英雄だ……」


 ゼアヒルトは僕の耳元でそう囁き、僕の左頬に軽くキスをしたのだった。

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