ストレートにはストレート
騎士寮の食堂、時間帯のせいか人気のないそこで遅い昼食を食べる私の視界に、正面に座ってソワソワうずうず、落ち着かない様子のエドガーが映る。
私は一度食事の手を止めると、エドガーに向かって重い口を開いた。
「……エドガー、ごめんなさい」
その謝罪は、私が倒れたことが原因なのに、心配して騎士寮で待っていたエドガーへ憤りを感じたことへの罪悪感。そして、私がオーブエル殿下のことを好きだから余計にそう思ってしまったという、個人的な感情に振り回されたことの後ろめたさ。あとは好意を向けてくるエドガーに応えられないということへの謝罪。
私の自分勝手で自己満足でしかない、そして理由を話すことも躊躇われる謝罪だった。
エドガーは私の謝罪に一瞬ポカンとした後、優しい微笑みを浮かべて何てことないように言う。
「フィーラが倒れたのも、その原因も、謝られるようなことじゃないじゃん。それに、フィーラを心配するのも、今回の任務を引き受けると決めたのも、全部俺の勝手な感情だから。だから謝られると俺の方が困っちゃうっていうか……」
私の謝罪を倒れたことや護衛をさせることになってしまった事へのものだと受け取ったエドガーがそう言う。
優しい顔が、自分勝手だという言葉が、私の胸を突き刺して苦しい。これは楽な立場に、身分に、居場所に甘えて、ずるずると嘘を吐き続けてきた私への罰なのだろうか。ここで本当のことを言ったら、私は楽になるのだろうか。
……それこそ、身勝手の極みじゃない。
本当のこと話して身分を理由にエドガーを振って、それで終わり、なんて一番やっちゃいけないことだ。だって、エドガーは本気で私を想って、本気で心配して、自分の身を危険にさらそうとしてくれている。
好意を口に出されたことはなくても、その行動はストレートにエドガーの気持ちを伝えてきていた。なら私も、ちゃんとエドガーと向き合って、エドガーという人をどう思うのか考えて、答えを出さないといけない。もう答えは出ているようなものだけど、例え同じ答えに辿り着くとしても、考えることをしないと失礼なんだ。
警護任務で傍にいる時間が増える分、ちゃんとエドガーのことを知ろうとしよう。ちゃんと考えよう。常識とか身分じゃなくて、私個人がエドガーをどう思うのか答えを出そう。
「私、エドガーにこれからストレートなことを言うわ。まっすぐに、はっきりと、思ったことを伝えるわ」
「え、なに? ちょっと怖いんだけど……」
突然の私の宣言に戸惑いを見せるエドガーに、構わず私は思いを口に出す。
「ありがとう。私、エドガーに感謝してる。貴方が初めての同僚で良かった。最初の日、話しかけてくれてありがとう。私を受け入れてくれてありがとう。今回のことも、ありがとう」
沢山、たくさん感謝している。優しくしてくれたことも、こんな私に好意を向けてくれたことも。たとえそれが、嘘の上に成り立ったものだとしても、私がエドガーに沢山喜びを貰ったことは確かなのだ。
だから、だからこそ言う。
「……私ね、エドガーのこと好きよ」
「……っ!」
聞くなり瞬時にぼっと顔を赤くしたエドガーに、私は苦笑を向けながら続ける。
「でもそれは同僚として、仲間として、友人としてのもの。そういう好きを私はエドガーに向けているわ。けど、エドガーは違うんじゃない? 私のこと、私がエドガーに向けるのとは違う好きで見てるでしょ?」
「……、……っ」
私のストレートな言葉に、エドガーは口を何度も開閉して、戸惑いと混乱と羞恥と、色々なものが混ざった顔をする。
はっきりと恋愛対象として見ていないことを伝えられて、自分の気持ちまで聞かれて、そりゃあこうなるわよね。申し訳ない気持ちはある。けれど、このままあやふやにしておく方が悪いと私は思うのだ。
「俺は……俺……っ」
言葉が続かないエドガーに、私は自分の感じていたエドガーの好意が、やっぱり恋愛的な好意なんだと確信する。だって別にただの仲間への好意だったら、何も隠すことも戸惑うこともなく否定して終わりだもの。
「さっきも言ったけど、私はいっぱいエドガーに感謝しているわ。だから今回の任務の間、私なりにちゃんとエドガーと向き合おうと思う。それで答えを出そうと思うの。そうしようって、自分勝手に決めてしまったけれど、悪かったかしら?」
私の言葉に一度俯いたエドガーは、しばらくして顔を上げると、まっすぐで熱の籠った瞳を私へと向けた。
「……悪くなんてない。むしろ、チャンスをくれてありがとう。フィーラが俺のことをちゃんと考えてくれる期間があるってだけで、希望が持てる。後は俺自身に魅力があるかって問題だしな。それと、俺、わかりやすくてごめん。仲間としか思ってない奴にそういう目で見られてるって気づいたら、困っただろ?」
「うーん、まぁ、困ったけど。気付いたのも最近だったし、私は申し訳ない気持ちの方が大きかったかな。私はエドガーをそういう対象として見てなかったわけだし」
「はっきり言われるとやっぱりちょっと傷つくな……わかってたことだけど。俺がフィーラの好きなタイプじゃないってのは知ってたしさ。どうしたら良いか、ずっと考えてたんだ」
「私の好きなタイプ?」
なにそれ、私自身でも把握していなのですが。え? アルベール殿下とオーブエル殿下の共通点? 王子なこと? なにそれ権力大好きみたいで嫌だ。
私が自分の好きなタイプについて真剣に悩んでいると、エドガーが小さく笑いながら言った。
「フィーラって面食いでしょ? しかもかなりレベルが高い顔じゃないと駄目っていう」
「はぁっ!?」
軽く馬鹿にされているわよねこれ!? 私はちゃんと人の内面を見て好きになってますから!
……そりゃあアルベール殿下もオーブエル殿下も顔がめちゃくちゃ良いということを否定はしないけれど。でもそれはあくまで偶々、偶然。顔に惹かれたわけじゃない。少しは顔にも惹かれたけどさ。
むむむ、と顔をしかめながら、私はエドガーに言い訳のように言う。
「その疑惑を認めることは乙女としてできないわ。私、ちゃんと人のことを中身で好きになってるんだから。アルベール殿下だって、優しくしてくれたことがきっかけだったのよ。断じて顔じゃないわ」
私の言葉に、どこか悪戯っぽく笑ったエドガーは、軽く首を傾げながら口を開いた。
「そっか、良かった。じゃあフィーラは俺のこと、中身を見てどう思うか考えてくれるんだね? 俺ってやっぱり顔じゃあ殿下方には敵わないから不安だったんだ」
「そりゃあエドガーは殿下方と比べたら劣るけど、それでも充分顔が良い部類じゃない? 爽やか系って感じで、騎士学校ではさぞモテてたんだろうなぁって、ずっと思ってたけど?」
「…………不意打ちで褒めるのはずるい」
片手で目元を隠しながらエドガーは耳まで赤くして照れる。あんまり褒められてこなかったのかしら?
私もお姉様やイルダに造られた顔とはいえ、きらきら可愛いご令嬢方や美しいご婦人方に褒められた時は、恥ずかしさやら慣れてなさやらで隠れてしまいたいと思ったものだ。エドガーも同類だったら、少し親近感が湧く。
オーブエル殿下の時も思ったけど、照れてる殿方ってちょっと可愛いよね。あ、これが私の好みというやつか。照れ顔が可愛い殿方、好きかも。いや、アルベール殿下のそんな顔は見たことないから確実なことは言えないけど。
うーん、と悩みつつ、私は昼食をさっさと済ませてしまう。
タイプとか好みとかは考えるだけ無駄だ。だって恋愛結婚した人が言っていたもの。タイプの人を好きになるのではなく、好きになった人がタイプなんだって。別に考えるのを放棄したいわけじゃないけど、先人が言っているんだからきっとそれが心理なのよ、うん。
私が空になった食器を片付けようと席を立ちあがると、目元を覆って恥ずかしがっていたエドガーが、まだ少し顔を赤くしたまま伝えてきた。
「フィーラ、ちゃんと言ってなかった。俺、フィーラのことが好きです。出来れば俺を選んでほしい」
「…………」
あれだね。不意打ちは駄目だね。
告白なんてされたことの無い私には、エドガーのストレートな告白はあまりにも刺激が強くて、結局私は何も返せないまま、逃げるように食器をカウンターへと持って行った。
オーブエル殿下という愛する人がいる私は、エドガーから告白されても困るだけで何とも思わないと思っていたのに、これはまさかの展開だ。心臓がバクバクと五月蠅い。自分の身体のことなのに訳が分からない。
……ただの、慣れていないから驚いただけ。免疫がなかっただけ。絶対、そのはずだ。じゃなきゃ私、あれだけオーブエル殿下が好きって周囲に言っておいて、告白されたらフラフラ心が揺れるような駄目な女になっちゃう。
あぁ、もう、ストレートなのは駄目だ! もう私もストレートに物を言うのをやめる! ついでにエドガーが次ストレートに何か言ってきたら口に物詰め込んでやるんだから!
作者です。この度は更新がストップしてしまい申し訳ありません。
実は胃潰瘍になりまして、まともに創作活動ができる状態ではなくなってしまいました。
詳しい事は活動報告をご覧ください。
こちらもしばらく休載となります。元気になって再開するまで、お待ちいただければ幸いです。
 




