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星にネガイを  作者: シロクロウサギ
第二部:年跨ぎスターライト半月戦争
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第九十四話 檻の中の猫

 さっきまで見ていた夢はどんな光景だっただろう。

 人は眠りから醒めるにつれて見ていた夢の内容を忘れて行くよう出来ている、なんて誰かが自慢げに語っていたような気がするが、彼女も例外ではないのだろうか。

 彦乃といつものように居間でのんびり過ごしていたような気もするし、他のみんなと共にデブリと戦っていたような気もする。

 けれど今この瞬間となってしまって、全てはシャボン玉のように一瞬で弾けて消えてしまう。

 その感覚が、彼女はきっと何よりも恐ろしかった。

 夢と一緒に彦乃たちとの思いでまでもが不意に弾けて消えてしまいそうだったから。


「……」


 ゆっくりと目を開いてみると、そこはいつもの見慣れた天井だった。

 いくらか染みの増えてきた木の天井に、最近彦乃と一緒に買いに行った照明が取り付けられていて今も明るく光っている。


「んにゅ…」


 まだ感覚が戻り切っていない身体を重たいなりにそっと起こして周りを見渡す。

 いつも通りの小さめな机があって、いつも通りの古いテレビがあって。

 そんないつも通りの空間の中に、見慣れないものをみかけた。

 普段の日常に、絶対あってはならないであろう異物が。


「…ん? やっと起きたか」


「っ?!」


 聞き覚えのあるその声に、桜の意識は一気に目を醒まして警戒心を最大まで引き上げる。

 自分と同じ銀髪に赤い目を持つ男が、桜のいつも使っている椅子に座って本棚を物色していた。


「なんで…」


「なんでも何も… あぁ、ここはお前の部屋じゃないぞ?」


 そう言って男は持っていた本の適当なページを開いて桜へ向ける。

 本の内容は何も書いてはいない。

 その本が教科書だと言う事は理解できたが、その内容までしっかりと覚えてはいなかった。


「…? どうして教科書を…?」


「ここはお前の記憶を元に構築した空間だからな お前の記憶が全てなんだよ」


 そう言いながら本のページをなおも向け続ける。

 これはつまり、本の内容をしっかり覚えていないんだなと馬鹿にしてきているのだろう。


「ほとんど抜き出したデータで構築してあるから、お前が知らない所はすっからかんだ」


「…?」


「そうだな…例えば、だ。 この中を見た事があるか?」


 そう言って男が指したのは、引き出し収納だった。

 桜はそれを触った事が無い。

 彦乃が使っているのは見た事があったが、何が入っているのかはまったく知らない。

 中身を見た事はないと首を横に振る桜を見て、男は引き出しを引っ張り出して確認した。


「やはりな。 中身は空だ」


「…」


「あ、おい 接続中だから動くと…」


 本当に中が空なのか興味を持った桜が布団から出てこようとした。

 それを見て男は止めようとするがすでに遅い。


「んぎっ! っ~~~~!?!」


 布団をどけるだけで身体中の皮膚が、生きたまま皮を剥がれるかのような痛みに襲われる。

 戦闘で身体を傷つけられたとしてもここまでの痛みを伴う事はそうないだろう。

 それこそ片腕を持って行かれでもしない限りは。

 あまりの痛みに桜は反射的に布団の中へ戻り全身を蝕む苦痛に悶える事しかできない。

 実際に体の皮膚が剥がれている訳ではないと分かったのは、布団に戻ってからだった。


「遅かったか…持ってきておいて正解だったな」


「ふー…ふー…っ!」


 悶える桜の首を掴んだかと思えば、次の瞬間には桜の身体中から激痛は消え去っていた。

 その代わり、桜の意識そのものもふわふわとしてしっかりしないものになってしまっていたが。


「遅延プログラムだ。 麻酔のようなものだと思えばいい …って、聞こえてないか」


「うー……あ…あぁ~…」


 男の声が聞こえて、それを理解する事は出来ても頭の中に入ってこない。

 重度の風邪で目を回している時のような感覚、と言えば分かり易いかもしれない。

 桜の方も声は出せるが言葉にまでする事は出来ないだろう。


「仕方ない、もう少し様子を見ておくか…」


「あ…あぅ…?!」


 ぐるぐると回る視界の中で、男が手に取って読んでいたものを見て桜は驚く。

 それは、桜が彦乃と一緒に買ってきて以来、密かに付けている日記帳だった。

 まだ誰にも、それこそ一緒に住んでいる彦乃にも見せた事が無いものを、この男はゆったりと小説でも読むかのように盗み見ている。

 そんな事をされたくないと手を伸ばす事は出来ても、男へその手は届かない。


「……ん? 俺? あぁ、そう言えば人間は個体名を持つんだったな、一人に至るまで とは言っても名前なぁ…面倒だし役職でいいか。コマンドだ」


「え…あ…」


 違う、名前を聞きたい訳じゃない。

 その日記帳を触るなと言いたいのに、舌が動かず口も動かずまともに喋れない。


「経過は順調ー?」


「3%ほどズレてるが問題ない… あぁそうだ、お前も自分の名前何か考えてくれ」


「私の?」


「そうだ。 元から識別長いと思ってたんだよお前は特に。 因みに俺はコマンドにした」


「役割じゃん!それじゃあ私はねー…」


 桜の横に座りくつろぎながら話を進めていく二人。

 本当なら一秒でも早くこの二人の下から離れて彼女の下へと帰りたい。

 あの暖かな腕の中へ、一秒でも早く。


「ひ……この…」


「あれ、まだ反応残ってるじゃん」


「どうせもう消える、放っておけ それより名前だ名前、早く決めてくれ面倒くさい」


 もう消える。

 その意味を理解する事は、きっと桜には出来なかった。

 今、自分が誰の名を呼んだのか、自分の帰るべき場所はどこなのか。

 何一つとして、分からなくなっていたのだから。


「んー…もちょっと考えさせて…?」


「早くしろよ? 記憶の擦り合わせに必要になってくるからな …よし、まずは抜き取りと余白の生成が済んだか」


「……」


 その瞬間、桜の頭の中からは全ての思い出が消し去られた。

 彦乃と過ごした日常も、織姫と彦乃を取り合ったりしたあの日々も、その他にも一杯あった何もかも。

 自分の頬を伝う涙の意味も、それが何なんかさえも感じる事が出来なかった。


「あとは挿げ替えて中へ戻してやればいい。修正の必要そうな部分も少しあるかもしれんが、まあ大丈夫だろう」


「適当すぎない?」


「いいんだよ、こういうのは適当で 変に固めていた方が綻びも生じやすくなる」


「そういうものなんだ…まあ、私そういうの詳しくないから任せるけど…」


「任せてもらわなきゃ困る」


 目の前で喋る二人が誰なのかさえも分からず、自分が何なのかさえも分からず、ただ見ている事しか出来ない。

 動く事も喋る事も何もかも。

 そのうち桜は、目の前が真っ白になっていくのだった。

 世界と自分との境界があやふやになっていき、そうして最終的には水の中に溶けるように消えて行った。


「…さって、コイツを育ててくれたアルタイルの娘には感謝しないとな」


「感謝? いきなりどうしたの?」


「貴様等の教育のおかげで兵士らしくしてくれてありがとう、とな」


「あぁ…調教プログラムの改善、だっけ? ホントにあれやるの?」


「当然だ、デブリ全体の戦力強化に繋がる訳だからな」


 二人のやりとりを聞いているでも見ているでもなかった桜の手を、少女は掴む。

 そのまま引っ張り上げるでもなく優しく握った。


「もーすぐだからねー…」


「…よし、後はお前の名前だけだ。もう決めただろうな」


「え、あぁ……これなんてやつだっけ?」


 少女が手に取ったのは、本棚の上に置かれた丸い石だった。

 桜が彦乃と川へ遊びに行った時に綺麗な物だからと持って帰ってきたものだ。

 まあ、今の桜がそれを見ても何一つ思い出す事はないだろうが。


「花崗岩と呼ばれる石だな。御影石とも呼ばれる…それがどうかしたか?」


「白か黒かがあっちこっちにばら撒かれてる模様が気に行ったし、コレにする」


「呼ぶとしたら」


「ミカゲ、ミカゲがいい!」


 こうしてこの二人の名はミカゲとコマンドとなった。


彼らの名がどのように関係してくるのか。

それを知る術はこの時点では何一つ存在しなかった。

記憶を奪われ自由を奪われ、自我すら奪われた桜はどうなってしまうのか。


続く

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