第九十二話 あかりレジェンズ 後編
さっきまで昼間だった空が黒い闇に包まれた。
さっきまで楽しそうに遊んでいた親子や子供たちは恐怖に身を震わせ動けなくなったり逃げ惑ったりしていた。
さっきまで同じように震えていた筈の身体が、嘘みたいに震えが消え去っていた。
そして、さっきまで隣に座っていた少女が、今では自分の前に立っている。
「さってと、新しいお友達も出来たところで、張り切ってエンジョイガーディアンライフってね!」
何の恥ずかしげも見せずそんな事を言えるのは、朱莉の性格があってこそなのだろうか。
少なくともレジーナはそんなセリフを口にして無事でいられる自信はまったくない。
現に彼女の言動や仕草を見ているとジワジワと笑いがこみ上げて、ぷふっと笑い声が漏れる程度にはレジーナの心に余裕が生まれていた。
「ガーディアンって…何と戦うつもりなのかしら、守護者さん?」
「おっ? 元気出てきたかなー? アレから守るんだよー」
そう言うと朱莉は持っていた剣を持ち上げて切先を空へ向ける。
向けられた切先の先には何もない。
ただ星が輝いているのみだ。
「空…星? ダメ、全然伝わってこないわ?」
「まぁまぁ、その内イヤでも見る事になると思うよー…そろそろかな」
朱莉が何かを感じ取ったのとほぼ同時に、それはやってきた。
今まで座っていたベンチと同じかそれより少し大きいくらい…大人が二人が三人分くらいの大きさをした構造物が降ってきて公園の地面を抉る。
これが何なのかは、もう構造物としか言い表しようがない。
岩でも無ければ鉄でもましてや水晶のような物でもない。
機械かと言われれば、少し違う質感でテラテラと輝く立方体のオブジェが地面に突き刺さっていた。
「…アレは…?」
「アレが私達スターライトの敵…みんなデブリって呼んでる」
「デブリ…? 破片って事?」
「ホントはアレが何なのかなんてあんまり掴んでないんだけど、一つ言える事があるよ?」
デブリと言われる敵を前に、朱莉は戦う相手についてのレクチャーをする程度には余裕を見せる。
やがて、次から次へと鈍い金属色をした何かがわらわらと湧き出してきた。
これが朱莉の言う、デブリという敵。
「アレを倒さなきゃ、皆殺されちゃうって事」
「ころ…っ?!」
「恐怖心を煽って、長い時間をかけてゆーっくりと一人ずつ丁寧にねっとりと命を削り取って行くんだよ…」
どんな手段で苦しめられるのか、12歳のレジーナがイメージするのはごく狭い範囲の事だった。
だけど、それだけのイメージだけでも一つ確実に言える事がある。
怪物に好き勝手蹂躙されるのを良しとするほどレジーナも、ましてや人間は生に無関心ではない。
「っ… そんな辱めを、許せるはずがないじゃない!」
「言うねー、その意気だ」
波のように迫りくる敵の群れを前に、やはり朱莉は余裕の態度を崩す事はない。
剣を担ぎニコニコとしながらレジーナを励ます。
「アカリ、敵がっ!」
「言ったでしょ? 私が居るから怖くないって」
朱莉がそう言い担いでいた剣を横薙ぎに振り抜く。
たった一振りの斬撃は、デブリの悉くを呑み込んだ。
「ね? 怖くないでしょ?」
「……」
あまりの迫力に、レジーナは言葉を失ってしまう。
今の今まで自分たちを襲おうと押し寄せてきていた何十何百という集団が、あっという間に爆炎を上げて爆ぜ散っていくのだから。
しかもたった一撃でそれをやってのけてしまう。
「アカリ…一体なにを…」
「何って…邪魔だったから吹っ飛ばしただけだけど?」
「吹っ飛ばすってアナタ…」
吹っ飛ばすというより、あれは鋭い勢いをぶつけて叩き斬ったようにすら見える。
ゲームなんかに斬撃を飛ばして遠距離を攻撃するような技があるが、あれを広範囲かつ一撃で放ったようなものだろうか、朱莉のやってみせた事は。
まずゲームみたいな事をやってのける事に疑問を持つよりも先に、朱莉を襲う物が居た。
「きゃっ! な、なにあれ…サソリ?」
「んー、よく居るんだよねぇ、人がお喋りしてる時に邪魔してくる蟲野郎が…さっ!」
そう言いながら朱莉へ放たれた弾丸が飛んでいくが、その弾丸は朱莉を貫く事はない。
剣を軽く振り、その弾丸を打ち払ったからだ。
しかも打ち返した弾丸は撃って来たサソリに命中しているなんていうオマケつき。
「っ?! どんな剣の達人よ?!」
「んー?何かおかしい?」
「普通そんな事誰にだって出来ないわよ!」
「そ…っかなぁ!」
またも撃たれた銃弾を打ち返して、撃ってきた敵へ跳ね返す。
偶然でもマグレでもなく確実に狙ってやっている。
何度もそんな事を繰り返してる内に、撃ってくるやつは居なくなっていた。
「こんなもんかなぁっと」
「何なのよアナタ一体…」
「私? 対デブリ対策…えぇと…長いからいいや。 スターライトの周防朱莉だよ」
「スターライト…? 星光?」
朱莉が変身した所を目の当たりにしていたレジーナは心の中に出てきた言葉がポロッと口に出てしまう。
「まあそんなとこかな? それじゃ決着と行こうかな」
そう言って朱莉は剣を地面へ突き刺す。
何をするのかと見ていたレジーナだったが、その結果はすぐに現れる。
地面が音を立て割れたかと思えば、その割れ目は降ってきたユニットへと向かって行った。
数秒後にはそれが地面の中へ飲み込まれていくのと一緒に爆発して粉々になって行くのを、朱莉とレジーナはただ見ているだけである。
「っ?! 空がっ!」
「これが終わりの合図って訳。 あー終わったー」
降ってきたユニットを破壊したかと思えば、空を覆っていた暗闇がまるでガラスが割れて行くかのようにバリバリと砕けて散っていく。
その向こう側からはさっきまでの青い空が広がっていた。
たった数分の出来事だっただろうが、レジーナにとっては何時間も戦闘に居合わせたような感覚がまだ身体に残っている。
「レジーナちゃんもお疲れさまー」
「っ?! アカリ?!」
空が明るくなっていくのと同じように、朱莉もまたその身体が輝いていく。
まるで力を使い果たして消えていくかのような。
「一緒に居れて楽しかったよ…レジーナちゃん」
「ダメッ! アカリいかないでっ!」
光に包まれていく朱莉をレジーナは抱きとめる。
それだけで彼女がどこかへ消えてしまうのを止められる筈もないのは幼いレジーナにも分かる。
だがそれでも彼女の姿が消えていくのをただ見ているだけなんてレジーナには出来る訳もない。
「アカリ…アカリ…」
「レジーナちゃん……お願い、聞いてくれる?」
「ええっ! アナタのお願いならなんだって!」
「よっしゃ言質取ったぁ!」
その瞬間、きっと一瞬だけ世界の時間は止まっていたのだろう。
朱莉を包む光が消え散ったかと思えば、そこから出てきたのは最初に会った時の服装に戻った朱莉の姿だった。
その瞬間レジーナは全てを理解する。
ハメられた!
「お願い聞いてくれるんだよね? さあさああっちに待たせてる車に乗って乗って」
「うぐぐ…こんな姑息な事をして…私をどうするつもりなのっ?!」
見れば公園の外には黒い車が止められていた。
ついさっきまであんな車は止まっていなかったのに。
周りに黒い車なんていくらでも止まってるし走ってるけれど、乗るよう言われているのはあの車なんだとすぐに分かってしまう何かがあった。
「簡単な事だよ。 レジーナ・ハストラングさん、キミをスカウトしに来たの」
「スカウト?!」
それからレジーナはあっと言う間にスターライトとして朱莉たちの仲間入りを果たす。
あっと言う間にフォーマルハウトのスターライトとして覚醒し、その力を増していく。
「…といった感じかしら」
「ふむふむ…」
時代は戻り彦乃とレジーナは居間で昔話をしていた。
「最初はかなり苦労させられたものだったから、アナタも気を付けなさいね」
「あっはは…」
もう十分に苦労させられているなんてとても言えそうにない。
言ってしまえばきっと朱莉には雷が落ちてくる事だろう。
彼女を恨んでいる誰かならともかく、彦乃にはそんな事になって欲しいなんて考えは持ち併せていない。
笑って誤魔化すのが精一杯だ。
「そうだわ、さっきの話で私は12歳だと言ったじゃない?」
「え、はい」
「その時のアカリは何歳だったと思う?」
突然な出題に彦乃は言葉を詰まらせる。
確か話の中で10歳くらいの少女とか言っていたような気がする程度にしか覚えていない。
となると、そこから計算していけばいいのだろうか。
「ヒントは、今の私が17歳と言う事としましょう」
「つまり、5年前……ん?」
不意にいつだったか朱莉から聞いた彼女の年齢を思い出す。
二十歳と言っていただろうか、彼女は。
その五年前。
「……え、15歳?」
「惜しいわね。16歳よ」
正解する事こそ出来なかったが驚くべき事態が判明する。
10歳程度の容姿だったその時、既に朱莉は16歳だったのだという。
「しかも彼女、今日が誕生日よ?」
「え…えぇ? ……うええぇぇぇぇぇ?!!」
もっと衝撃的な事を聞いてしまった。
では今日から朱莉は21歳と言う事だ。
そんな話まったく聞いた事も無かった彦乃からすれば驚愕の連続である。
「あら、そういうお話しなかったの?」
「え、えぇ… 朱莉ちゃんから聞いた事無かったですね…」
「お喋りなあの子が… 珍しい事もあるものね」
単に彦乃と知り合った頃が忙しかったのかとも思ったが、ちょくちょく仕事を投げ出していた思い出もあるような気がする。
だったら単に喋りたくなかっただけなのだろうか。
「あの子もまだまだお年頃、って事なのかしらね」
「朱莉ちゃんが…ですか?」
彦乃の言葉に「ええ」と返して、レジーナは買ってきた茶菓子を食べる。
貰った側である彦乃は全然食べていない。
味覚が無いからとかそういうのではなく、レジーナの話を聞くのに夢中になっていたからだ。
「…食べないの?」
「は、はい…けど、桜ちゃんが帰ってきた時の為にも貰っておいていいですか?」
「ええ。 コレはアナタにと買ってきたものだもの、貰ってちょうだい」
土産を受け取った彦乃は、いつか桜と一緒に帰ってきた時の為にと引き出しの中へ大事にしまう。
今からでも桜が帰ってくる楽しみが一つ増えたというものだ。
「さてと…私はアカリへのバースデイプレゼントでも買いに行こうかしら。 ヒコノも来る?」
「あ、いえ… 私は家にいなきゃいけないので…」
「そう?」
少し残念そうな声を漏らしながら立ち上がると、レジーナは買い物へ行く準備を済ませてどこかへ歩いていく。
それを見送って行った彦乃は、こうして神社の番へと戻って行くのだった。
いつもなら騒がしい筈の日常を静かに過ごしていく彦乃の背中は、どこか寂しそうにしていた。
続く




