第八十六話 除夜の焔
「しつっこいっ!」
「失せろっ!」
足元の遥か彼方では除夜の鐘が鳴り響く。
距離が距離だけに聞こえては居ないが、去年の彦乃ならこの時間には既に除夜の鐘を聞きながらゆったりとした時間を過ごしていた事だろう。
だが今は、そんなゆったりとする事なんて絶対にできない。
「ちくしょう抜かれた!」
「操っ!」
「お任せやで!」
雨か霰のように降りかかるのは、雨でも霰でもない。
小型の鳥型デブリと、はるか後方から撃ち込まれる大砲の数々だった。
ヘレンは壁で防ぎ、美波はその壁を利用しつつ一匹づつ的確に潰していく。
それでも数が多くいくらかの進入を許してしまえば背後に居る操の出番。
「手数は多い方がええでな」
「そう思います」
「んなら、デネブはあっち頼むで」
「承知しました」
進入し二手に分かれた所で操はルミナスから分身を作り出し左右真逆の方向へと向かう。
進行ルートはヘレンがデブリの後続を阻止しつつ足場を作ってくれている。
これならば速攻で片付ける事も可能だ。
「ざっと数えて20くらいか? やったるで!」
自分へ殺到してくるデブリの群集の中へ勢いを付けて飛び込んでいく。
何も対応する事が無ければ鋭いくちばしで身体中穴だらけにされてしまうかもしれない。
だが操にとって、その程度の数は多い内に入らないし脅威とは呼べない。
「ぐっ…せやっ!」
手に持つ小刀を振るい、一瞬のうちに自分の担当している分のデブリを消滅させてしまう。
デブリを確実に葬れると確信した上で、小刀を頭の中に流れ込んでくる軌道そのままに振り抜いた結果がこれなのであった。
群集に突っ込む寸前に外していたメガネを付け直して、操は元の位置へと戻って行く。
「ふいぃ、なんとかなったわ」
「質問があります」
「ん? なんや?」
同じようなタイミングで元の足場へ戻ってきた分身のデネブに、いきなり質問を投げかけられる。
その顔はどうしてと言いたそうだと顔に書いてあるとばかりの形になっていた。
「腰部のユニットにはシュリケンやマキビシを始め、射出武器が多数搭載されていますが、どうしてそれを使わないのでしょう?」
シュリケンもマキビシも、きっとみんなが知っている手裏剣や撒き菱とほぼ同じ物だ。
これらは手で投げるのはもちろん腰のユニットを使えば、拳銃のように撃ち出す事も出来る。
だが操はそれをせずに手持ちの小刀のみで戦っていた。
違う方向で戦っていたデネブはそれらを使用しつつ戦っていたのに、だ。
「んー…ウチ倹約家なトコあるし、そーいうの出てしもーてたかもな」
「なるほど…記録しておきます」
何も使わずに戦う事がいけない事だとは誰も思っていない。
そういう戦術だってある。
つまりはそう言う事だ。
「それに、コレもやっとこさ慣れてきたしな」
「眼ですか」
「せや。 いつの間にかついとった『視伝一閃』…これなんなん?」
操が言っているのは、その技名っぽい何かだった。
やっている事と言えばメガネを取って視える物を変えた事を差すのであって技と呼べるようなものではない。
それにこのネーミング、操が考えた物ではない。
使っている内に侵透してしまっていたが、元はと言えばコレはデネブが考えていた物なのだから。
「……」
「…?! 自分で聞いといて恥ずかしがるんかいっ!」
操にその事を聞かれたデネブはと言えば、顔を赤くして顔を逸らしていた。
姿は操なのだから、もし操がこんな女の子らしい仕草を見せたとすればこんな動きになるのかと感心はしつつもツッコミを入れずには居られなかった。
「…ルミナスの無駄遣いは控えてくださいね」
「あっ! …んのアホ、逃げるみたいに消えよって」
元はルミナスで構成された身体なのだ、デネブが消えるのに時間は必要としなかった。
光の粒子となって姿を崩したデネブはそのまま消滅していく。
まあ本体そのものは今も髪留めとして存在しているのだが。
「彦乃、大丈夫かいな…」
操は後ろを振り返り彦乃の心配をする。
自分の背中には攻撃の準備に集中するべく無防備になっている彦乃たちがいる。
デブリ達をあちらへ通してしまっては、きっと彦乃たちに迎撃するだけの余裕はないだろう。
「…信じるっきゃないでな!」
自分の顔をパンパンと叩き気合いを入れ直した操はヘレンと美波のバックアップへと戻って行く。
その背後では、彦乃と輝が攻撃の最終準備へ取り掛かっていた。
「輝ちゃん、準備いい?」
「はい、いつでもどうぞ!」
二人で考えた作戦は、とても作戦と呼べる物ではなかった。
彦乃の火力と射程を無理矢理に伸ばし、悲鳴を上げるだろう身体を輝が即座に癒す。
一歩でも間違ってしまえば、きっと彦乃の腕は吹き飛んでしまうかもしれない。
彦乃が無事にやり遂げられるかどうかは輝の腕にかかっていた。
「やあぁっ!」
二人を乗せた牛頭は火を噴き二人を空へと運ぶ。
足場にしていた場所よりもっともっと高くへと飛んでいく。
高度をどんどん上げて行き、目指す場所は一点のみ。
デブリのユニット全てを狙える絶好のポイントだ。
「輝ちゃん、私の背中に掴まって」
「はい」
「このへんで…牛頭っ!やるよ!」
宇宙なんじゃないかと思う程高くまで飛びあがった彦乃たち。
周囲の星々はもう彦乃たちを歓迎してはいない。
そのままこっちへくるんじゃないと警告しているようだ。
だが彦乃にはやる事がある。
輝を背中に背負うように捕まらせて、牛頭から降りて武器として構えた。
「牛頭…もっと頂戴、その力!」
彦乃は願う。
牛頭がもう一本あれば、と。
その願いを、牛頭は…いや、アルタイルはしっかりと聞き届けてくれた。
右手に構える牛頭と全く同じ槍が、かざす左手にも表れたのだ。
「牛頭が二本…っ?!」
「よおっし! これで行けるっ!」
新たな牛頭を受け取った彦乃は、二本が一文字になるように腕を広げて構える。
勿論、片腕で持っているだけなので展開されたグリップには指一本触れてはいない。
だが彦乃には分かる、このままでも撃てると。
「後は…エネルギーだ!」
「エネルギー?」
「うん…つまりこういう事!」
もっと火力を、もっとパワーをと考えた結果は、デブリたちより先に自分のリミッターを吹っ飛ばしてしまうという結論に達した。
輝を背負ったまま、彦乃はシューティングスターモードを起動し姿を変える。
解除後にどんな反動があるか、まだ怖さはあるが最大限の力を出せずに失敗してしまうよりはマシだ。
「え、雲類鷲さんっ?!」
「気にしないで、大丈夫だから」
自信に満ちた笑顔を輝へ向け、すぐに真面目な表情へ戻る。
実際の所、これを使って大丈夫だと思える点がほとんど見当たらない。
確かに敵は倒せるだろう。
だけど、それによって今度は何を失ってしまうのか。
そう考えているだけで腕が震えて来てしまいそうになる。
「大丈夫…光ちゃんも、行こう」
SSモードに加え、更にそこからギャラクシーモードを起動する。
二重重ねの強化は彦乃を確実に強くした。
大量のルミナスが彦乃の身体から溢れ出して輝く。
「ルミナス集中……限界を超えて…さらに越えて…200%!…牛頭、無理させてごめんね…スターダスト・プレイヤァァーーー!!」
全エネルギーを穂先に集中し、その全てを破壊力へと変えて切先から撃ち出す。
それも二方向からだ。
狙い通りの場所へ飛んで行った砲撃は、そのまま宙空間を落下していくユニットを撃ち抜いた。
それも二方向共にだ。
だがこれで終わりではない。
もっと多く、もっと強く、もっと正確に!
「いっけぇぇぇぇぇ!!」
砲撃をただ撃つだけでビームは止まらない。
腕へ掛かる負荷などお構いなしに、そのまま槍の向きを変えていく。
なぎ払うようにして次々とデブリのユニットを切り裂いて行っているのだ。
円を描くように回転し、何周も回ってデブリを確実に砲撃の中へ飲み込んでいった。
「すごい負荷…雲類鷲さん、一体どんな覚悟をしたらこんな無茶な事…」
彦乃が砲撃しながら、輝が即座に治療を施す。
治療している輝だからこそ分かる事があった。
彦乃の腕は、とてもあんな砲撃をなぎ払えるように振り回す程の腕力がある訳ではない。
今でこそ治療が追い付いているが、いつまでも続けていては本当に腕が吹き飛んでしまう。
「はぁ…はぁ…はぁ…や、やったぁ…」
彦乃が感知している限りのデブリは全て焼き払った。
追加が表れる様子も無い。
これで全てが終わったのだ。
「んしょっと、輝ちゃん…帰ろっか」
「はい」
牛頭に乗り直し、二人は元の足場へと戻って行く。
それぞれのモードも解除してすっかり元通りだ。
地上では年明けを祝っている頃合いだろうか。
続く




