第八十二話 突撃!隣の大掃除~雲類鷲彦乃のお助け本舗~
皆さん、大晦日とはどのように過ごしているでしょうか。
家の大掃除を終えてゆったりまったりと過ごす?
それともどこかへ美味しいものでも食べに行く?
はたまた、やり残していた大掃除を一気にやる?
「ひーこのー」
「なーに、桜ちゃん?」
「おなかすいたー」
彦乃たちはと言えば、特に何かするでもなく居間でゆったりと寛いでいた。
本殿も拝殿も綺麗に掃除したし、社務所の掃除もすっかり終わっている。
鳥居もすっかりピカピカになったし、通路も割れた石畳の交換まで終わらせてすっかり綺麗になった。
手水舎のゴミ掃除も終わらせたし柄杓も古くなったものを新しいものに取り替えておいた。
絵馬を括り付ける絵馬殿もしっかりと整理したしおみくじを括り付ける為の大笹も受け取って今では風に揺られている。
「晩ごはんは豪勢になるから、それまでちょっと待ってようねー」
「はーい」
彦乃の部屋もしっかりと大掃除でピカピカにしたし、桜の部屋も頑張って綺麗にした。
つまる所、彦乃と桜は自宅における大掃除を全てやり終えて暇を持て余していた訳である。
つい先日まで大掃除を頑張っていた自分へのご褒美と言わんばかりにだらけてだらけまくり時が過ぎるのを待つ事が、二人にとって至福の時間のようにすら感じられる事だろう。
「……あー、テレビ何かやってないかなぁ」
ふと気になった彦乃はテレビを付けた。
いくらかチャンネルを回してみたが、どのチャンネルもほぼ毎日この時間にやっているバラエティ番組の年収めスペシャルだとかドラマの拡大スペシャルだとかそう言った物で溢れ返っている。
たまにやっているのを見つけたニュース番組も、来年の事についてで盛り上がっているようだ。
「………平和だねー…」
「だねー…」
大掃除の時に出てきた古い炬燵に入って、ゆったりと寛いでいた彦乃と桜。
猫は炬燵で丸くなる、なんて言うが彦乃と桜は背中が丸くなっていた。
「桜ちゃん、みかん食べるー?」
「食べりゅぅ」
炬燵のあまりの快適さに、桜はさっそくおかしくなりつつあった。
それはさておき、彦乃は桜の為にとみかんを剥いていく。
最初こそみかんの皮むきには苦労させられたものだが、今となっては彦乃の敵ではない。
さっと皮を剥いて、食べやすい程度に白皮を残しつつ丸裸にしてしまう。
「はーい剥けたよ」
「10.56秒…彦乃、新記録たっせーい」
「ホント? やったね」
どうしてそんなに正確に計測できるかって?
皆さんお忘れじゃないですか、桜がデブリであるという事を。
確かに桜は容姿も人間なら構造も人間。
だけどデブリである事には変わりないのです。
故に、精密な作業において桜は精密機械のような正確さを持っているのだ。
「彦乃彦乃ー」
「なーに?」
「あーんして?あーん」
彦乃に剥いて貰ったみかんのひとつを千切って彦乃に差し出す。
一つの玉の中で一番大きなものなのも桜なりの優しさだったりするのだろうか。
「あーん…あちょっと待って」
「うぅぅ~…」
それを食べようとした彦乃だったが、家の電話が鳴ったので食べるのをやめて炬燵から抜け出す。
悔しそうに頬を膨らます桜を優しく撫でつつ、受話器を取った。
『あぁー、もしもし? 鵠戸ですけどー』
「操ちゃん? どうしたの?」
電話を掛けてきたのは操だったらしい。
携帯もあるだろうにわざわざ家の電話へどんな用だろうか。
『彦乃か、せやったら話早いわ 今暇しとる?』
「うん、暇だけど…」
『せやったら大掃除手伝うてくれへん?』
なるほど、操の家は大晦日に一気掃除派らしい。
電話の向こうでもバタバタと音が漏れ聞こえてくる。
「うん、いいよ?」
「操ー、おやつちょうだーい」
『あんがと…て桜もおるん? やったら二人で来てくれるとウチ助かるわ』
ちゃっかりと追加増援も確保していた。
「うん、二人で行くね」
「おー!」
『ほんならウチも大片付け戻りつつ待っとくわ。 なるはやで頼むで』
「りょうかーい」
そこで電話を切り外へ出る準備と簡単な掃除道具を纏めて持って行く事にした。
桜もそれに従い外出の準備をする。
雲類鷲お掃除サービスの出張である。
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「ここ来るのも久しぶりだなぁ…」
「お菓子屋さん!」
彦乃の家から操の家まではそう時間はかからない。
ちょっと歩けば届く距離だ。
家を店舗に改造した、昔ながらの駄菓子屋さんが玄関口となっている。
玄関口にしているだけあって、今も営業してはいるのだ。
まあ家の内側でドタバタしているようで店番は誰もしていないようだが。
「お邪魔しまーす」
「しまーす」
わざわざ呼び止めるのもアレなので声だけ掛けつつ家の内側へ入って行く。
どうやらそこそこ大掃除は進んでいるらしく、手前の部屋は捨てる物の集積所のようになっていた。
大掃除中にゴミが出てくればここへ置きに来ると良さそうだ。
「…んおぉ! 彦乃に桜! 待っとったでぇ!」
「操ちゃんっ?! 手伝うよ!」
「布団おばけっ?!」
階段をずしんずしんと足音を立てて降りてきた操。
彼女は古くなった布団をいくつも重ねて持って降りて来ていたようだ。
あまりに重ねすぎて重いのと、高さのせいで一瞬布団の塊が足を生やして降りてきているように見えたとは桜の感想。
「おう、助かるわ。 そっちっかわ持ってぇな」
「うん。行くよ? いっちに、いっちに」
操が持っているのと反対側を持って、神輿を運ぶかのようにして布団の山を降ろしていく。
一階まで降り切れば、後はさっきの集積所まで持って行くだけだ。
「よっしゃ、ここ降ろしてーな」
「はーい、降ろすよー」
操の指示で集積所に布団を置くと、やっと操は布団の山から解放された。
「ふひぃ、腰いったいわ…」
「操、じじくさーい」
布団を持ち上げるだけならまだしも、階段を降りていたのだ。
腰に負担が掛からない訳もなく。
操は集積所を出ると腰をポンポンと叩いていた。
「っるっさいわアホ…にしてもあんがとな、助かるわ。 まだ上にメッチャあるんよ、二人とも手伝うてくれるか?」
操の問いに、二人は元気よく了解してくれた。
その為に来たのだから当然だ。
「二人ともええ子やなぁ……アレ?じっさまはどしたん?神社の掃除?」
「ううん?朝早くから近所の友達とかに挨拶回り。 夕方くらいには帰ってくると思うよ?」
「操、爺ちゃんに用事あったの?」
昼から彦乃と桜がゴロゴロと炬燵でくつろいでいたのも、そう言う事であった。
やる事はやり尽くしたので二人は寛ぎ、趣味を実益を兼ねているからと祖父は近所の友人や知人の家を挨拶して回っている。
きっと帰ってきた頃には山盛りのお土産を携えている事だろう。
「用事やなかったんよ ウチにも来とったから気になってな」
「なるほど…って、大掃除の途中だったよね」
「いっそげー!」
そこから鵠戸家の大掃除に彦乃と桜を加えた大掃除隊の猛進撃が開始された。
二階にある捨てたい物や溜まっていたもの、降ろす物などを一気に降ろして集積所へ持って行き、どんどんスッキリとしていく。
操の部屋も例外ではなく、何年かぶりに入った彦乃も感傷に浸る時間も無くどんどんゴミを集積所へと集めて行った。
それを暫く続け、一階の方もやっていく。
「…ふぅ…」
「ぐひぃ! しんどーい!」
「二人ともお疲れさん これ飲んで休憩し?」
作業を続ける二人の下へ、操が差し入れを持ってやってきた。
その手に持っていたのは売りものである筈のジュースだ。
「操ちゃん? ありがとー …でも、いいの?」
「内緒やで? 頑張ってくれとるからご褒美やーてオトンがな」
「太っ腹ー!」
桜が元気にはしゃいでいると、部屋の向こうから誰が太ってるってー?と冗談交じりに怒鳴る声が聞こえてきた。
怒鳴り声のすぐ後に笑い声が聞こえてくるあたり、自分で言って自分でウケているのだろう。
「…ごめんな、オトンの面白ないギャグ飛んできて」
「ううん、面白いよ?」
「うん」
そんな雑談をしながら休憩を取り、終わる頃には貰ったジュースをぐいっと一気に飲んでしまう。
大片付けも後半戦へ突入だ。
「さって、大片付けに…?」
「彦乃、電話ー? 先やってるねー」
「うん、ごめーん。 …はい、もしもし?」
片付けへ戻ろうとした矢先に、彦乃の携帯へ連絡が入る。
知らない番号だった事もあり少し警戒してしまうが、その警戒も徒労に終わった。
電話の相手は美波だったからだ。
「雲類鷲さん? ちょっとお手伝いして欲しい事があるんだけれど」
「お手伝い…? 今操ちゃんの家を手伝ってて…」
チラッと操の方を見ると、それを察したのか操は作業を止める。
「ええよ? 行ってきたり? 彦乃は皆の彦乃やからな」
事情を察したまでは良かったのだが、言っている事はイマイチなあたり操であった。
「それに、もうだいぶ進んだからなぁ…夜までには終わる思うわ。 助かったで」
まあ、後は一階部分が主だろうからだいぶ進んだのはあるのだろうが。
「…いいの?」
「ええってええって。いっといで あ、桜借りとくけどええ?」
「えぇっ?! 彦乃と一緒がいいー!」
あまりの衝撃に、桜は荷物を持ったまますっ飛んできた。
その手に持っている物を見て、どうして借りておきたいかを彦乃は察する。
桜が持っていたのは、本がギッシリと詰められた大きなダンボールの箱だった。
「うーん…桜ちゃん、お願いしてもいい?」
「えぇ~……終わらせたら褒めてくれる?」
「うん、いーっぱい褒めてあげる。 だから、ね?」
「分かった! すーぐ終わらせるからぁ!」
褒めてくれると分かると桜は猛烈な張り切りようを見せ始めた。
このまま行くとすぐにでも終わってしまいそうな勢いだ。
「それじゃ…ごめん、行ってくる!」
「いっといでー」
こうして彦乃は桜を操に預けて美波の下へと向かう。
そこから、あった事をダイジェストへ話そう。
出来事が多過ぎたので簡略的にまとめたものだと思って貰えればいい。
まずは青星家へ行き、家の整理を手伝う。
その途中でクラスメイトの文佳から家のおつかいを手伝って欲しいと連絡が入り、切りの良い所で切り上げて文佳の下へ。
文佳と分担して正月準備の買い出しに奔走し、買い物が終わった頃に今度は野球の時に応援団長をやっていた翔太から連絡が入る。
今度は音楽機材など重い物の移動を頼みたいという物だった。
文佳の手伝いも終わった所だからと翔太の所へ向かい、サッと機材の移動を終わらせてしまう。
全部の移動が終わった所で今度は織姫から電話が掛かってくる。
なんでもすぐ来て欲しいとの事ですぐに向かったが、要件はと言えば…
「――ん~、くたくたに疲れてる彦乃ちゃんもいいわぁー」
「ちょ、織姫ちゃん?! 汗臭いよ?埃っぽいし…」
何の為に呼び出したかと思えばコレである。
玄関先で出迎えてくれたまでは良かったのに、ちょっと歩み寄ってみれば堰が破れた川のように猛烈な勢いで襲いかかってきた。
抱きついて匂いを嗅いで、ちょっと舐めたりもして身体を触りまくる。
「彦乃ちゃんの汗の匂いは極上の…あ、そうだ」
ここで唐突な提案。
「彦乃ちゃん、埃っぽいんなら一緒にお風呂入ろう?」
「お、お風呂って…んぅっ!」
流石にここまでエキサイトしてしまっている織姫と一緒のお風呂はと思い、やんわりとお断りしようとした彦乃だったが、織姫がそうはさせなかった。
どう嫌らしく触ればそこまでの刺激を与えられるのかと言う程指をクネクネさせながら、彦乃の背中に指を這わせる、ただそれだけで良かった。
「うん?! OKってこと?やったーすぐ入りましょう」
「え、OKなんて一言も」
「はーい脱いでー」
「うぇ?! もう脱衣所?! ち、ちょっと待ってそれくらい自分で…うにゃぁぁぁ!」
最初にカポーンって擬音を考えた人、天才だろうと私は思います。
「…ふぅ、スッキリしたぁ」
「……うん…そうだね…」
彦乃は別に、織姫との入浴が嫌いな訳ではない。
使っているシャンプーや入浴剤はすごく良い匂いがするし、織姫が背中を洗ってくれたりもする。
ただ、その度にこっそり胸を揉んでくるので敬遠していた訳だ。
今回は逃げられないと悟った事で風呂へ運ばれて行った訳ではあるが。
おかげで二人ともピカピカ。
今年の汚れは全部落として行ったと確信しても良いほどに艶やかだ。
「あ、服はそっちに置いてあるからね」
「…ありがとう、借りていくね?」
いつまでも落ち込んではいられないと用意してくれた服を確認する。
カッコよさ重視の、犬のようなマークに稲妻が重なった、彦乃の好みなマークをしたシャツと赤地のパーカーと赤いスカートがそこには置かれていた。
まるで彦乃の為に用意されていたかのようにサイズもピッタリだ。
これにはボロボロになっていた彦乃の精神もだんだんと回復していく。
「織姫ちゃん、服ありg」
「ええ、前に言ってたサイズでそのデザインのも作ってちょうだい…あ、似合ってる! 良かったー、それ彦乃ちゃんに似合うかなーって思って用意したんだー」
デザインがどうのはさておき、サイズとは何の事なのか。
もしも関係ない話だったらそれまでなのだろうが、彦乃が今着ている服といいスカートといい、サイズがピッタリなのがやけに気になる。
気になって仕方がない彦乃は、次の瞬間にはサイズについて考える事をやめた。
これ以上突っ込むのは、底なし沼に足を突っ込むような物だと直感が警鐘を鳴らしてきたからだ。
「そうなんだ…ん?」
「電話?」
「うん、ちょっとごめんね」
織姫が彦乃の着ている服について語ろうとしていた所で携帯に着信が入る。
なんという助け舟か。
画面を見れば、朱莉からのようだ。
「もしもし、雲類鷲です」
『あぁ、彦乃ちゃん? ちょーっとコンペイトウに来てもらってもいい?』
「私だけ?」
『ううん、デルタ全員。 送迎にヘレンを動かしてる彼女の車に乗ってウチまで来て?』
ヘレンが迎えに来る事自体は普通の事だ。
だが、どういう用事なのだろうか。
大晦日だというのに。
『詳しい話はこっちでするから、よろしくねー』
それだけ言うと朱莉は電話を切ってしまったらしい。
そのまま彦乃はヘレンへ連絡を取り織姫の家へ迎えに来てもらいコンペイトウへと向かう。
果たして朱莉はどうしてこのタイミングでデルタ隊を集めたりしたのだろうか。
その真相とは。
続く




