第六十五話 雪山の小さな出会い
「織姫ちゃん、狙い撃てる?」
「うん、やってみる!」
温泉でゆっくりするはずだった者たちは今、各自でスターライトの姿へ変身して旅館の屋根の上に昇り落着ユニットの確認を行っていた。
空の遥か彼方で輝くデブリのユニットを、彦乃はいとも容易く捕捉してみせる。
「織姫ちゃん、あれ狙って!」
「分かった!」
ライフルを出した織姫はその場で構えて狙いを定める。
距離が離れすぎている故に、1ミリでも狙いがズレてしまえば数メートルは離れた場所を飛んでいくであろう程の距離だ。
しかし、織姫にとってはその程度の射程は朝飯前である。
「バレット換装…」
腰を落とし膝立ちになり、ライフルのマガジンを交換して再び狙いを定める。
呼吸を整え気持ちを落ち着かせ、トリガーを引いた時の反動で狙いが逸れるのを防ぐ為にグリップをしっかりと握り直す。
そして織姫はトリガーを引いた。
「いっけぇ!」
渾身の一発が打ち出される。
とは言っても、距離が離れすぎていて即座に確認する事は出来ないのだが。
まあ数秒後には結果が出た。
「……よっし命中!」
「社長、軌道は…」
『うん、ナイスアタック! 北東方向に1キロくらい離れたね。山の中に落ちるよ』
スキー場から少し離れた雪山の中。
そこが、修正された後の落着ユニットの落下地点だった。
データ的な物こそ無いものの、彦乃はその位置をコンペイトウより先に分かっていただろう。
「丁度あのあたりかな。あのちょっと大きめの樹がある所」
「あそこか…」
「文字通りの山ン中やんけ」
彦乃が指差した場所は、言う通り少し大きな樹が目印になっている他は完全に山と森が広がっている場所だった。
少し降りれば町の端に達するんじゃないかという程の距離にある。
これは即ち、上手く行けば被害をゼロに抑え込む事が出来るかもしれないという事を意味していた。
デブリが空中で飛び降りたりでもしない限り、町にデブリが即座に現れる事は考えにくい。
ならば速攻でデブリのユニットを潰せば、それで終了である。
「……落ちたっ!」
なんて考えている間に、落着ユニットは彦乃の指した場所に落ちてきた。
「速攻で行きますっ!」
牛頭を呼び出し、槍が火を噴き始めた所で彦乃はいつものように跨るのではなく、槍の上に立った。
丁度、昼に滑っていたスノーボードと同じような感覚で飛び移った彦乃はそのまま単独で落着ユニットの落ちた場所へと突っ込んで行った。
「いつもなら一人で突っ込むなって言いたいトコなんだけどなぁ……行くぞお前ら、付いて来れなくても拾ってやんねーからな!」
彦乃が突っ込んで行った方向へ、ヘレンはルミナスで作った光の床をいくつも作って即席の歩道橋のような物が出来上がっていた。
それの上を渡れば、建物や障害物によるタイムロスを最小限に抑えられると言う訳だ。
「はっや!やっぱ速いわあの二人…ウチも負けてられへんな」
「ちょっと! 置いてくんじゃないわよ!」
残された操たちも、ヘレンが作って行ったルミナスの床を走り二人の後を追う。
最後尾を走る事となってしまった青星姉妹からすれば、自分がたった今まで立っていた場所が、走る度に光となって消えていく事に強い恐怖を覚えていた。
足元の足場が急にフッと消えていくのを見てしまえば、自然と急ぎ足になるというものだ。
「やばい!やばいよお姉ちゃん!足場がぁぁ!」
「分かってるわよ!立ち止まったらドボンよ!走れぇぇっ!!」
落とされるまいと全力疾走で走る二人は、結局最後尾から脱出できこそしなかったものの、床が消えて下へ落とされる事にはならずに済んだ。
さて、先行して突撃した彦乃はと言えば…
「やぁっ! たぁっ!」
落着地点のユニットから溢れるように出て来た多数のデブリへ勇猛果敢に突撃していた。
片手にキツネを抱えたままで。
「これで…どうだぁっ!」
槍のブースターを起動し、槍ごとデブリの大群の中へ突進していく。
その推進力はデブリ程度では動きを押し留める事も叶わず次々と切先で貫かれて霧散していく。
なんとか回避しようとした者達も、槍が吐き出す炎に焼かれて消え去っていった。
無双とも言える活躍を見せる彦乃だが、不思議と消耗はあまりない。
「もうちょっと我慢してね…」
腕の中で怯えるように固まって動かないキツネを宥め、引き際を見極める事に専念する。
どうやら彦乃を追ってきたヘレンがもう到着するようだ。
ここは彼女に任せるのが良いだろう。
そう判断した彦乃は牛頭へ飛び乗り、ここへ来た時と同じように槍の噴射で空へと飛んだ。
「…よっし、もう大丈夫だよ?」
抱えるキツネへ話し掛ける彦乃。
それを見て、ある者がすっ飛んできた。
「…彦乃、そいつ投げ捨てて…」
「桜ちゃん?! なんでそんな事言うの!」
ヘレンの光る床を伸ばして貰った桜が、彦乃の所までやってきた。
殺意の籠った目で彦乃の抱えるキツネを睨みつけながら。
「……彦乃…分かってるよね? それ、デブリだよ…?」
「っ! そ、そうだけど…」
そう、彦乃が抱えているこのキツネ、山に居た野性のキツネという訳ではない。
通常のキツネと姿は酷似しているがその実態は機械の身体を持ったデブリなのである。
「分かってるならそれ、捨てて…すぐ切り捨てるから…」
「ダメだよっ!」
彦乃はダメだと言うが、桜は聞かず武器を握りしめる。
このままでは彦乃ごと切り裂いてしまいそうな勢いになっていたが、そうはならない。
「おいおい、何やってんだお前ら!」
「ヘレンさん!」
どこから来たのか分からない程の神速で、ヘレンが様子の確認にやってきた。
ただならない様子に最初こそ戸惑っていたが、状況を理解するとため息が出てしまう。
「彦乃お前なぁ…子供みたいな駄々のこねかたするんじゃねえっての……戦いの邪魔だろ?そいつ置いてけって。な?」
「けど…」
「何も桜みてーにその場で斬れって言ってるんじゃねーって。戦いが終わってから存分に遊べばいいだろって事だよ」
ヘレンの提案に、彦乃はあっとした顔になる。
対して桜は不機嫌なまま足元に群がるデブリの群れへ戦いを挑みに行ってしまう。
「にしてもコイツ、キツネかー。可愛いやつだなー…おっ?」
「ふぇ?」
キツネの頭を撫でていたヘレンだったが、彼女にある異変が起きる。
「彦乃、お前あのモードもう使ってる…訳じゃないよな?」
「はい、まだ使ってません…けど、これは…」
起こった異変、それはヘレンの身体を包むように漂う大量のルミナスだった。
自然発生したというよりは、ヘレンが過剰に精製した分のルミナスを排出しているような風に見える。
彦乃がギャラクシーモードの時にルミナスをダダ漏れにしたような状態になるのと似ていた。
「すっげー! なんか力みなぎって来たぜ?」
『ちょちょちょっ! ヘレンどうしたのっ?! 一気に反応が膨れ上がったんだけど?!』
どうやらコンペイトウ側でもその異常は捉えているらしい。
モニター上に映し出されている反応の中でヘレンの物だけ異常な数値を叩き出している。
まるでシューティングスターモードを発動している時のようだ。とは朱莉の言。
「なんかすっげー調子いいわ! ちょっと足元の奴ら片付けてくるから待っててくれよな!」
「あ、ヘレンさんっ!」
いつになくハイテンションになってきたヘレンは、そのまま足元で桜たちと戦うデブリ達へ突っ込んで行った。
ヘレンが戦闘に参加しただけで、敵の数は加速度的に減っていく。
「……キミ、ヘレンさんに何したの…?」
「……」
「って、喋れるわけないよね。ゴメンゴメン…わったった、そこ気に入ったの?」
彦乃の手から逃れたキツネはそのまま腕を昇って彦乃の肩で立つような形となった。
キツネの毛皮を首に巻くものがあるが、あれをイメージして貰えば現状をイメージして貰いやすいだろうか。
抱えている必要が無くなった分楽であるとは言えるだろうが、これでは槍を振るって戦う事など出来ないだろう。
そう考えてみると、肩に乗っているのもここが高所だから高さに怯えているだけのような気もする。
「っと、降りるね?」
上空を旋回する形で高度を保っていた彦乃だったが、必要性が無いのもあって高度を下げていく。
何よりこのキツネが高い所を嫌がっているのなら、高い所に居る必要は無いと言う物だ。
「お、彦乃おった…って、なんやそのキツネ?」
「かわいいー!ね、お姉ちゃん!」
「今は戦いに集中しなさいよっ!」
下に降りてみると、どうやらもう殆どが片付いているようだった。
どれくらい余裕かに関しては操と輝の反応を見れば分かるだろう。
戦況がもう少し不利に動いていたとすれば、こんな反応はしないはずだ。
「話はとりあえず後やな。 彦乃、町の方に向かったデブリとかおるか?」
「えっと……うん、大丈夫。この辺にしか居ないよ」
「それが分かれば上等だわ! 一気に決着付けるわよ!」
そうして、戦いは掃討戦へと移行していく。
つづく




