第六十四話 猫はお膝で丸くなる
日が傾くまで滑り続け、楽しんできた操たち。
レンタルしていたボードを返して戻ってきた頃には、休憩所の一角ですやすやと眠る彦乃と織姫を見つける事となる。
「おーい、彦乃ー? 終わったぞー?」
「気持ち良さそうに寝てるわね…」
ソファーに座って眠る彦乃と、その彦乃に膝枕をしてもらって眠る織姫。
二人が居る空間が、まるで触れ難い場所のようにすら見えてしまいそう。
「しゃーないやっちゃなー…お土産買うてこっと」
「そうだな。コンビニもあったし、帰り道で食っていく分買ってくるか…桜は荷物持ちな」
「うぇー…んーでも分かったー…」
ちょっと嫌そうな顔をする桜だったが、素直にヘレンに従う。
わがままを言って喚いたりしない分助かったとは言える。
更に美波と輝もコンビニに付いていくと言い始め、最終的には操だけがここに残って眠っている二人の傍に付く事となった。
元からそう言おうとしていた操からしても、自動的にそうなったのなら願ったりかなったり。
「んー……役得やなぁ…」
眠る二人の寝顔を眺めながら、操はそっと彦乃の隣に座った。
静かに眠る二人を見ながら操は買い出し組が帰ってくるのを待っていた。
「……」
買い出し組を待ちつつ携帯を弄っていた操はふと天気予報を見てみると、どうやらこれから気温が下がって雪も降ってくるらしい。
外へつながる通路の窓を見てみると、夕日もすっかり雲に隠れて暗くなってきていた。
「雪かぁ……にしてもあったかいなぁ、彦乃…」
身体がくっつきそうなくらい近くに座っている操ならば思う事があった。
まるですぐ傍にヒーターでもあるかのような温もりが感じられるのだ。
手をかざしてみれば、彦乃から発せられている熱のようである。
熱でも出たかと思い手袋を外して彦乃の額に手を当てるも…
「んぅ……操ちゃん、手つめたぁい…」
なんて寝言が返ってくるくらいで特に辛そうな様子は無い。
寧ろ冷たい手が心地良さそうな声音である。
それにしても、触れただけで、しかも眠っているだろう状態で誰のどの部位が触れたかまで言い当てるとは、これは彦乃の能力故のものなのか、それとも単に彦乃が夢の中でも同じような事をされていただけの事なのか。
それは操にも分からない。
「めっちゃあったかい…」
分かった事と言えば、彦乃の体温が触って居て心地いいくらいに暖かいと言う事くらいだ。
まるでカイロでも触っているかのような感触に操は驚く。
「風邪…って訳やなさそうやけど……言うとくべきかいな?」
「言うべきって、誰によ?」
「んにゃぁ?! って、なんや美波かいな」
猫のような声を上げつつ大げさに驚いてみたりする操。
そんな彼女の事など気にせず美波は眠っている彦乃と織姫を起こしにかかった。
「二人とも、起きなさい?」
「んぅ…美波ちゃん…?」
「何ですかもう…私は彦乃ちゃんのふかふかを堪能して…はっ!?」
織姫の返事だけなんだか怪しそうな物だったが、ただの寝言で片付けられてしまいそうだ。
この手の流れに彦乃が慣れてしまっているのもあったが、織姫も織姫で何度も同じようなネタでチャレンジするとはなんとも無謀な事をする。
「織姫ちゃん、ごめん……起きたんならどいてもらってもいい?」
「え、どうして…」
「っつぅぅ… あ、足痺れちゃった…からって…」
どいてと言われた織姫がショックを受けて彦乃の膝に触れると、彦乃は身体全体を苦しめる程の苦痛に見舞われた。
苦痛、というよりは単に足が痺れてしまっただけなのだが、不意に触れられたという刺激が彦乃にとっては急所となってしまっていたのだろう。
なんとか耐えようとはしているが、その表情に余裕は一切ない。
「あぁっ! 彦乃ちゃんごめんっ!」
「くぁっ!! お、織姫ちゃん…やめてって…」
「何やってんのよ…」
彦乃と織姫の織り成すコントを眺めて呆れながらも助け舟を出す美波。
最終的に、ヘレンと桜が戻ってくる頃には彦乃を操が、織姫を美波が背負い輝は荷物持ちに徹するというフォーメーションが出来上がっていた。
そのまま車へ戻る頃には彦乃の足の痺れは取れていたものの、代わりにヘレンの腹筋が壊れていた事は言うまでもない。
流石に車に戻る頃にはすっかり収まっていたが。
「うぅぅ…」
「膝枕しっぱなしで足痺れたって彦乃お前なぁ…くくくっ…あぁダメだ、思い出したらまた…」
「『あ、足が棒みたいになってるぅ!?』」
「ぶぁっはっ!! も、モノマネやめろ操ぉ! は、腹がぁ! はっはっはっはっ!」
車に戻る頃にはすっかり笑いも収まっていた筈なのに、車に戻るなり桜がモノマネを披露しヘレンの腹筋を壊しにかかる。
笑われている当人もまだ完全に感覚が戻り切っている訳ではなく、正座し続けて足が痺れたような状態になっていた。
立てはするが歩くのは難しく、触れると痺れているのがしっかりと伝わってくるような感覚、と言えば伝わり易いだろうか。
「うぅぅ…」
「赤面してる彦乃ちゃん、なんてレアな…あいたっ!」
「はいはーい、それくらいにしときなさいね」
笑われて悔しいのもあるだろうが、それより恥ずかしさで彦乃の顔は真っ赤になっていた。
織姫が目を輝かせてその様子を観察していても、美波によって阻止されて事なきを得る。
「あっちはいつも通りっと…そんじゃ、温泉行くか!」
「温泉?! えーですやん!ウチは賛成ー!」
「え、温泉?!」
=====
スキー場からあまり離れていない場所に、その温泉はあった。
というか、地図によれば温泉はいくつもあってその中の一件に彦乃たちはやってきていた。
「うわー、ひろーい!」
「あ、桜ちゃん。まずは頭洗うよ?」
「はーい」
雲類鷲家式入浴術その一、お風呂に入る前に頭と体をよく洗う。
最初の頃こそお風呂を嫌がる桜だったが、最近ではお風呂の気持ち良さを理解してかしっかりと入浴するようになっている。
因みに彦乃と一緒でなければ入浴はしないんだそうな。
「外に露天風呂もあるらしいわね」
「露天風呂キター!」
こっちはなぜか輝のテンションが上がっていた。
露天風呂を利用する事自体がほぼ初めてな青星姉妹にとって、露天風呂という響きだけでテンションを跳ね上げさせるには十分だったのだ。
「なんや、ほとんど人おらへんやん」
「だな。 まあ貸し切りみたいな感じになっていいんじゃねーの?」
次に入ってきたのは、操とヘレンの年長者組。
スタイルの良さが飛び抜けた二人が並んで立っていると、ヌード撮影か何かのようだ。
まぁそんな撮影見た事無いので分からないが。
「織姫ちゃん、背中洗いっこする?」
「ひゃん! ひ、彦乃ちゃん? うん、喜んで」
「私もやるー」
既に先に入って身体を洗っていた織姫の隣に座った彦乃。
その後ろに桜も続く形となった。
三人で身体を洗いっこした後はそのまま露天風呂へ直行だ。
「やっと来たかー。遅いぞー?」
「せやでー。 待ち惚けて茹でダコになるか思うたわ」
「ごめんごめーん」
「タコあるのー?どこー?」
桜がタコを探そうと潜ったりしていたが、なにはともあれこれで全員が露天風呂へ集合した訳である。
彦乃たち以外に利用客の姿は無く、脱衣所でも帰る客が数人居たくらいしか見ていない。
あまり繁盛していないのだろうか。
それとも時間が早かっただけか?
どちらにせよ不気味なまでに客が居なかったのだ。
「ほんま貸し切り状態やでなー」
「だよなー。 ゆっくりしていこうぜー」
思いっきりくつろぐつもりでいた一行だったが、彦乃だけは違う何かを感じていた。
心の中の何かがざわつく感じがあったのだ。
ここ暫く感じる事の無かった、毛の立つような寒気と威圧感。
最初の一瞬こそ何の気配か分からなかったが、すぐに答えを導き出していく。
「この気配…デブリ?!」
「なんやて?!」
「チッこんな時によぉ……彦乃、落下地点とか分かるか?」
「やってみます!」
目を閉じ意識を集中すると、今にも落ちてこようとしてくるデブリの落着ユニットがイメージとして頭の中に浮かび上がる。
空を漂っていたように見えるそれは、だんだんと角度を付けて行きこちらへ突っ込んできているのが分かる。
それが向かう先は直感的にどこへ落ちるかを伝えてくれた。
隣接する温泉旅館に激突する事となりそうだ。
「すぐ隣の旅館に落ちてきそうです!」
「EFの発生も確認っと。 メテオーブ取って即変身して行くぞ」
「はいっ!」
温泉を楽しむ時間は後に取る事となりそうだ。
デブリが落ちてくると言うのならば放置しておくわけにもいかないのだから。
「お前ら、メテオーブと通信機は持ったか?」
「はい!」
「んじゃ行くぜ?」
「行くよ、アルタイル!」
全員が一斉に変身し、戦闘準備を終わらせると落下地点と思われる場所へ向かう。
空はEFの影響で真っ暗になっていた。
きっとどこかでは温泉の利用客などが逃げ惑っている事だろう。
彼らを護る為にも、彦乃たちは戦うのだ。
「残り30秒!来ます!」
『確定はっや!みんな、気を付けてねー』
耳に取り付けたインカムからは大阪に居る朱莉からの通信もしっかりと入っているようだ。
これならば作戦の幅も広がってくれそうである。
万全の準備を行い、敵の到着に備える。戦闘だ!
つづく




