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星にネガイを  作者: シロクロウサギ
第三章 夏の思い出
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第五十六話 人間やめますか?

『人間を…辞める?』


『うん、文字通りの意味でね』


 あまりにも突拍子の無い言葉に驚く彦乃だったが、彼女が嘘や冗談でそんな事を言っているのではない事など百も承知だ。

 それにしたってあまりに唐突で何の脈絡もなく飛び出してきた人間をやめるなんて言葉に驚かないのもまた無理と言う話。


『どういう事なの?』


 それ以外に飛び出してくる言葉が無かった。

 桜の、いや人型のデブリについての話をしているかと思えば、唐突に人間を辞めないかと聞かれたのだ。

 誰だって戸惑うし、彦乃だってそうなる。


『いきなりだったよね、ごめん…だけど時間がないから…』


『えっ?!』


 光の声が、まるでノイズが混ざるように聞こえ辛くなっていく。

 それと同時に、彦乃がいる空間の様子も変化してきた。

 360度どこを見ても輝く星々がプラネタリウムのように輝いていた空間は歪んで行き、一つ、また一つと星の輝きが消えていく。

 いや、消されて行っているのだ。

 何かが星の輝きを呑み込んで、こちらへ近づいてくる。

 感覚が研ぎ澄まされた彦乃にとって、迫ってくる何かがよくない物だという事だけは強く感じ取れた。


『光ちゃん…アレって…』


『淀み…あぁ、彦乃ちゃん達はネビュラデブリって呼んでるんだっけ? その意識…奔流だよ』


 光が淀みと呼んだソレは、尚も星の輝きを喰らって肥大化していく。

 それにしても、なぜ彼女はネビュラデブリという言葉を知っていたのだろう。

 言葉を発するまでも無く、光はそっと身を寄せてきた。


『簡単だよ? こうやってね…記憶を読んだの』


『っ?!』


 身を寄せてきた光は、彦乃の頬へ手を添えた。

 そして何をするのかと驚く彦乃の表情は、更に驚く事となる。


『っ…』


 そっと優しく、まるで薄氷に触れるかのように静かに、光は彦乃に口づけをした。

 頬にするような挨拶代わりの物ではなく、口と口でする分かり易い形のキスを。


『…ふふっ! なにその顔?』


『……ふぇ…?』


 いきなりの事に驚いた彦乃は、ついには理解を越えてしまいポケーッとしたまま動けなかった。

 何故こんな事をされたのか、というよりは思考を放棄していると言った方が早いだろうか。

 口を離した光は、そんな彦乃を見て笑っていたのだ。


『さっき目を醒ます前にこうやって、記憶を吸い取って読んだの。 あぁ、心配しないで? こうしただけじゃ人間を辞めるような事にはならないから』


『うん…え、吸い取る…?』


 同じような体験をした事を、彦乃は思い出した。

 そう、桜と初めてであった時だ。

 あの時もキスされたかと思えば、急に力を吸い取られたような感覚に襲われたではないか。

 桜の時ほどの倦怠感や脱力感こそないものの、何かを吸い取られたような感覚はなんとなく分かる。

 ところで、吸い取ると言う事はもしや…


『うん? 大丈夫大丈夫、奪ってる訳じゃないから記憶を無くしたりはしないよ』


『そ、そうなんだ…』


 笑って説明してくれているからだろうか、光を信じていた彦乃は不安な気持ちになるような事はない。

 逆に、だんだんと元の調子に戻ってきているかのような気すらする。


『うーん……何なら、もう一回する?』


『うぇ?! い、いいよいいよっ!』


 わたわたと手を振って嫌がる彦乃を、光は悪戯に笑ってからかう。

 彦乃からすれば、またしてもあんな恥ずかしい事をされては、身体がいくつあっても足りなさそうだ。

 少し例え方が違っているような気がしないでもないが気にしてはいけない。


『うっふっふ…いいんだよ、遠慮しなくって…』


『ひっ…や、やぁぁ…』


 彦乃の頬にそっと触れ、そのまま包み込むように手を添えて顔を近づけてくる光に、彦乃の心はいつにもなくドキドキが高鳴っていた。

 織姫あたりは妄想でこういう事を彦乃にしてもらっているのかも知れないが、少なくとも彦乃がこうされる側なのは本人ですら予想も希望もしてはいない。

 ギュッと眼を閉じようにも、頬に添えられた手がどうしても閉じられた視線の先を連想させる。

 まだまだ少女な彦乃にとって、そのイメージは少し刺激が強い。


『こ、心の準備が…あれ?』


『どうせならもっとその気にさせたかったけど……こうなったら仕方ない』


 これから先の事を想起していた彦乃だったが、イメージしているような事は起きなかった。

 別に期待してたと言う訳では無いが、どこか肩透かしを受けたような気分になってしまう。

 まぁ、そんな事をしている余裕などないのだが。


『いい、彦乃? 説明とか端折っちゃうけど、私を欲しがって!』


『欲しが…えっ?』


『いいから早くっ!』


 いきなり何を言い出すのかと思っていたが、急かす気持ちになるのも当然だろう。

 少し話を離れていて忘れがちだったが現状、この空間はどんどん光を失い闇が広がってきている。

 しかも闇が広がるスピードが、さっき確認した時より段違いに加速していた。

 キャッチボールで投げるボールの速さが最初に確認した時の速さだとすると、現在は新幹線のような速さで闇が迫ってきているのだ。


『欲しがるって…』


『そう! 欲しがって! 強欲に!貪欲に!』


 迷う彦乃を余所に、声を荒げる光は彦乃を急かす。

 なおも迫る闇から守るように輝く球体を作って、その球体が膨らんで二人を包む。

 ファンタジーな魔法のようなそれは間違いなく光の力と言っていいのだろう。

 それがどんな効果を発揮するのかはすぐに分かる事となる。


『え、えっと…私は、光ちゃんが欲しいっ!』


『~っ! こうするって分かっちゃいるけど、いざ聞いてみたらすっごく恥ずかし…っ?! くぅぅっ!』


 互いに顔を真っ赤にしていても、外を覆い尽くす闇は待ってなんてくれない。

 あっと言う間に全ての光を呑み込んで、もう残っているのは二人を包む光の球体のみとなってしまった。

 その球体にしたって、徐々に闇に蝕まれているようだ。


『長くは保たないか…彦乃ちゃん、もっと強く!』


『…うん!分かった!』


 ピンチな状況に陥って、彦乃の心にも炎が灯る。

 逆にどうしてこの状況下になるまでピンチだという危機感が生まれないのか不思議ではあるが。

 まるで夢でも見ているかのような危機感の無さ、と言えば分かり易いかもしれない。


『私はっ!自分がどうなったって構わない!光ちゃんが欲しいんだっ!』


 ここまで来てしまえば恥ずかしさなんてどこかへ置き去りにしている。

 恥ずかしがっていて失敗した、なんてこの先どれだけ後悔してもしきれない。

 それなら、やれることをただ全力でやりたいようにやってしまえばいい、というのが彦乃の導き出した答えだった。


『この命に代えても、光ちゃんを手に入れて見せるんだ!その邪魔は誰にだってさせないし許さない!絶対に光ちゃんを私のものにするっ!』


 次々と恥ずかしい台詞がポロポロ出てくるが、羞恥心を捨てた彦乃にとってこの程度の言葉は何という事は無かった。

 それどころか台詞が浮かんでは口から次々と吐き出されていく。


『ネビュラデブリが何だ!敵が何だ!桜ちゃんとだって仲良くなれたんだ、光ちゃんとだって仲良くなって見せるっ!』


『っ!今っ!』


 輝きが次々と闇へ喰われていく最中で、光は遂に求めていた物を見つけたような顔をしてチャンスを見出す。

 何をするのかと思えば、彼女自身が名前の通りの光となって消えていく。

 失敗したのか? 否、これでいい。


『っ!光ちゃんっ!?』


『これからよろしくね、彦乃ちゃん…』


 薄れ行く光の中、最後に聞いた彼女の声は嬉しそうだった気がする。

 輝きの一つ一つがまるで彦乃に吸収されていくように集まって行き、次々と彦乃の身体の中へ入っていく様子はさながら彦乃が進化でもするかのようだ。


『よろしくね…? うん、よろしく…っ!分かった!』


 光をその身に取り込んだ彦乃。

 その身体はまるで自分が太陽にでもなったかのように燦然と輝いていた。

 シューティングスターモード時を越えるようなその輝きは、彼女の身体を包み周囲を蝕む闇など敵ではないとばかりに輝きを放つ。


『まずは、ここから出るんだよねっ! はぁああぁっ!』


 心の中に囁くように伝わる彼女の声が教えてくれる。

 まずはこの空間から出ようと。

 そこからが本番だから気を引き締めてとも言ってくれた。


『ありがとっ! 光ちゃん、一緒に行こうねっ!』


 心の内に確かに宿る彼女の意識に感謝し、彦乃はその力を出し切る気で闇を散らす輝きそのものとなる。

 眩い輝きに視界が真っ白になり、彦乃の意識は覚醒した。


====


「…っ!! 彦乃っ!」


「彦乃ちゃんっ!」


「……あれ? 二人とも、どしたの?」


 目が醒めてみると、彦乃は桜と織姫に抱きしめられていた。

 両手に花、と文字に起こせば簡単だが二人の心は気が気でない。

 というのも…


「どしたの? じゃないよ!ネビュラデブリがっ!」


「うんっ! 彦乃の中に入って行ったのっ! 彦乃、食べちゃったのっ?!」


 どうやら意識の中で光と話し合っていた間に、身体の方は大変な事になっていたらしい。


「食べちゃった…って言うよりは欲しがった…かな?」


「欲しがった? よく分からないけど、大丈夫なの?」


「うん、全然大丈夫だよ?」


 その場で立ち上がって、ちょっと動き回ってみて身体の異常の無さをアピールしてみた。

 実際、その場で腕立て伏せしたり爆宙してみせたりしたら二人とも安心してくれたようだ。

 ただそれでも心配なのか二人とも大丈夫アピールが終わるとすぐに身体を寄せてくる。


「ホントに大丈夫だよ?」


「……」


「…」


 両腕にがっしり捕まって、傍から見れば仲の良い事この上ないような光景。

 だが、二人の気持ちを彦乃はしっかり分かっている。

 心配で心配でたまらなかったのだ。


「織姫ちゃん、桜ちゃん…二人とも、心配かけてゴメンね?」


「…ダメ…許さない…」


 どうやら桜は許してくれないらしい。

 ぎゅっと腕を抱きしめる力がどんどん強くなっていく。

 怒っているのだというのは分かるが、それにしたって容赦がない。

 このまま強く締め付けられ続けてしまえば跡の一つでも残ってしまいそうだ。


「ゴメンってばー…ね、何でも言う事聞いてあげるから」


「…ホント?」


「うん、ホント」


「織姫、聞いた?」


「うん、聞いた。何でも言う事聞くって言った」


 二人で示し合わせたようにニタリと笑ったかと思えば、彦乃をどこかへ誘導するように二人で連行していく。

 一体どんなお願いをされるのかと心の中で後悔しそうになる彦乃だったが、その考え自体を捨て去った。

 こんな事では彦乃と文字通り一心同体となってくれた光に申し訳が立たないではないか。

 というか、彼女がこの光景を見ていたらきっと爆笑している事だろう。


「社長さーん! 彦乃ちゃん連れてきましたー!」


「ちゃんと言質も取ったー!」


「うむ、二人ともでかした!」


 そのままずるずると引き摺られ、やってきたのはブリーフィングルーム。

 さっきまで集まっていたメンバーが皆集まって、何を企んでいるかと思えば…


「それじゃ、そのまま離しちゃダメだよー? セレス、やっちゃってー」


「はい、そのつもりです 大丈夫ですよ雲類鷲さん、痛いのは最初だけですから」


「痛いの…って、なんで注射器なんて持って…ひっ!?」


 別に、彦乃は注射が怖いだとか苦手だとかといった事は無い。

 単にセレスの顔が、どこか嬉しそうに見えて、それが動物的な部分で本能的に危機を察知していた。

 このまま彼女の好きにさせていてはマズいと自分の勘が逃げろと急かす。

 だが両手をしっかり掴まれては身動きもロクに出来ないではないか。


「せ、セレスさん…顔怖いよぉ…」


「おっと、失礼しました…これでよろしいですか?」


「真顔で近づいて来られても逆に無感情過ぎて怖いぃ!」


 普通にしてくれればいいというのに、セレスは急に表情を戻した。

 かと思えば真顔のまま注射による採血を行おうとしていたのだからそれはそれで怖い。

 誰だって、無感情な顔で処置を受けるのを目の当たりにすればこの恐怖も分かるだろう。


「注文の多い子供ですか。じっとしていないと針が折れてしまいますよ?」


「はいっ!!」


 人間、恐怖で怯えている時はもっと怖い何かの話をするとすぐに身体が言う事を聞くようになると言うらしいが、どうやら本当だったらしい。

 今回の場合は少し強引だったと言わざるを得ないだろうが、結果オーライ。

 彦乃は大人しく採血を受ける事となった。


「検査結果は翌日にでも出ると思いますので、今日の所はゆっくりしていて下さい。 お疲れ様でした」


「…え? もう終わり…?」


「……いえ、もしかすると精密な検査が必要かもしれません」


 手のひらを返すような言葉に驚きが顔に出てしまっていた彦乃。

 だが本当に驚いたのはセレスの方だった。

 注射針を引き抜いた後というのは採血の為に血管へ刺さっていた事もあり血が多少出る筈だ。

 しかし、彦乃の腕は注射針が離れたかと思えば刺した個所は塞がり血も全く流れていない。

 気の所為だろうと言う事で病院同様にガーゼとシールを張って刺した場所を押さえるよう指示するが、これはもしかすると彦乃の身に何かが起きているのかも知れないとすぐに悟った。

 彦乃の身体の中に粘体だったネビュラデブリが入り込んだ事は、既にセレスも聞いている。

 これがその結果の一部なのかもしれないと考えると、採血しておいてよかったかもしれない。


「彦乃ちゃん、採血の日が大会だったから採れてなかったの思い出してねー」


「逃げられても面倒くせーから、織姫に桜と一緒に連れて来てくれって頼んだ訳だ」


「彦乃、小学生の頃大泣きしたの覚えとるかー?注射いたいーて泣き叫んで大変やったんやで?」


「え、なによそれ…」


 赤裸々と語られる、彦乃の過去話。

 だいたいの発信源は操だったが、途中からノリと勢いで織姫が彦乃の恥ずかしエピソードを語り出しあっと言う間にちょっとした彦乃いじめへと発展していく。

 だんだんと収集が付かなくなっていく中、朱莉だけは少し違った目線で物事を見ていた。


「(彦乃ちゃん、おめでとう…いや、ようこそかな?)」


その言葉の意味とは一体?


続く

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