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星にネガイを  作者: シロクロウサギ
第三章 夏の思い出
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第五十一話 眠れる星の少女

 彦乃たちを送り届け、いつも通りコンペイトウへ帰って来たヘレン。

 しかし、その表情はあまり良い物ではなかった。

 誰かに気になることを言われたとかそういう訳では無い。

 タイミングが悪かった、ただそれだけの事だ。


「…ったく、いきなり連絡寄越しやがって…」


 眉を顰めながらコンペイトウの社内を歩くヘレンだが、連絡の内容を思い返す度にその表情は緩んでいく。

 それと言うのも、いきなりの連絡と言うのが何も悪い知らせと言う訳では無いからだ。

 寧ろとても喜ぶべき事である。


「ホンット、たくあの社長はよぉ…」


 ぶつぶつと独り言を呟いてはいるが、何も社長である朱莉に対する愚痴を零している訳では無い。

 それどころか内心では褒めていると言ってもいい。

 ヘレンにとって、それほどに嬉しい知らせだったのだ。


「急がせやがって…ウソだとか抜かしたらタダじゃおかねーぞホントに…へへっ…」


 急ぐようにエレベーターのボタンを押して本体が来るのを待とうと思っていたが、どうやら既にその階で止まっていたらしく、すぐに扉が開く。


「…やっ」


「やっ…じゃねぇぇぇ?!」


 開かれた扉の向こうで、にやけた顔をした朱莉が立っていた。

 つい同じような返事を返してしまったヘレンだったが、すぐに鬼のような形相で朱莉を逃げられないよう壁へ追い込む。

 逃げるつもりがないのか、それとも想定の範囲内なのか朱莉はピクリとも動こうとせず、押し込められる。


「何処だ……どこから聞いてやがった…?」


「ったく、いきなり連絡寄越しやがってー…って所かな?」


「全部じゃねーかぁぁぁ!うあぁぁぁぁ!!」


 独り言を聞かれていた事とその内容の恥ずかしさに、ヘレンの顔は真っ赤になってしまう。

 それもそのはずだ。

 こうやって騒ぎ立てていても心のどこかでは許している自分が居た、それだけならまだ分からなくもない。

 ただ、そういったものは往々にして恥ずかしい物であって、今回のヘレンもその例に漏れず恥ずかしい物だった。

 それをこうも盗み聞かれていたのだから恥ずかしくない訳がない。


「んも~、静かにしなよー…会えなくなっても知らないよ?」


「っ…ノヤロ…足元見やがって…ってなんでホントに足元見てんだよ…」


 壁に押しやられていた朱莉は、何故かヘレンの足元を見ていた。

 比喩的な表現がどうのという訳では無く、本当に物理的にジーッと足元の一点を眺めている。

 そう、まるで穴が開くようにじーっと。


「……んだよ…なんとか…」


「いやぁ、ひめこちゃんって美脚だなぁ~って」


 朱莉の「ひめこちゃん」の一言が、ヘレンの怒りを買った。

 元からそう呼ばれるのが嫌いなのはヘレンもよく言っている事だし朱莉も知っているはずだ。

 では何故わざわざその名で呼んだのか?


「……なぁ、なんでその呼び方で私を呼ぶんだ?」


「だって、今からでも慣れておかないと後になって辛いよ?」


「っ……そうだけどな……なんで閉まんねーの?」


「あぁ、そうだった。閉じるボタン押して?」


 ヘレンが振り返ると、コンソールの一番上の所にある常に扉を開けておく時に押すボタンが光っていた。

 いつの間にこれを押したのだろうか。

 そう考えると朱莉が終始余裕な態度で居るのにも頷ける。

 「どうとでもする事は出来た」という意思表示なのかもしれない。

 やろうと思えばヘレンを威圧だけで押し退けて一人でエレベーターに乗って下へ行く事も、出来得るんだと思わせるだけの凄みがあった。


「っ………社長、本当なんだろうな?」


「なにがー?」


「トボけんなっての…ターニャの事だよ」


 その名を聞いた朱莉は、その場で噴き出すように笑ってしまう。

 だっておかしいではないか。

 その呼び方を、ヘレンはそのターニャ本人にはした事が無いのだから。


「プフッ…えーっ?ヘレンちゃん、こういう時だけターニャ呼びするんだー。おっもしろーいー!プークスクスー」


「誰の喋り方だっての…あと、そんな下品な笑い方はしねー」


「ごめんごめん、知ってるよ。 それと、ターニャちゃんに関する話はホントだよ」


 すっと出て来た朱莉の一言に、ヘレンの心はどうしようもない程に浮かれていた。

 と言うのも…


====



「よう……また来たぞ、ターニャ…」


「……」


 暗い病室の中、一人の少女がベッドで多数の機器に囲まれて眠っていた。

 ここはコンペイトウの中でもかなり奥、地下にある場所だ。


「ほぉら、せめて声だけでも」


「分かってるって……にしても社長、本当なのか?」


「さっきも言ったでしょ? ターニャちゃん…タチアナ・ミンコフスキー及びそのメテオーブであるリゲルの反応が微弱ながら観測され始めたって」


 その言葉を聞き、ヘレンはすかさずターニャの手を握りに行く。

 今まで何度ここへ来て、何度手を握って、何度目を醒ましてくれと願っただろう。

 その願いが、やっと報われそうになってきたのだ、嬉しくない訳がない。


「妹同然に可愛がってたもんねー、ヘレンちゃん」


「……いいんだぜ?「おもちゃにされてた」とか言っても…事実だしよ…」


「あぁホラ、ハンカチあげるからこれで拭いて?」


 最初はどうしてハンカチなんてくれるんだろうかと思っていたが、その理由はすぐに分かった。

 涙が気付かない内に溜まっていたのだろう。

 少し動いただけでそれは零れて頬を伝い落ちていく。


「…へっ……かなしくなんか…」


「変わらないね~…昔から…」


「うるせー…」


 そう強がっては居たが、ヘレンはベッドの横に置かれた椅子に座ると布団に顔を突っ込んで突っ伏してしまう。

 これが彦乃と織姫だったら、最悪織姫が布団の匂いを嗅いで悦に浸るまであるのだろうが、生憎二人はそんな関係ではない。


「………いつまでも変わらねーな…中坊の時のまんまじゃねーか…」


「もう4年だもんねー…」


 約4年前に、タチアナ・ミンコフスキーはスターライトとして戦っている最中にシューティングスターモードを覚醒させデブリと戦い、その末にこの状態へと陥ってしまった。

 彦乃の右目やヘレンの右耳と同じように、彼女は自分の意識そのものがおかしくなってしまっている。

 結果、ベッドでいつ醒めるとも分からない眠りについていると言う訳だ。


「全くよ……眠り姫じゃねーんだから、早く起きろよな…」


「ヘレンちゃんは王子s…あれ? この配役だと私小人の方になってないっ?!」


「ちっせーんだしピッタリじゃねーか……つーか笑わせんな……だんだん…おかしく…プフッ…」


 笑いの沸点が徐々に上がって行き、やがてはヘレンの許容範囲を超えて噴き出す。

 こと笑わせる事において朱莉を超える者はそういないんじゃないだろうか?

 その場を和ませると言う意味合いでもそうだが、朱莉自身が辛気臭い雰囲気が嫌いなのもあるだろう。


「案外、王子様ならぬ虎姫様のキスで目覚めちゃうかもね?」


「………」


「え、ちょ…冗談だからね? 何してるの? ヘレンちゃんっ?!」


 朱莉の提案に一理あると思ったのか、それとも単にそうしたかっただけなのか。

 ヘレンは無言で立ち上がるとゆっくり前かがみになっていく。

 何をしようとしているかなど明白だった。


「っ!……が、柄でもない事するもんじゃねーや、全く…」


「ほっ……キスに邪魔だからとか言ってホースとか外さなくてよかったー…」


「誰がそこまでするかよ…」


 誰が好き好んで人殺しのような事をしなくてはいけないというのだ。

 姿勢を元に戻したヘレンはちょっと顔を赤くしながらも元の椅子へ座る。

 もう少し挑発してやろうかとも思った朱莉だったが、それはあまりに酷だと悟ってしまう。

 色素の薄い銀色の髪を優しく撫でるヘレンの表情があまりにも姉のように優しかったから。

 これを邪魔しようなど鬼畜の所業。

 考える事自体が間違っているではないか。

 無邪気さの塊のような朱莉でもそれくらいは分かる。


「頑張れよ……あともう少しだからな…? コンペイトウの菓子もそこそこ美味くなってきてるんだぞ?」


「そこそこって何さ」


「コイツが初めて試食会に付き合わされた時の顔、まだ頭から離れねーんだぞ?」


「あ、あれは……まだ路線変更したばっかりだったから…」


 確か、甘すぎて舌がしびれるとか言ってたよな?とヘレンは追い打ちを掛け、その言葉に朱莉は反論する事が出来なかった。

 そして苦い物でも食べたかのような顔をしながら視線を逸らしわざとらしい口笛を吹く。

 しかも口笛をうまく吹けていない。


「はぁ……にしても、反応があったって具体的にはどうなんだよ」


「それについては、私の方からお答えしましょう」


「…いつから居た?」


「「…よう、また来てやったぜ、愛しのターニャちゃん」の辺りから」


「ほぼ最初からじゃねーか! しかも微妙に捏造すんじゃねーよ!」


 そろそろこの流れも飽きられてそうだ。

 何回繰り返せば気が済むのだろうか。

 でも好きなものは好きだからしょうがない。


「…で? どういうこったよ」


「以前、会議で此宮さんをスキャンした結果、小型デブリと同様の反応があったという話は覚えていますか?」


「あぁ」


 会議でも出されていた話に含まれているのだ、ヘレンが忘れているはずがない。


「あのスキャン手段、実は携行機器で観測した物でして、こちらになります」


「……冗談か?」


 差し出された物を見てヘレンは言葉を失ってそれ以上の言葉が出てこない。

 セレスがその手に持っていたのは、どこからどう見ても拳銃だ。

 口径の広めな、取り回しの悪そうな拳銃が手の上にポンと置かれていた。


「試してみましょうか?」


「っ! テメェ!正気かよ!」


 拳銃を握り直したセレスは、そのまま拳銃の銃口をベッドで寝たまま動かないターニャへ向ける。

 冗談にしたってタチが悪い。


「彼女はスターライトへ覚醒した時の作戦で両親を失っています。身よりも居ません。死んでも誰一人悲しみは」


「ここに居んだよ!!ベテルギウスと私がな!!」


 首から下げたドッグタグをぎゅっと握ったヘレンはあっと言う間にスターライトの姿へ変身していた。

 そして剣へ手を掛けようとした所でピタリと動きを止める。

 銃口がターニャからヘレンへ変わったのだ。


「なら、試してみますか? 虎姫さんでも反応は出ますので」


「あぁそうしろよ…ただ、銃弾の一発でも撃ったらテメェの心臓は無いと思えよ?」


 そうですか、とセレスは何の躊躇いもなくトリガーに指を掛けて力を込めて行く。

 警戒心たっぷりでそれを見届けていたヘレンだったが、弾丸なんて出る事はなかった。

 代わりに拳銃の横バレル横がカシャッと音を立て展開していた。


「……あん?」


「…どうぞ、計測終了です。ヘレンさん及びベテルギウスの計測データです。ついでに横のボタンで登録しておきました」


「……プフッ…」


 渡された物を見てヘレンは唖然とする。

 これ、拳銃ではなく本当に計測器…のようなもの…だった。

 横ではニヤニヤを通り越して笑いを堪えようともがく朱莉の姿。


「……ぶわぁっはっ!「テメェの心臓は無いと思えよ?」だって…ねぇねぇセレス、ちゃんと撮ったー?」


「はい。しっかり監視カメラの方にも録画済みです」


「……」


 ヘレンが受け取ったのは計測器だ。

 ただ、どうにもおかしいと思っていたのがよく分かった。

 これは最近発売された高性能型のデジタルカメラなのだ。

 画素数は勿論の事、手ブレ補正や逆光補正、同社アタッチメントとの互換性にも優れなんと言ってもコンパクト。

 デザイン性は男性の心くすぐる小型拳銃のようなデザインに、トリガーを引いてモニターを展開すると言うロマンをよく分かったデザイン性。

 おかげで売り切れ続出なので入手性があまり高くないのが珠に傷という珠玉の一品である。


「こ…んにゃろ…」


「ターニャちゃんにも見せてあげにゃーっ?!」


 朱莉の鼻先を掠めるようにしてヘレンの剣が突き立てられた。

 これには朱莉も変な声で驚かざるを得ない。

 しかしこれはヘレンで遊んでいた報いとも言える。

 昔の人たちは良い言葉を遺してくれたものだ。


「自業自得です、社長」


「あ、あれ…? セレスまで…助けてターニャちゃーん!」


「逃がすかぁ!」


 あっと言う間にヘレンを追い越して朱莉は逃げてしまった。

 それを追いかけヘレン自身も部屋を飛び出し、セレスも部屋をゆっくりと出て行く。

後に残されたのは、眠りから覚めないターニャと彼女の状態をモニターし続ける機器の数々だけだった。


つづく

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