第四十二話 流星群 前編
「準備出来てるか、お前らー?」
「勿論よ!」
「出来てまーす!」
「はい!」
「出来てまっせー」
ヘレンを先頭に、美波と輝、織姫と操の五人はコンペイトウへと集まっていた。
その姿は、既にスターライトとしての装いに身を包んでいる。
トラックでも搬入する為の入り口かと思うような大きな扉を前に、五人は互いを確認し合う。
『全員に”例のモノ”は配布してあります。安定性の向上が間に合ってよかったです』
『チームデルタ各員のカタパルトルームへの入室を確認。電圧、最終調整に移行します』
『入射角調整完了、7㎞先の山間部に設定』
管制室から、いくつもの物騒な確認音声と共にセレスの声が聞こえてくる。
彼女の言う”例のモノ”が一体何なのか、その場にいる全員が分かっていた。
それぞれがソレをメテオーブの備わった装飾へ合わせるように装着している。
形状こそ人それぞれだが、そのどれもがハッキリとした使用用途を持つ。
『事前に説明しましたが、【シューティングスターモード】は2分の使用が限界ですので、それ以降は通常モードへ即座に切り替えてください』
「了解……ったく、なんで私にまで渡すんだか…」
『いくらサテライト無しにモードチェンジ出来るとは言え、安定性で言えばサテライトを用いた方が遥かにローリスクです』
ヘレンのぼやきにもしっかりと対応したセレスは、引き続き説明を続けていく。
そんな最中にも、ヘレンは「安定性、ローリスク…ねぇ…」と、自分の耳に手を当てつつ、彦乃の事を思い出していた。
ヘレンの右耳は、彦乃の右目や鼻と同様に機能していない。
スターライトへ変身している今は不思議と機能してくれているようだが、変身を解くと聞こえなくなるのだ。
メカニズムについては分かっている所もあれば不明な場所も案外多い。
ただ、原因だけはしっかり分かる。
これはヘレンが初めてシューティングスターモードを解放した際に受けた代償、と言う訳だ。
『…以上が、シューティングスターモードを扱う上での注意事項となります』
「彦乃…えげつない事しとったんやな…」
「彦乃ちゃん…」
シューティングスターモードの解放は、スターライトに強大な力を授ける。
だが、それは同時にスターライトの身体自体にも莫大な負担を掛ける事となる。
渡されたサテライトは、シューティングスターモードを解放する為の装置であると共に負担を抑制する物を全員が装着している。
彦乃が以前装着して解放していた物は、ただ一方的にシューティングスターモードを全力で解放させる装置である。
『…各員、射出板への固定を確認。カウントダウンを開始します。 10…9…』
『雲類鷲さんの事はご心配なく…現在は自宅で此宮さんとゆっくりしているはずです…では、武運を祈ります』
セレスの言葉が終わるのと、カウントダウンがゼロになるのはほぼ同時だった。
オペレーターの合図とコマンドで充填の行き渡っていた射出用の土台が物凄い速度で上昇し、投石器やポンプのような要領でヘレン達5人を射出板ごと弾丸のように押し出して目的地目掛けて撃ち出した。
これだけの速度であれば、数分と掛からず目的地に到着できるだろう。
事実、EFが空を覆い尽くすのを上空から眺めつつ、あっと言う間に目的地の山中へと到着していた。
地面にぶつかりそうになる直前で、射出板の先端が開き逆噴射し始めて衝撃をなるべく和らげていく。
とはいえかなりの速度で突っ込んでいたからか、速度は殺し切れずに地面へ激突する。
「…っと、お前ら~!大丈夫か~?」
地面へ激突する直前で射出板から飛び降りていたヘレンは、地面に着地してすぐにメンバーの安否確認を行う。
全員が射出板からの離脱を成功させているのは、悲鳴などが聞こえていない事から確実と言っていい。
ならば後は、速やかな再集合を図る事が重要だ。
幸いにも、探し始めてすぐに操と織姫は合流する事が出来た。
確かに合流は出来たのだが…
「あー、ヘレンさん。 ええ話と悪い話あるんやけど…どっちからがええです?」
「メンドくせーから両方纏めて話せ」
「あい…簡単に言うと、大型のヤツに青星姉妹が食われました」
そうか、と答えてからすぐ、「なにぃ?!」とヘレンは昔のギャグ漫画なんかにありそうなテンポで驚く。
まぁ驚くのも無理はない。
仲間が食われた、なんて聞いて驚くなと言う方が無理な話だ。
「ウチらも応戦しよう思うたんですけど、小型のに押されてこのザマです…せやから助けたらな…」
「いくらスターライトとはいえ、彼女たちがいつまで持つかは分かりません! だからすぐにでも救出に…」
ヘレンは、焦燥した二人の額にそっと手を伸ばし、二人が声を揃えて「えっ?」と言うと同時に強烈なデコピンを叩きつけた。
バチィンと痛快な音を響かせて、二人同時にその場へしゃがみこむ。
「な、何するんですかっ?!」
「いったぁ……アカンやつやでコレぇ…ウチの灰色の脳細胞がぁ…」
「バカな事言ってないで助けに行くぞ!」
ヘレンの言葉に気付いた二人は、すぐに立ち上がって山林の中を突き進む。
一方の青星姉妹はと言うと。
=====
「……」
「……」
山林の奥深く、木々が鬱蒼としている場所に「ソレ」は居た。
地鳴りを響かせ歩くその巨体は、明らかに生物としての常軌を逸している。
四本の脚はどれも腕に見える程太く、少し振るえば周囲の木々など軽く圧し折れてしまうだろう。
その手には長く鋭い爪を持ち、まるで大きな太刀のようだ。
丸く曲がった体躯に、長く伸びた顔。
見た目は、どこかアリクイのように思える。
「……輝…大丈夫…?」
「……え? 何、お姉ちゃん?」
その丁度胸の辺りには、鳥籠のような物が二つぶら下げられていて、美波と輝はその中に閉じ込められていた。
「何って……すっごく…しんどいんだけど…?」
「え、そうなの? 私はそんなに…子猫とかと一緒に居るからかなぁ」
「子猫っ?! こっちには虫一匹居ないのに?!」
閉じ込められている二人は、共に拘束などはされていない。
だが、首には枷のような物が付けられており行動の自由はそこまで広くない。
どうやらこれは一種の吸引装置らしく、美波の身体は高熱でも出したかのように重く動かせない。
対して輝はそこまで重くはないらしいが、それはきっと同じ檻に閉じ込められている動物たちから均一に吸い取っているからなのだろう。
「全く、何なのよこれ…あぁあっ!!」
「お姉ちゃんっ?!」
首輪から繋がっている光る紐のような物を千切ってしまおうと掴んだ美波は、身体中を走る電撃のような激痛にその場で飛び跳ねた。
まるで剥き出しの神経を無造作に触ってしまったかのような感覚だ。
例えた形での説明になっているが、きっとそのままの意味なのだろう。
「っつ……これ…」
「……やっぱり…お姉ちゃん、それ神経と直接リンクしてる! 触っちゃダメ!」
輝が能力を使って自分を調べた結果から導き出された事実。
それは、首輪から伸びる光の管が、神経と直接繋がっているという事だった。
じわじわと体力が吸い取られているのにも、これで合点がいく。
紙パックの飲み物にストローを刺して飲んでいるのと同じ要領で、エネルギーを吸い取られていると考えていい。
「はぁ…はぁ……な、なによそれ…」
「うぅ……ダメだぁ…いつもみたいに腐食できないぃ」
いつもの輝であれば、触れたデブリを回復能力の応用で腐食させるだけで決着が着く。
だが今回に関してはその手は通じない。
何せ相手はこちらのエネルギーを際限なく吸い取っているのだから。
「くそっ…くそぉっ!」
美波が鳥籠を何度殴り付けようが、ヘコミ一つ付きやしない。
というか勢いが全く乗っていないのが叩きつけている本人ですら分かる。
完全に力が乗っていない。
「どうして……どうしていっつも私は…」
心に込み上げてくる思い。
それは悔しさでも怒りでも無い。
自分の無力さに対する呆れ。
いつも誰かの、ひいてはチームの足を引っ張ってしまう事の多い自分を思い出しての呆れだった。
「スペックじゃリーダーの彦乃にだって…負けてない…はずなのに…」
彼女の言う通り、スターライトとしての戦闘力で言えば美波は火力と防御に秀でているはずだ。
それを引き出せていないのは、単に自分の実力が伴っていないからだろう。
彦乃はと言えば、自分の事など二の次に考えているクセに、チームを守る為だとか皆を守る為なら自分があんな状態になろうがケロッとしている。
それを見て、自分自身に腹が立つ。
自分の方がスターライトとして長く生きてきている。
ならばそれなりの成果を上げていなければ自分の誇りに対して顔向けも出来ない。
「こんなんじゃ…ダメなのに…あだっ!」
どんどん脱力感が酷くなっていく中で、遂には立っている事も出来なくなった美波はその場に倒れ込む。
もし足場が安定した場所だったら立っていられたかも知れないが、ここはグラグラと揺れる鳥籠の中だ。
揺れる足場に足を取られてその場で転ぶように倒れ込んでしまった。
「……これは…」
倒れた美波の目の前に転がってきた物。
それは、セレスから「切り札用に」と渡されていたサテライトだった。
これがあれば、彦乃のようにシューティングスターモードになる事が出来る。
「…でも…」
だが、それは即ち彦乃と同じように身体のどこかに爆弾を抱えてしまう。
セレスは長時間や超火力を集中させない限りは大丈夫だと言ってはいたが、ぶっちゃけ美波は火力型。
ワンパン出来たは良いが火力が高すぎて一発で爆弾を抱える事になる、なんて事も考え得る。
「……」
スターライトとしての彼女よりも、人間としての彼女の心がどうしても勝ってしまう。
後遺症を恐れて、全力を出し切れないアスリート選手のように、彼女もまた心の中で何度も葛藤を繰り返していた。
これを使えば輝を救うだけでなく、この大型も倒せるかもしれない。
だけど、これを使ってしまえば戻った後にどんな後遺症が残るかなんて誰にも分からない。
彦乃は右目と嗅覚を持って行かれていた。
なら私は何を持って行かれる?
腕か? 足か? もしかすると心臓などの致命的な場所が動かなくなって死んでしまうかもしれない。
もしそうなってしまったらと思うと、怖くてサテライトを握る手が震えてしょうがない。
「…怖い…」
人間、どうしようもなく弱った時には言葉も出ないと言うが、あれは喋っているどころではないから、という場合が多い。
美波の場合は、それが死んでしまいそうな程の倦怠感として襲い掛かっているだけで、そこに変わりなどあまりない。
弱り切った彼女の心は、自分の判断すらも鈍らせてしまう。
「お姉ちゃん! しっかりして!」
「輝…」
隣の檻で叫ぶ輝の声も、どこか遠く聞こえてきた。
目の前の視界もぼやけて見えるようになっていたと、今になって気付く。
自分の腕の篭手がどんな形をしていたかも、今では曖昧にしか見えていない。
「私の知ってるお姉ちゃんはもっと堂々としてて偉そうにふんぞり返っててイジメてると可愛くて大事な所でポンコツだけど…だけどっ…」
「ちょ…」
なんだかボロボロに言われているが、美波には止める手段など無かった。
「だけ…ど…」
「輝っ!?」
いくら消耗して疲れ果てていようが、妹が倒れたとなっては大慌てで立ち上がってしまう。
逆に言えばまだこんな力が残っていたじゃないかと自分を責めたくもなるが、それは帰ってからいくらでもすればいい。
「お姉ちゃん…」
「輝っ! 大丈夫っ?!」
ぐったりする輝を見て、美波はどうしても昔の事を思い出してしまっていた。
親に当然のように捨てられ、施設へ預けられた頃の事を。
その直前に、輝が高熱を出して倒れてしまった時の事を。
「私……っもう…ダメ…みたい…」
「輝っ?! しっかりして!」
目の前で衰弱していく輝を、美波は見ている事しか出来なかった。
幼い頃と同じ、無力なままでいいのか?
そんな訳がない。
今の美波には力がある。
スターライトの力が。
「ごめん…ね…」
助けを求めるように伸ばされていた輝の手が、彼女の目が閉じると共に力なく落ちる。
「…輝っ?! うわああぁあああ!!!」
もうなりふり構っては居られない。
涙を流す暇などありはしない。
輝が倒れてしまうのは、なんとしても避けなくては。
そう思う彼女は気が付けばサテライトを首輪の下にあったチョーカーへとセットした。
次の瞬間、美波はスターライトに変身する時と同じような光へと包まれていく。
「絶対、助けるからっ!」
そう静かに告げ、彼女は新たな力を手にする。
世界を、そして大事な妹を守る為の力を。
続く




